第72話 老人Zombi(後編)
「なんなんだね、君たちは!勝手に人の話を盗み聞きして!」
今回の患者、七隈重信さんの長男、満さんと、長女の信子さんは、非常に怒っていた。
「おじいちゃんを心配するようなこと言って、実は財産目当てだったんですか!?」
メアリさんが止せばいいのにストレートに口を挟むが、信子さんはすぐさま反論してきた。
「なによ、悪いの!?確かに私たちが父さんをゾンビのままにしておきたいのは、父さんだけが知っている隠し財産のありかを思い出してほしいからよ!?だけど、財産の管理は家族、さらには私たちの会社経営において重要な事なのよ。あなた達に言わなかったのも、わざわざ言う必要がなかったからよ。医者相手とは言え、プライバシーをどうこう言われる筋合いはないはずよ!」
全くその通りです。すいません。
本人たちも若干後ろめたい気持ちがあったのか、随分ペラペラ言い訳を並べてくる。しかし、彼女の言う通り、患者を治したい動機がお金のためだったとしても、医者にはそれを咎める権利はない。私個人の感情としてはいい気分はしない。が、犯罪を犯しているわけでもない。とにかく、治療に関わらない限り、患者と家族の関係に医者が口出しするべきではない。
それよりも人のプライバシーに聞き耳を立てていた事は素直に謝らなければならない。
「すいません・・・本当に・・・」
「信子さん、お義兄さん、どうしたんですか?」
そうこうしていると、信子さんの夫であるマサオさんが騒ぎを聞きつけて応接室から出てきた。ジョージも一緒だ。マサオさんは私たちの状況を見てすぐに事態を察したらしい。
「あらま。もしかしてお義兄さん達の企みがバレちゃったんですか?」
「企みとはなんだ、人聞きの悪い!」
「あなた、もしかしてこの子たちに変な事吹き込んだんじゃないでしょうね!?」
「いやぁ、まさか、あはは」
マサオさんが白々しく誤魔化すが、その態度が信子さんと満さんの怒りの火に油を注いだようだ。
「そもそもお前がもっと会社の役に立っていれば、会社が傾いてオヤジの隠し財産頼みにならなくて済んだんだぞ!」
「そりゃないですよ、お義兄さん。会社が傾きだしたのなんて、お義父さんが現役のころから始まってたじゃないですか。責任があるとしたら、家族全員連帯責任でしょう?」
「お前なんか俺は家族と認めちゃいない!」
「ちょっと!兄さんもマサオもやめてよ!ようやくワンマンな父さんが引退したんだから、今の財政難を乗り越えたら私たちの天下で安泰なのよ」
「・・・・!そうだ、元はと言えばオヤジが悪いんだ。好き勝手やった挙句、俺たちの知らないうちに会社にデカい借金作って、母さんにも散々苦労をかけて早死にさせちまった!その上会社の金をコッソリ隠し財産にしていたくせに、さっさとボケてどこにあるか忘れやがった!俺たちはオヤジから隠し財産のありかを聞き出すために、施設にも入れられず家で介護をしなきゃいけなくなったんだ!」
なるほどね。この家はお金持ちに見えても大変なんだな。皆色んな悩みがあるんですね。でもそういうお家騒動は医者に話すことじゃないと言うか、私としては早く治療させてほしいんですけど。ジョージも心底どうでもいいという顔をしている。メアリさんは彼らを軽蔑したような顔をしている。
「あのー・・・」
「なんだ、ミチコ!今忙しいんだ!」
満さんは自分の奥さんであるミチコさんに、随分キツイ物言いをする。だがミチコさんは特に動じず、事実を淡々と伝える。
「お義父さん、家のどこにもいませんけど」
◆
「もしかして隠し財産の場所を思い出したのかしら!?」
私たちは全員で家を出て、七隈重信さんを探し回っているのだが、その最中、信子さんがそう呟いた。
「どういうことですか?」
「もうこの際だから言っちゃうけど、父さんはまだ元気だった頃から一人でよく散歩に出かけてたのよ。誰もついて来るなって言って、行き先は誰にも分からない。で、ボケ始めてから隠し財産の存在が明らかになったんだけど、家や会社を探しても全く見つからない。じゃあ、あの秘密の散歩は実は隠し財産を見に行ってたんじゃないかって、そう睨んでるの。でもボケてからの徘徊の後をつけても毎回違う変なところに行くだけ。ボケたから行き先を忘れちゃったんじゃないかって」
「なるほど、それで、痴呆が治ったら隠し財産の場所へ案内してもらえると思ったんですね」
