第88話 因習村燃えるべし
私、珠代の人生は20歳にしてメチャクチャになった。
母子家庭に生まれ育ったことは別にいい。生活に困ってはいなかったから。母親は消えた父親のことを秘密にしていたが、そいつから生活費が出ていることは知らされていたし、母親自身も気にしていないようなので、私にとってもどうでもいい。
・・・もちろん、多感な子供時代には様々な不満を持ち反発もしたが、今となっては珍しくも無い事だと受け流すことが出来る。
だが、せっかく自分で折り合いをつけてそれなりに生きていたのに、突然「父親が呼んでいる」と半ば誘拐まがいにこんな田舎の山奥に連れて来られ、爺さんほども歳の離れた父親とやらに偉そうにされ、初めて会った異母姉妹とともに村で暮らすことを強要された。
異母姉妹は母親ほどに歳が離れていた。しかも私の存在を初めて知ったらしく、後継者争いに突如放り込まれた私という邪魔者に露骨に敵意を見せ、針のむしろのような生活を強いられた。おかっぱ頭に着物という謎の恰好までさせられて。
しかもそれが修羅場好きの父親の道楽のためだと知らされれば、殺意が沸くのも当然だったと思う。
しかし事態はそれだけでは収まらなかった。悪夢というにはバカバカしすぎる、冗談のような展開。
ある日突然父親がゾンビになり、謎の集団に抱きこまれ、そして、私もゾンビにさせられた。
村人は次々とゾンビに、村はみるみる新興宗教の拠点になった。村の外から人を呼び込んでは入信させてゾンビにする悪の秘密組織みたいになった。
ゾン神様とかいう変な男相手に涙を流して手を合わせるバカみたいな宗教セミナーを見た時にはもはや笑ってしまった。
ゾン神様にヘコヘコしながらも相変わらず村人には威張り散らす父親に、さらにそいつの言いなりになってる異母姉妹。そいつらにこき使われて笑っている奴隷根性の村人たち。こんな怪しい組織に喜んで入団して、ゾンビになっていく信者たち。
全員クソだ。
だから燃やしてやることにした。
こんな村は燃やすに限る。私はゾンビとして才能があったらしく(全く嬉しくないが)、炎を出す能力を持っていた。これまでもこの力で村に嫌がらせをしたりしていたが、もう全部燃やしてしまおう。
丁度今日村に来たニニカとかいう女たちが、ゾン神と因縁があるらしいので、今が騒ぎの起こし時だと思ったのだ。騒ぎが大きくなるほど私が逃げられる確率が上がる。
ニニカ達を捕まえている部屋の鍵を開けておいた。彼女たちが事態を引っ掻き回してくれる気がする。ついでに自意識のない並ゾンビになった奴らを閉じ込めておく大倉庫の扉も開けておいた。ゾン神教は信者を順番にゾンビにしていって、自意識を保ってたものは幹部に、そうでない者はまとめて閉じ込めていたのだ。並ゾンビは彷徨い歩き人間に襲い掛かるだけの制御不能な存在。これでかなり混乱させられるはずだ。
そして私は施設から村まで方々に火を放つ。
燃える燃える、いい気味だ。
山奥の夜の暗闇の中、無差別に放たれた炎はどんどんその光の勢いを増していく。まるで心馴染みのない古臭い村の家々が燃える。
思いのほかよく燃える炎を見ていると、どんどんテンション上がってきた。思えば私の人生ずっとクソだった。母子家庭に生まれたことは別にいいと言ったが、クソな父親と母親はやっぱりクソだ。見た目がいいからってろくに働かず金持ちの愛人になって、私を生んでもろくに面倒も見ない母親もクソだし、面白がってイジメてくるクラスのガキや教師どももクソだ。優しい顔して近づいて、結局暴力振るってくる男もクソだし、給料払わないバイト先もクソだし私を犯罪者扱いする警察もクソだし勝手に鍵開けて部屋の中入ってるアパートの大家もクソ。
クソクソ思ってた地元の田舎よりもさらに田舎のこの村が輪をかけてクソ。名家のふりして下品な嫉妬丸出しの松子梅子竹子三姉妹も、口では敬っているようで好奇とエロい目で値踏みしてくる村のジジイや男共も、暇つぶしのゴシップのタネにしようと根ほり葉ほり詮索してくるババアどもも、村瀬のジジイも山井のババアも上川のハゲも大戸のクソアマも全員焼けてしまえばいいのだ。どうせゾンビなんだからそのうち復活できるだろ。まだゾンビになってない信者?しらねー、自己啓発セミナー受けてる暇があったら消火訓練でもしとけよ、バーカ!
私はこの混乱に乗じてこんなクソ村から逃げるのだ。取り合えずもう田舎はコリゴリだ。もっと都会に行こう。都会もクソかもしれないが、同じクソなら田舎より都会の方がいいだろう。
◆
私、アピリスが、ニニカさんとDr.アシハラを探しに訪れた骸城村。夜中にようやく辿り着いたそこは、信じられない光景になっていた。木々と山に囲まれた中に広がる田舎の村は、平時はのどかな風景だったのだろうが、今はあちこちに火の手が上がり、その炎に赤く照らされていた。そして方々を駆けまわる人々。村人・・・だと思うのだが、どうも様子がおかしい。消火しようとする者がいる一方で、フラフラとおぼつかない足取りで彷徨う人影が多数・・・。あれは・・・!
「村の中にゾンビが!?それにあんなに沢山!?」
一緒に来ていたメアリさんがそう叫ぶ。
「火事にゾンビ・・・こりゃ、とんだ修羅場に到着しちゃったみたいですね、センセイ」
ジョージが私に向かってそう呟く。メアリさんに比べて呑気な調子に聞こえるが、その顔には流石に動揺の色が出ており、冷や汗を垂らしている。
「二人とも、患者さん達に向かってそんな風に言わないでください!」
私はつい、いつもの癖で、『外因性細胞異常再生症』の患者を『ゾンビ』などという非科学的な名前で呼ぶ二人にそう注意する。だが、今はそんな事言っている場合じゃない。私もパニックになってしまっているのだ。今考えるのはそんな事よりも・・・。
「患者さんも、村の人たちも、そしてニニカさん、Dr.アシハラも、ここにいるならみんな助けなきゃ!!」
何が起きているのか全く分からないが、とにかく第一は人命だ。私は駆け出し、一番近くにいる村人に駆け寄る。だが・・・その村人は、青紫色の肌をしていた。この人も『外因性細胞異常再生症』の患者・・?!?
よく見ると、周りの村人全員、そうだ。彷徨い歩く人だけではない、消化している正気の人たちも、全員!?
そしてその中の一人が私を見て、そして叫ぶ。
「銀髪に褐色の肌の女・・・!『銀のアピリス』!!みんな!『銀のアピリス』が来たぞ!ゾン神様を狙う悪魔の手先が!!!」




