第75話 Dr.アシハラの行方
まず驚いたのは、イトさんが大学職員だったことだ。サラリーマンと聞いていたので、何となくイメージが違ったのだが、イトさん曰く
「大学職員って言っても事務方ですから、サラリーマンですよ。教授ってわけでもないですし」
とのこと。そう言われれば、私も大学で事務手続きしてくれる窓口の人を思い浮かべて、納得した。
イトさんはとてもいい人で、診療が終わった後、わざわざ大学に戻ってデータベースを調べてくるという。私とアピリス先生、そしてバイトから戻ってきたジョージさんの三人で、イトさんからの連絡を待つ。マシロ先生は病院の仕事が忙しいという事で、帰っていった。
夕方に差し掛かる頃、イトさんからの電話が鳴った。
『いましたよ、アシハラって名前の女性の博士。葦原ナツカ准教授』
「本当ですか!!」
アピリス先生が電話にかじりつく勢いで声を上げる。ずっと探していた人見つかったかも知れないのだ。無理もない。最初からイトさんに探してもらっていればこれまでの苦労は無かったのに・・・と思うと悲しくなるので、誰もその事は口にしない。
『ちなみに、やっぱり医者じゃなくて、文化人類学が専門の人みたいです』
「文化人類学?ってなんですか、アピリス先生」
「文化人類学・・・?えーと、あのその」
「あれだよ、ほら・・・・あの・・・」
アピリス先生もジョージさんも分かっていなかった。
『その名の通り、人類の文化、世界各地の様々な民族の文化を研究する学問ですね。フィールドワーク、つまり現地に行って取材研究する事が多いです。文系の学問なので、医者、つまり理系のつもりで調べていたらなおさら遠い分野でしたね』
へぇー。なるほど、ありがとうイトさん。
「フィールドワークが主なら、センセイの故郷に訪れていたのも研究の一環って事で変じゃないな」
「そうかも知れないですけど、それだと医療技術の研究というよりは文化としての研究だったってことですかね・・・」
『そこは分かりませんが、このDr.アシハラ、物理学や化学の論文も出してますね。科学的なアプローチもあったかもしれません』
「なるほど・・・、マルチな研究をしているわけですね」
アピリス先生は少し考え込むが、すぐに電話の会話へと戻る。
「とにかく、Dr.アシハラに早く会いたいです!どこに行けば会えますか!?大学の研究室はどこ!?」
『ええと、それがその、聞いてみたんですが・・・・』
イトさんは少し沈んだトーンに変わった。
『今研究室にいないそうなんですよ。というかDr.アシハラは殆ど研究室にいないそうです。大体いつもフィールドワークに出かけているので』
「電話やメールで連絡取れないんですか?」
『それが、どうやら数日連絡が取れていないらしく、研究室の人も心配しているらしいんです。しかも、最近噂になっているゾンビについて調べに行く、と言って出て行ってから連絡が取れなくなったらしく・・・』
「連絡が取れない?まさか・・・何かトラブルに巻き込まれて!?」
『分かりませんが、もしダンテ・クリストフとかいう奴が関わっている事件なら、もしかしたら・・・』
まさか、ようやく見つけたDr.アシハラがゾンビを追って行方不明になっているなんて・・・。
「どこに行ったか、行き先は分からないんですか!?」
『それは分かります。S市にある、骸城村という場所なんですが・・・』
「骸城村!?」
その名前を聞いて、私は思わず声を上げる。
「メアリさん、知ってるんですか?」
アピリス先生が私に聞いてくる。そう言えば、先生には詳しい話をしていなかった事に気づいた。
「その村・・・ゾンビの噂を調べに、ニニカさんが今朝から向かってる村です・・・」
◆
福岡県の山奥に位置する骸城村。人里離れ、周りを木々に囲まれたその村の中で、私、村井ニニカはかつてない事態に直面していた。
「い、いやぁああああーーーーー!!」
女性の悲鳴が響き渡る。しかしそれは周囲の森に吸い込まれて、決してこの村の外に漏れて行かないであろうことを予感させる。
私の目の前にあるのは、一つの死体。しかも首を斬られた凄惨な死体だ。
異様な雰囲気に支配されたこの村で、恐ろしい事件が始まっている―――。




