第84話 タブー
骸神家の屋敷は人気が全く感じられなかった。いや、実際には一人、確実にそこにいるはずだった。骸神竹子。この村、この家の当主の子供、その三姉妹の二女。彼女はこの屋敷の中にいるはず。それ以外の、村の外から来た三人の女と一人の男は、屋敷から出ていった。村の入り口では今も山崩れのために村人が集まっている。だから今、屋敷は人がほとんどおらず、骸神竹子を狙うなら絶好の機会と言えた。すでに日が傾きかけ、山奥のこの村には黄昏の影が近づいているのも、好都合だった。
骸神竹子は普段から藍色の着物を愛用している。藍色の着物のその女は、屋敷の中で一人なにやら慌ただしく書類整理をしている。かなり集中しているようで、周りに目もくれない。その背中に迫る一つの影。赤い着物の少女・・・珠代だ。その手には斧が握られている。音もなく近づくと、その斧を振り上げ、竹子の首筋に向かって・・・・!
「そこまでだ!野田珠代!」
部屋の物置の襖が勢いよく開けられる。中から飛び出してきたのはレイ刑事だ。名を告げられた女性、野田珠代は予想外の展開に驚きの声を上げる。それと同時に、わたしは野田珠代の方を振り返る。
「え!?あんたは!?」
野田珠代はもう一度声を上げる。彼女が驚くのは当然だ。骸神竹子だと思っていた藍色の着物の女が、振り返ったらわたし、つまり、村井ニニカだと気づいたのだから。
「な、なんで!?」
「ふふふ、わたし達は屋敷を出たふりをして隠れて戻ってきて、竹子さんの着物を借りて囮になっていたのです!そしてレイ刑事には隠れて犯人が来るのを待ってもらい、あーちゃん、ナツさんには念のため他の場所も見張ってもらっていたのです!」
「野田珠代。殺人未遂の現行犯で、身柄を拘束する!そして、先の骸神松子、梅子の二人の殺人事件についてもすべて話してもらうぞ!!」
レイ刑事が野田珠代の腕をとり、捻りあげて斧を落とさせ、そのまま抑え込み捕まえる。いいぞレイ刑事、ちゃんと仕事している!
初めて間近で見た野田珠代。遠めに見えていた時は、着物姿におかっぱ頭、そして整った美しい顔のせいで、幽霊のような恐ろしさがあった。しかし、今こうして見ると、美しさは変わらないが、ちゃんと血の通った年相応の少女であることが分かる。彼女は困惑と悔しさが滲んだ顔で周りを見渡した。
「じゃあ竹子は・・・!?」
「私ならここよ」
竹子さんが廊下から登場する。竹子さんは私に着物を貸しているので、先ほどとは違う着物を身に着けている。その表情は非常に厳しく、憎しみがこもっている。まあ自分を襲おうとした相手だから当然か。
「突然現れて後継者争いに割り込んできただけじゃ飽き足らず、こんなことまで・・・。何を考えてるのよ!!」
しかしそれに対して、野田珠代も負けじと攻撃的な口調で返す。
「殺人事件の容疑者ですって?笑わせるわね。今のはたまたま斧を持っていただけだし、二人の殺人事件?だっけ?私がやったって証拠でもあるの?それに、死体が消えたって騒いでたじゃない。それはどう説明するのよ!?」
むむ、悪あがきするタイプの犯人ね。たまたま斧を持ってるなんて言い訳があるか!