「そうよ!あれだけハッキリ喋れるようになってるなら、色々思い出せてるはず!みんな!なんとしても探すわよ!!」
信子さんは俄然やる気を出して檄を飛ばす。満さん、マサオさんも同様らしい。私とメアリさん、ジョージも探しているが、そんな邪な理由で探してないんだけどな・・・。なんか仲間みたいに扱われているけど。
そうこうしていると、ミチコさんが遠くから声を上げる。重信さんが見つかったようだ。声の方に駆けていくと、確かに一人トボトボと歩く彼の姿があった。私が声をかけようとすると、信子さんがそれを止める。
「待って!どこに行くのか知るチャンスなのよ!このまま尾行するのよ!!」
なんで私がそんな事につき合わなきゃいけないんだ・・・。私が不満そうな顔をしているのを察したのか、ジョージが耳打ちしてくる。
「まあまあ、この問題が解決しないと治療させて大人しくくれなさそうだし、ここは言う通りにしようよ、センセイ」
◆
「こんな所に隠し財産が!?」
メアリさんはそう言うが、まさかこんな所にそれは無いだろう。七隈家の皆さんもそう思っているらしく、みんな困惑した顔をしている。
そこは公園だった。七隈家がある桜坂駅周辺は、その名の通り桜の名所の坂がある。その坂を上った先にある市民公園だ。それなりの広さがあり、その奥に桜の木が並んでいる一角がある。七隈重信さんはその中の一本の桜の木の前に立っていた。今は秋なので桜の花の季節ではない。それなのに、花も葉もつけていないその気を見つめている。
「お前達、隠れてコソコソと、何のつもりじゃ」
重信さんが、桜の木を見たままそう声を上げる。彼の背後で様子を伺っていた私たちに向けたものだろう。その声は、先ほど家で話していた時よりもハッキリとしていた。
「お父さん・・・まさかボケが治ってる!?」
満さんと信子さんがドタドタと駆け寄ると、重信さんは深くため息をついた。
「まさか自分がゾンビになるとは思わなかったが、そのおかげで記憶が戻るとは、人生何があるか分からんもんじゃな・・・」
やっぱり、家で話した時よりもハッキリしている。でもそれは、細胞異常再生症が進行しているという事じゃ・・・。
「それじゃあ、早く隠し財産の場所を教えて・・・」
「バカモン!!!」
気持ちが逸る満さんと信子さんに、重信さんは一喝を飛ばす。
「せっかくワシとまともに話せるようになったのに、最初に出てくるのがそんな言葉なのか!?全く情けない・・・・!」
「そ、それは・・・」
「お父さん・・・、その、ごめんなさい・・・」
満さんと信子さんはシュンと小さくなってしまう。そこに口を挟んできたのはマサオさんだった。
「じゃあお義父さんは、何でこんな所に?この桜が何かあるんですか?」
そう聞かれた重信さんは、しばらく桜を見つめた後、ゆっくりと口を開いた。
「これはな、ハルと・・・妻と一緒に植えた桜なんじゃ。若い頃に、この公園の植樹祭でな。苦しい時や辛い時はこれを見に来るのがワシの習慣じゃった。じゃが・・・・」
重信さんは少しだけ声を詰まらせた。
「歳を取って、仕事も引退すると、段々と頭がぼんやりと、靄がかかったようになっていくんじゃ。忘れないように足しげく通ってみたが、いつしか思い出すのが難しくなった。忘れたことさえ忘れていた事に気づいた時には戦慄した。そのうち、何も分からなくなっている自分自身に、不安で、怖くてしょうがない日々が続いていた。・・・だけどある日から段々と、逆に少しずつ頭がハッキリするようになった。それがゾンビになったせいだと気づいた時は、驚いたものじゃがな・・・。そうして、今日ようやく、この桜の場所を思い出せたんじゃ・・・」
重信さんの独白に、満さんも信子さんも驚きを隠せていなかった。
「お父さん、そんなに母さんの事を大切に思っていたのね・・・」
「それに、痴呆の事でそんなに苦しんでいたなんて・・・。俺は、ボケてるんだから本人は気楽なもんだと思っていた。俺たちにばっかり苦労をさせられてって思っていたのに・・・」
・・・・私も専門家ではないが、聞いたことはある。痴呆の患者は、周囲からは分かりづらいが、本人はとても不安で仕方ないのだという。家族の事すらも分からなくなるほど症状が進んだ人からすると、知らない人に囲まれ、知らない場所にいさせられ、自分の言葉や認識は事あるごとに否定される。それがずっと続くのだ。そう思うと、その苦しみは想像するに余りある。だから、このように再び意識がハッキリするようになったのは、本人にとっても奇跡としか言えないだろう。
