第一章:「バズるか、バレるか」前編
第一部:「妖怪配信者の世界」
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1. ミーチューバー狸、今日もバズらず
渋谷のスクランブル交差点。
何度ここに立ったか知れない。スマホを片手に、人波をかき分けながら配信ボタンを押す。画面の向こうには数千人の視聴者。だが、その数字は決して多いとは言えない。
「どうも、狸井ポン助です!」
テンション高めに挨拶するも、胸の奥は沈んでいた。
ミーチューバー歴2年、登録者数1万2千人。
人間の感情を糧にする妖怪としては、あまりにも心許ない数字だ。
妖怪がミーチューバーをやる理由は単純だ。
「バズれば妖力が増す」
ネットの時代、感情の動きが可視化され、イイねやコメントがそのまま妖怪の力に変換される。昔のように人間を怖がらせて力を得る時代は終わった。妖怪たちは、SNSや動画サイトに居場所を求めたのだ。
しかし、妖怪ミーチューバーの世界は熾烈だった。
バズれば強くなる。しかし、バレれば消える。
妖怪が人間社会に紛れ込んで生きるためには、「自分が妖怪であることを悟られない」ことが何よりも重要な掟だった。
だからこそ、ポン助は都市伝説考察や怪談配信という「ギリギリ人間として通用する」ジャンルを選んでいたのだ。
「さて、今日は渋谷のとある都市伝説を検証していきます!」
画面には無数のコメントが流れる。
——「ポンちゃん、今日も楽しみ!」
——「渋谷って怪しい場所多いよな」
——「狸井ポン助=化け狸説はマジ?」
(……またかよ)
ポン助は顔には出さず、心の中で舌打ちした。
最近、こんなコメントが増えている。「狸井ポン助は本物の妖怪では?」という疑惑が、一部のオカルト好きの間で広まっているのだ。
もちろん冗談半分だろうが——それが広がるのは危険だった。
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2. 妖怪ミーチューバーの生態
渋谷での配信を終え、ポン助はカフェに入った。
WI-FIのある店を探し、適当に座ると、スマホを開いて再生数をチェックする。
「今日の配信、再生数……1.5万か」
悪くはない。だが、「バズる」には程遠い数字だった。
妖怪ミーチューバーは大きく二種類に分かれる。
1. 「イイね型」
→ 人間の**好意的な感情(イイね・ファンの応援)**を受けることで妖力が増す妖怪。
→ 例:ポン助(化け狸)、天音(天狗系Vミーチューバー)
2. 「低評価型」
→ 炎上や悪評、怒りの感情を集めることで妖力を得る妖怪。
→ 例:赤鬼ユウマ(暴露系ミーチューバー)、蛇野リク(釣り動画系)
ポン助は**「イイね型」**の妖怪だ。人間の「好き!」「楽しい!」という感情が、妖力を増やしてくれる。
一方、低評価型の妖怪は、人間の怒りや不満を養分にする。赤鬼ユウマのような暴露系妖怪は、他者を攻撃することで再生数を稼ぎ、妖力を増やしていた。
——バズるほどに、強くなる。
だが、「イイね型」は伸びにくい。低評価型の妖怪たちは、「イイね型」を潰すことで、さらに炎上を生むからだ。
(……このままじゃ、俺もユウマに潰される)
ポン助は溜息をついた。
その時——スマホに通知が届いた。
【天音】
「狸井くん、コラボしよー!」
「……ん?」
画面に映るのは、妖怪Vミーチューバーの天音。登録者数100万人を誇るトップ妖怪配信者だ。
彼女は**「人間の崇拝心」**をエネルギーにするタイプの妖怪で、天狗の血を引いている。
「狸井くん、今から通話できる?」