第74話 うっかりアピリス
アピリス診療所はいつもゾンビと戦ってばかりいる訳じゃない。ゾンビに悩む患者さんの治療。さらには、一度治療した後にも定期的に診察をして経過観察をしている。私、蘭葉メアリもそうしてもらっている。さらには世の中のゾンビの噂を調べたり、最近は警察や病院ともパイプが出来たので、そこに来たゾンビの治療を頼まれることもある。アピリス先生はそれに加えてDr.アシハラの行方を探したり、日本で医師免許を取るために勉強をしたりもしている。とにかく忙しいのだ。
今日は協力者である天才外科医、財前マシロ先生が診療所を訪れていた。
「アシハラなんて医者、全然見つからないぞ。名前か何かを勘違いしてるんじゃないか?」
マシロ先生さんは随分偉そうに病院の椅子に深く腰掛け、缶コーヒーを手に持ちながらそう言った。
Dr.アシハラ。アピリス先生のお母さんと一緒に、ゾンビの研究をしていたという女性だ。アピリス先生は故郷で数度会ったことがあるだけで、その名前と日本の九州に住んでいる、という情報以外は無い。だからアピリス先生は九州中の医者を探し回っているのだが、未だに見つかっていない。マシロ先生は現役の日本の医者なので、より詳しく調べられるだろう、ということで協力してくれているのだ、が・・・。なかなか見つからないらしい。
「そんな事言われても、確かにDr.アシハラって言ってたんですよ」
「その名前聞いたのは、日本語勉強する前だったんだろ?そのヒアリングは信用できるのか?」
「失礼な!勉強前だって、ちゃんと聞いでましたよ!ドクターで、アシハラで、キュウシュウに住んでるって!」
「名前が確かだとしても、これだけ見つからないとなぁ。しかもそれ以外の手がかりがこの人相書きじゃあなあ」
そう言ってマシロ先生は一枚の紙を取り出して広げてみせた。アピリス先生が、Dr.アシハラの顔を思い出した描いたものだ。・・・が、非常に名状しがたい奇っ怪な絵・・・絵?線の集合体がのたうち回っている。
「それはもう忘れてくださいって言ったでしょ!!」
アピリス先生はその紙をマシロ先生の手からひったくる。アピリス先生の絵心が壊滅的だとは、意外だった。
「忘れろと言ったって、あんな絵を見せられたこっちの気持ちにもなってみろ!」
「そこまで言うこと無いでしょう!一生懸命描いたのに!!」
ギャーギャーと喧嘩が始まってしまった。今日はジョージさんもニニカさんもいないので止めるとしたら私が止めるしかないのだが、面倒だからしばらく眺めてみる。
すると、診療所の扉がゆっくりと開いた。そこから恐る恐る覗き込む顔がある。
「あのー、入っていいですか・・・?」
気弱そうなメガネの男性。伊都学さんだ。私と同じ時にゾンビになったサラリーマンで、アピリス先生に治療してもらい、定期的に診察に来ている。
「あれ!イトさん!?今日診察でしたっけ?」
「あ!」
驚くアピリス先生に続いて、私も声を上げる。
「イトさんの予約入ってるの、伝えるの忘れてた・・・」
「もう、メアリさんしっかりしてくださいよー・・・。すいません、入ってください」
アピリス先生がそう言ってイトさんを招き入れる、と、マシロ先生から意外な言葉が出てきた。
「あれ、イトさん!?」
「財前マシロ先生!?」
◆
「まさかマシロ先生とイトさんが知り合いだったとは驚きました」
「『ぴーちパーク』でたまたま隣の席になってね、マシロ先生と仲良くなったんですよ」
ぴーちパークというのは、ゾンビのメイドカフェのオカマバーだ。関係者がゾンビになっていたのをアピリス先生が助けてから仲良くなった。
「マシロ先生がああいう店行くんですね」
「副院長に誘われてな。断ってもよかったんだが、前のゾンビ事件の時に事後処理を上手い事やってくれたから、少しは顔を立てやったんだ」
マシロ先生は肩をすくめながらそう言った。まああそこは健全な店なので、マシロ先生のイメージが崩れるというほどではない。診療所の皆も時々遊びに行っている場所だし。
「それにしても財前マシロ先生がゾンビの事知っていてアピリス先生に協力してたとは、世間は狭いですね」
「俺も飲みに行った店の店員と客がゾンビだとは、冷静に考えると凄い話だな。もしかして街中には既にゾンビが溢れてるんじゃないか?」
「もう、2人とも、ゾンビじゃなくて『細胞異常再生症』ですって!」
アピリス先生が呼び名を訂正しようとするが、誰も特に取り合わない。
「それで、人捜しで苦労してるんですか」
「そうなんだよ、Dr.アシハラという人で九州にいるらしいんだが、どう探しても見つけられなくて」
「へぇ、ドクターなんですか」
「そう、Dr.アシハラ」
「博士なんですか?」
「あー、いや博士のドクターじゃなくて、医者のドクターだってさ」
イトさんとマシロ先生が不思議な会話をする。
「博士のドクターと医者のドクターってどういう意味ですか?」
「おいおい、メアリさん、君大学生だよな?大学院に上がったら修士、つまりマスターで、博士課程に進んだら博士、ドクターだぞ」
「う・・・すいません、まだ大学一年生なもので・・・」
「一年とか関係あるか?」
「まあまあ、マシロ先生。一年生だと確かに知らない子も沢山いますから」
イトさんが助け舟を出してくれた。しょうがないじゃない、入学してからすぐにゾンビになっちゃって、大学どころじゃなかったんだから・・・。
「とにかく、俺たちが探しているのDr.アシハラは医者なんだ。なあ、そうだろう?」
マシロ先生がアピリス先生に同意を求めて目線を送る。と、アピリス先生は・・・顔面に大量の冷や汗を流して硬直していた。
「・・・おい?」
「ドクターが、博士・・・?」
「おい・・・まさか」
マシロ先生が信じられないものを見るような目で恐る恐る言葉を続ける。
「お前、Dr.アシハラは医者だって言ったよな?」
「いや、本人が自分の事を『ドクター』だって言ってたし、母も医者だから医者仲間かなって・・・」
「え、じゃあ医者だっていう根拠は・・・」
「他にはない・・・かな・・・?」
アピリス先生は気まずそうに眼を逸らしながらそう言った。
「お前ー!!お前が医者だって言うから散々医者を探したんだぞ!!」
「私だって!私だってあっちこっちの病院を探し回ったんですよ!」
「それは自業自得だろ!」
まさかドクター違いでアピリス先生が勘違いしていたとは。(私も知らなかったけど)
いや、まあ本当にDr.アシハラさんが『医者』じゃなくて『博士』かは、まだ分からないけど、これまで『医者』だけを探していた二人のダメージは大きいようだ。
その場にへたり込むアピリス先生と頭を抱えるマシロ先生。
私はそれを見守るしかなかったが、イトさんが遠慮がちに手を上げる。
「あのー、じゃあ私が探すの手伝いましょうか?」
「え?」
「私、大学で働いてるから、『博士』、探せるかも知れませんよ」




