第95話 電弱相互境界面超弦励起領域
「秘術の力の源・・・!?」
「はい・・・!私はあなたのお母さんと一緒に、それを研究していたんです・・・!」
アシハラさんは真剣な面持ちで言葉を続ける。
「そもそもこの現象、アピリスさんには言うまでも無いと思いますが、原理が全く不明だったのです。原理と言うのは、アピリスさんが知りたがっている施術の手順、と言うだけではなく、そもそもこれまでの科学の理論で言えば存在自体があり得ない。皮膚が変性する、意識が混濁する、これくらいならまだあり得る話ですが・・・・」
アシハラさんは、先ほど細胞異常再生症の患者たちを閉じ込めた扉の向こうをチラリと見る。
「首を切り離しても意識を保ったまま死亡しない。体の一部を欠損しても、僅かな時間で再生する。エネルギーを補給しなくてもいつまでも活動できる。さらには・・・まるで魔法のような不可解な力を発揮する者も。ニニカさんに聞きましたが、あなた達が知っているだけでも、電気を発する、髪を自在に操る、狼男のようになる、冷気を操る、巨大化する・・・目に見えない謎の力を行使するものまで」
アシハラさんが、私たちがこれまで会ってきた患者たちの症状を列挙する。
「明らかに、質量保存の法則、エネルギー保存の法則から逸脱しています。それだけでなく、既存な科学のありとあらゆる法則を無視していると言っていいでしょう」
そう、そうなのだ。私もずっと疑問に思っていた。なぜこのような常識外の事が起きるのか。
子供の頃はこの技術の異常さに気づいていなかった。だけど、大きくなって村の外の学校で勉強すればするほど、これがいかに不可解で恐ろしいことか分かってきた。だから私は、この技術を研究して世のために使おうというお母さんとアシハラさんに憧れを抱いたのだ。
今でこそ、被害に遭った患者達を救うために、まず治療法の全容を知ることだけに集中していた。だけど、この現象の源についての話を今ここで聞けるなんて・・・!
アシハラさんの言う通り、この情報が、患者たちを完全に治療するためのきっかけになるかも知れない!
「フィールドワークでシェンノさん・・・あなたのお母さんと出会い、この事実を知った私は、彼女に相談の上、研究にとりかかったのです」
「研究・・・でもそう言えば、アシハラさんは医者じゃないんですよね?文化人類学って聞きましたけど、話している内容が、その範疇に収まっていないような・・・」
「え・・・、ああ、もしかして大学に聞きに行ったんですか?確かに今は文化人類学に籍を置いていますが、私は興味のままに無節操に研究していて・・・。私は、物理学も専攻しているんです」
「物理学・・・!?」
「はい、そうです。この現象は、化学だけじゃない、物理学にまで関わる現象なのです」
「物理学か・・・」
化学なら医学に通じるが、物理学となると私には殆ど分からない。私では原因とやらにたどり着けないはずだ。
「でもそんな物理学の先生なんだったら、こんな非科学的な現象信じられないんじゃなかと?」
「非科学的?」
あーちゃんさんがそう問いかけると、アシハラさんは心外そうな表情を見せる。
「とんでもない。目の前に起きた現象をありのまま受け止めて、その原因を追究する。それこそが科学ですよ。前例に捉われて目の前の現象を否定するなんて、それこそが非科学的です・・・・!」
力強くそう断言する姿に、私はこの人に憧れていたのは間違いじゃなかったと再確認した。この人の言う事ならば、きっと信じられる。
「それで、この不思議な現象の源と言うのは!?」
私が逸る気持ちを押さえられず身を乗り出すが、アシハラさんはそれを制するように優しく両手を広げて話す。
「いいですか、これは本当にこれまでの科学の常識外の事です。現状は全て仮説でしかありません。しかし科学と言うのはそういう物です。『説明は出来ないが現実としてそうなっている』現象を、仮説を重ねて検証していくしかない」
そう前置きをしてから、彼女は続ける。
「私はシェンノさんの協力の元、様々な検証をしてきました。人体実験は当然できないので、彼女の知識と文献から、理論検証を繰り返して。そして、それはある一定の理論にまでまとめ上げることが出来ました。まだ発表していませんが、シェンノさんの事件が無ければ、もうすぐ学会に提出する目途がつく段階でした」
学会に提出・・・!?そこまで研究が進んでいたとは。学会に提出するという事は、アシハラさん一人で完結しているわけではないという事だ。他の教授や研究者も関わって、学会に提出するに足るものだと判断される。
つまり、彼女の理論は荒唐無稽なものではなく、科学的に一定の理のあるものだと認められているはずだ。
すごい、そこまで進んでいたなんて・・・!