「そんなのどうでもいいわ!こいつが犯人よ!納屋に放り込むから、はやく手錠かけちゃって!」
「いやいや、竹子さん安心してください、それについてはニニカちゃん!謎を全部解いたんだよね?今こそ真実を告げてくれ!」
レイ刑事が力強くわたしに向かって謎解きを促す。確かに謎を解いたと言ったけど、全部わたし任せなのは刑事としてどうなんだろう。まあいいけど。
「ふふふ、いいでしょう。でもその前に、ある特別ゲストの到着を待たないと・・・」
「特別ゲスト?」
「おや、ちょうど到着したようですね!」
わたしも段々乗ってきて口調がそれっぽくなってきた。とにもかくにも、廊下の外から何やら女性同士が言い合いをする騒ぎ声が聞こえてきた。それはこの部屋に近づいてくる。
「二人とも、丁度いい所に!」
廊下から姿を現したのはあーちゃんとナツさん。そしてその二人はそれぞれ、もう一人ずつ女性を連れてきている。
「松子姉さん!?梅子!?」
「えええ!?死んだはずの二人が、何でここに!?」
そう、あーちゃんとナツさんが連れていたのは骸神松子さんと梅子さん。火事の中で首を斬られていた松子さんと、首を斬られて池に沈められていた梅子さん、その二人だった。
◆
困惑しているのはあーちゃんとナツさんも同じだった。今回の作戦はこうだ。犯人をおびき出すためにわたしが竹子さんに成りすます。レイ刑事は部屋の押し入れに隠れ、竹子さんは別の部屋に隠れる。あーちゃんとナツさんは、犯人がどこから来るか分からないため屋敷の別の場所に隠れておく。竹子さんとレイ刑事に伝えたのはここまで。だが、あーちゃんとナツさんだけに秘密でお願いしていることがあった。『屋敷のどこかに松子さんと梅子さんがいると思うから、探して連れて来てくれ』というものだ。当然二人は半信半疑だったが、こうして無事見つけてくれた。
「松子さんと梅子さんが生きている?じゃあ・・・二つの首なし死体は一体誰なんだ!?」
レイ刑事が当然の疑問を口にする。当の松子さんと梅子さんは苦々し気な表情をして、何も語ろうとしない。
「まさか松子さんと梅子さんが死んだように見せかけていた?でも誰が何のために?それに、そうだとしても、死体消失トリックが謎のままなのは変わらない!どちらの部屋にも出口には人がいて、小さな窓から動かない死体を運び出すには時間がかかりすぎる。一体そこにどんな真相が隠れているんだ!?ニニカちゃん!?」
「ふふふ、そのすべてを説明することができるんです。それも簡単に・・・!」
わたしは人差し指を突き立て、思わせぶりに周囲の人間を見回す。レイ刑事は真剣にこちらを食い入るように見つめている。あーちゃんとナツさんも、真相を話していないので疑問符一杯の顔をしている。
「死体消失トリックの謎の答え、それは、死体は自ら外に出て行ったのです!」
「死体自らって・・・今更そんな比喩表現はよかけん、早くトリックを教えてよ~!」
取れ高があると判断したらしくあーちゃんは撮影しながら答えを急かす。
「いや、比喩じゃなくて、本当に死体が自分で外に出て行ったんです」
「え?」
「死体って言うか、首を斬られてたのはゾンビなんですよ。ゾンビだから、首を斬られても死なないで、自分で外に出て行ったんです」
「はぁ~!?アンタなんば言いよっとね!?」
興奮して博多弁が強めになったあーちゃんが強い口調で詰め寄って来る。でもこっちだって冗談で言ってるわけじゃない。
「その証拠に・・・・!」
わたしは素早く竹子さんに近づき、その胸元に下げられていたネックレスを奪い取る!
「ああ!!」
竹子さんは悲鳴を上げて取り返そうとしてくるが、もう遅い。そのネックレスは、ゾンビを普通の人間の見た目にする薬袋が括りつけられていた。そう、わたしが今つけているのと同じような物のはずだ。先ほど竹子さんの着物を貰う時にコッソリ確認しておいたのだ。これを外すと・・・!