「そんな父さんに対して、私たちは隠し財産の事ばかり・・・」
「はぁ・・・。まあワシも会社を傾けさせたりとか、お前達にきつく当たったりとか、悪いところはあった。じゃが残念ながら、隠し財産なんて存在しないんじゃ」
「え、そんな・・・!?」
「昔はあったが、ワシがボケる前に全部使い切ってしまったからな・・・」
「そうだったの!?そうか、無いのか・・・。まあ、しょうがないか・・・」
満さんと信子さんはガックリと肩を落とすが、逆に諦めがついたというような表情をしている。無いと分かれば、無いなりに頑張るつもりなのだろう。
「ミチコさんも、すまんかったな、満は偉そうにしているが、ワシの介護はいつもミチコさんばっかりにやらせていただろう」
「いえ・・・」
そう言われたミチコさんは、相変わらずの無表情の中に、少し複雑な表情が見える。これまで無表情無感動だったのは、介護をワンオペさせられていた疲労からだったのだろう。
「(これは驚いたなぁ)」
マサオさんが、重信さんに聞こえないように小声で話しかけてくる。
「(まさかあのお義父さんがこんなに素直に謝るなんて)」
「(今までそんな事なかったんですか?)」
「(ないない。言ったでしょ?ワンマンで凄く怖かったって。お義母さんに対してだって手を上げる事もあるくらいで、こんなに大切にしてたとは思わなかった。いや、そう言えば、歳とってボケる前くらいは、多少今みたいに態度が軟化していたかな。ゾンビのおかげで、その頃の感じにまで戻ったのかな・・・)」
そんな事を話していると・・・
「マサオ君」
「は、はい!」
重信さんがマサオさんにも声をかけてきた。
「君にも苦労をかけるな。信子の事、会社の事、よろしく頼む」
「は、はい・・・!」
マサオさんは、そんな優しい言葉をかけられるなんて未だに信じられない、という顔をしていた。
「それじゃあ、桜も見れたしもう帰ろうか。ゾンビのお陰でこの桜の事を思い出せたのは良かったが、ゾンビは治療しないといけないんじゃろ?先生」
「・・・はい、そうですね・・・でも、いいんですか?その、元の状態に戻るのは、怖いでしょう」
「そうじゃな・・・」
重信さんはもう一度桜の方を見上げた。
「怖い、が、このままゾンビでいるのも怖いんじゃ。ゾンビでいると、頭がどんどん年齢をさかのぼっているように感じる。もし今よりも若い時に戻ったらな、ワシは恐らく、また家族に酷い仕打ちをしてしまうと思うんじゃ。ワシは現役の頃はそれはひどい男じゃった。妻にも子供にも社員にも、暴力や暴言で傷つけてきた。本当は妻と一緒に植えた桜なんて懐かしむ資格は無いんじゃ。それを、歳とって自分が弱ったらさも大切なものかのように・・・。今のワシのように、な。じゃから、これ以上ゾンビでいて、昔の酷い男に戻る前に、ちゃんと治療してくれ。歳をとるのは、人間のさだめじゃからな。そして、元のボケ老人にもどったら、ちゃんと施設にでも入れてやってくれ・・・」
「オヤジ・・・」
「父さん・・・」
「分かりました・・・では、治療を開始しましょう」
私は静かに返事をして、みんなで七隈家へと帰っていくことになった。
◆
その後、治療は無事に完了した。重信さんは以前の痴呆状態に戻ってしまった。実際の所は、ジョージ達のように、薬袋を外せば一時的に痴呆が回復するはずだ。それを私は彼らに伝えた。その情報をどうするかは彼らの自由であるはずだからだ。
それにしても・・・。今回の重信さんは細胞異常再生症の症状が少しずつ進んでいった、珍しい例だ。ジョージ達は症状が進んでいるような様子はない。しかし元々この病気は人によって千差万別だ。重信さんがたまたまそうだったのか。それともジョージやニニカさん、メアリさんも症状が進む可能性があるのか。現時点では全く分からない。
やはり、この病気の事をもっと早く、ちゃんと解明しないといけない。今の患者を完全に治療する事は勿論最優先事項だ。それに加え、ちゃんと解明できれば、重信さんのような人を救う手助けになるかも知れない・・・。
そのためには、唯一の手掛かりである、Dr.アシハラを早く見つけなければ・・・。




