クリスマスの誘惑
お気に召しましたら、評価いただけますと、幸いです。
クリスマスだった。
圭一は、商店街にある洋菓子店でケーキを買うと、同じ並びにあるリカーショップでワインを買ってアパートに帰った。
袋から取り出したワインのスクリューキャップを開けると、グラスに注ぐ。
口に含んで味わうと、芳醇な香りが広がった。ボトルのほうは、ケーキと一緒に冷蔵庫にしまった。暖かい部屋での冷えたワインも格別である。
ドアをノックする音がした。ドアチェーン越しに訪問者を確かめた。
赤い衣装を着て、赤い帽子を被った白いあごひげのサンタクロースがドアの前に立っていた。
「なんですか?」
圭一は、不審に思ってそのサンタクロースに尋ねた。何かのセールスと思ったのだ。
サンタは言った。
「クリスマスシティへのご招待でうかがいしました」
圭一は、ききかえして、
「クリスマスシティ? あなた不動産屋さん?」
サンタは首を振って、
「毎日がクリスマスの街を知っていただきたいのです」
サンタは、カードを取り出すと、圭一に渡して去った。ドアを開けて、その姿を追ったのだが、廊下には冷たい空気がたまっているだけだった。
圭一は、室内にもどると、そのカードをしげしげと見た。一年中クリスマスのクリスマスシティ、と表記されている。裏返すと、スクラッチになっている。圭一は、財布から十円硬貨を取り出すと、テーブルの上でそのスクラッチの銀色の部分をこすった。
文字が現れた。
【今夜11時に中央公園でお待ち下さい。お迎えにまいります】
と、書かれている。
まず、普通なら行かないだろう。だが、圭一の場合には好奇心がまさっていた。時間の少しまえには、ダウンジャケットを着込んで、指定場所の公園に立っていたのである。やがてその時刻になった。空気が深々と冷えている。
……と、上空に不思議な物体が無音で現れた。闇の空を背景に物体は、微かに青白く発光している。
(宇宙船!)
圭一は、寒さも忘れて、その降下してくる物体を見上げていた。やがて、物体は公園の芝の上に着地した。
貝殻のようなかたちをした、その物体の表面にスリットが入り、人の背丈ほどの四角い穴が開いた。ステップが下から伸びる。
少しの間を置いて、その穴から人が出てくるのが認められた。
なぜ、人と思ったのか。
その姿が美しい女性だったからである。
女性は圭一に近づくと微笑んで言った。
「圭一さん、お迎えにきました。さあ、まいりましょう」
そして、圭一の手を握った。
圭一は、そのとき、深く考えることができなかった。催眠術にでもかかったように、女性に従おうとしていた。圭一は、女性の横顔を見た。アイドルのような整った顔立ちだった。そして、女性の背後を見たときである。
尻の位置から、爬虫類のような尾が伸びていたのである。
圭一は、瞬間、恐怖に襲われ、駆け出した。背後からは野鳥のような叫び声が追ってきた。捕まったら生きては帰れないと思った。全速力で駆け出した。つまずいて転んだ。とっさに植え込みに隠れた。
見ると、離れた位置には、あの爬虫類の尾をもつ生き物が徘徊している。
……どこかで電子音が鳴っている。
圭一は、目を開けた。薄暗いアパートの天井が見えた。テーブルの上でスマホのアラームが鳴っている。
アラームを止めると、時刻を確認した。
テーブルのグラスには飲みかけのワインが残っていた。ホットカーペットの暖かさが、眠気を誘ったようだった。
夢だったのか。奇妙な夢だった。
カーペットの上に落ちていたカードにきづいた。マンションの案内広告だった。手に取って裏返すと、銀色のスクラッチになっている。圭一は、瞬間考えたが、迷わずそれをゴミ箱に投じた。
圭一は知らなかったが、その晩遅く、街の上空に奇妙な発光体が目撃され、騒ぎになっていた。
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