「きゃぁぁあ!」
「ええええ・・・!」
「ゾンビだったのか!!」
あーちゃんが悲鳴を上げ、ナツさんが困惑し、レイ刑事が驚愕する。竹子さんの肌が青緑色になり、ハッキリとゾンビの姿になっていた。
「くそ・・・しまった・・・!」
竹子さんが憎々し気にそう呟く。
「そんな・・・本当にゾンビがおったと・・・!?」
「そう!あーちゃんが取材しに来たゾンビは実在するんです!そして、松子さん、梅子さん、あなた達もゾンビですね!?」
「チッ・・・バレたらしょうがないわね・・・・」
「まさかこんなことでバレるなんて・・・」
そう言って観念した二人は、自ら薬袋を外してゾンビ化した。
「「「ええええ!」」」
あーちゃん、ナツさん、レイ刑事の三人がまたも衝撃を受けている。
「そ、そんな・・・・」
一際あーちゃんの衝撃は大きいようだ。なかなか事態を飲み込めないようで、プルプル震えている。
「死体消失トリックとか、結構真面目に考えとったとに・・・。ゾンビがアリなら何でもアリやん!殺人事件にゾンビはルール違反やろ!!」
あーちゃんの魂の叫びが部屋に響き渡った。そんな事を気にしていたのか・・・。まあそれは放っておいて、わたしは推理を続けた。
「恐らく、珠代さんが松子さん、梅子さんの首を落としたのは本当だと思います。竹子さんも狙っていたわけですから。火を放ったり池に落としたのも珠代さんでしょう。でもゾンビだから、死んだわけじゃない。ただ、松子さん達はわたし達にゾンビであることを気づかれる訳にはいかなかった。だから、松子さんは火事の間に首をくっつけて逃げた。梅子さんは・・・竹子さんが私たちと話している間に逃げて首を繋げたんでしょう。おかしいと思ってたんですよ。池に首なし死体があって大変な時に、わざわざ私たちを別室に集めて昔話を聞かせるなんて。あれは、わたし達を竹子さんの体から遠ざけて、時間稼ぎをしていたんですね。恐らく珠代さんも、あなた達の正体に気づいていて・・・」
「ちっ!もういいわよ!」
竹子さんが憎々し気に吐き捨てて私の言葉を遮る。そして松子さん、梅子さんと目配せして、それぞれ頷き合う。どうやら三人で開き直ることにしたらしい。
「確かに私たちはゾンビよ。あんた達みたいな旅行客を取り込んで、ゾンビにするのが目的のね。穏便に済ませてやろうと思ってたけど、ゾンビだとバレたならもう手間かける必要もないわ。それで、あんた達、私達の正体を暴いたところで・・・ここからどうやって逃げるつもり?ゾンビに囲まれて」
そう言って凄む松子、竹子、梅子の三人。怯えるあーちゃんとナツさん、そしてわたし、珠代さんの四人を庇うように、レイ刑事が前に立つ。
「ニニカちゃん、これからどうするんだい?推理どおりって事は、ここから逃げる計画もあるんだろう!?」
「えっ?」
「え!?」
レイ刑事が私の方を見つめるが・・・・。
「ああ~、推理を披露したい気持ちでいっぱいで、その後の事は考えてなかった・・・」
「えええ!」
「で、でも屋敷の外に出たら、この三人も村人たちにゾンビの秘密を隠すために追ってこれないと思うんで、死ぬ気で外まで逃げましょう!!」
「な、なるほど!!」
わたしが絞り出した案にレイ刑事は賛同した。だが・・・
「はぁ?あんた達、何言ってるの?」
竹子さんが心底馬鹿にしたようにそう言い放つ。
「さっき言ったでしょう?私達はゾンビだって」
「?」
竹子さんの言葉の意味をはかりかねていると、廊下の方からどたどたと足音が聞こえてきた。
「だめよ!だって・・・!!」
焦った様子の珠代さんが叫ぶが、その前に足音の主が現れた。
「おじょうちゃん達・・・あれま」
それは、わたし達がこの村に来てから初めて話したおじさんだった。先ほどと同様、消防団の法被を着ているが・・・。
「松子様、竹子様、梅子様、もうゾンビの事ばらしとったとね~」
おじさんは呑気な口調でそう言うと、自身の首もとから薬袋を外し、その姿をゾンビへと変貌させた。
「え!!??」
「お~い、みんな、もうゾンビになってよかってよ~」
わたしの驚きをよそに、おじさんがそう呼びかけると、さらに複数人ドタドタと足音を響かせてやって来る。全員村のおじさんおばさんで、全員ゾンビ・・・。
「えええええ・・・・!!!」
「この村の住人は、全員ゾンビなのよ」
竹子さんが勝ち誇った表情でそう言い放つ。