しかし物理学の現象とは一体・・・!?
「詳しい理論は省きますが、概念だけお伝えすると・・・別次元からの流入したエネルギーが物理法則を捻じ曲げて発現しているのです。シェンノさんの村に伝わる医療技術は、事象境界面の破綻を局所的に引き起こしていたのです」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
聞いていた私たちはその言葉をすぐには受け止められず・・・。最初に沈黙を破ったのはあーちゃんさんだった。
「いやいや、別次元って、それこそ非科学的・・・ファンタジーじゃなかとね」
「ええ・・・!?そうじゃなくて、うーん・・・」
アシハラさんは少し困った顔をした。何とか説明しようと言葉を考えているようだ。
「・・・つまり、量子境界面のもつれが弱い相互作用に干渉して多次元領域に相転移現象を誘発してですね・・・・」
「あー、ごめん、ウチが悪かったけん・・・」
アシハラさんから出てくる謎の言葉の羅列に私たちは白旗を上げた。聞いたことがある単語はあるが、彼女の言っている意味は分からない。だが、少なくともデタラメを言っているわけではなく、きちんと理論だてられた仮説なのだろう。
「つまり、私たちの村の秘術が、偶然にもその物理的な法則を引き起こす手順となっていて、それが原因でこの超常現象が起きているという事ですか?」
「そう・・・!そういうことです!流石アピリスさん・・・!」
流石というなら、私なんかじゃなくてアシハラさんだ。彼女からしたら、田舎の村の土着の怪しい民間療法と切って捨ててもおかしくないようなものなのに、そこから、きちんと理論だてした仮説にまで持って行くなんて・・・。
正直今この場では全く理解が出来ないが、きちんと勉強したら、本当にこの理論から完全な治療方法が分かるかも知れない・・・!
「そして、この理論に私とシェンノさん・・・あなたのお母さんは、学術名を付けました」
「名前・・・、名前がついたんですか?この現象に」
「はい、論文を提出するからには、必要なものですから」
名前・・・そうだ。科学的に認められるということは、正式な名前がつくという事だ。そうなれば、この現象の被害に遭った患者達にも正式な病名をつけることが出来る。
今は私が勝手に名付けた『外因性再生異常再生症』という名で呼んでいるが、所詮私個人が付けた俗称のようなものだ。
正式な名前がつくことは、正式に病気として認められるということ。病気として認められれば、患者たちを救う環境が整っていくという事だ。とても大事な事なのだ。
これで、この現象の被害者を、パニックホラー映画のモンスターの名で呼ぶなどと言う不謹慎な事も無くなるはずだ。みんなゾン〇ゾン〇と言うが、苦しんでいる患者に失礼だろう。
今までは私くらいしかそこに気をつかう人がいなかったが、アシハラさん、そしてお母さんが付けた名前があれば、この状況を変えられる・・・!
「私たちはこの現象を『電弱相互境界面超弦励起領域』と名付けました」
よく分からないが、物理学の用語なのだろう。とても科学的で、素晴らしい名前だと思う。
「英語名は『ZbosonOpticsNucleonExcitation』」
学会に提出するには英語で書く必要がある。そこまで決まっているとは、素晴らしい。
「略して『Z.O.N.E』。日本語名の『領域』とかけて、この現象の領域の事を『ゾーン』と呼びます」
なるほど、学術用語も使いやすいように通称を付ける事が多い。
『Z.O.N.E』・・・『ゾーン』か・・・。
なぜだろう、なぜか知らないが、嫌な予感がする・・・。
「そして、この現象、この領域の影響をうけて超常の存在《being》となった人々を、『Z.O.N.E being』・・・」
ん・・・?
いやいや・・・ちょっと待って・・・・。
この流れは・・・まさか・・・。
いや、まさかね、そんなワケない。お母さんとアシハラさんが付けた名前が・・・そんな・・・。
「『ゾーンビーイング』・・・・略して、『ゾンビ』と名付けました」
「何でよぉぉぉぉおおおおおお!!何で『ゾンビ』なのよぉおおお!!」
最悪の予感が的中して、私は叫びながらその場に崩れ落ちた。




