第71話 老人Zombi(中編)
今回の患者、七隈重信さんは81歳。元々痴呆が進んでいたが、細胞異常再生症の影響で肉体的には逆に元気になって、痴呆の症状も改善しているらしい。そのため、患者の家族は、治療をしたくないというのだ。
気持ちは理解できなくもないが、この病気はいつどんな症状に変わるか分からない。取り返しのつかない事になる前に治療すべきだと私が言うと、患者の長男と長女はすぐには納得できないようで、相談するため別室へと移動した。いま応接室に残されているのは、私とジョージ、メアリさん。そして、長女の旦那さんだけだ。彼の名前はマサオさんというらしい。50歳ほど。それなりに体格はよさそうだが、随分気くたびれて苦労してそうな雰囲気を出している。私たちと一緒に取り残された彼は、気まずそうに愛想笑いをした。
「いやぁ、すいませんねぇ。なんだか変な相談で・・・」
「いえ、まあ、どんな病気でも治療を渋る患者さんというのはいるもんですが・・・」
私が当たり障りのない言葉を返していると、部屋の扉が開いた。現れたのは長男さんの奥さん、ミチコさんだ。騒ぐ七隈重信さんを別の部屋送り届けて戻ってきたらしい。彼女はお盆にお茶を乗せて入ってきて、私たちの前の冷めてしまったお茶と交換した。
彼女も50歳くらいだろう。七隈重信さんの長男夫婦、長女夫婦は全員50代くらいという事になる。これだけ年長者に囲まれるのは中々無い事なので少し気後れする。
ミチコさんはずっと物静か、というか、感情の起伏が見えない女性だ。化粧は薄く、服装も地味である。長女さんは化粧もバッチリして服装も豪華な感じだったので、それとは対照的だ。また、疲れがたまっているようにも見える。これまでの感じからすると、七隈重信さんの介護はミチコさんが主に行っているようだ。
家族会議と言っていたのに七隈重信さんの実子である長男長女さんだけで、その配偶者達は取り残されている辺り、この家族の微妙な人間関係が察せられる。私たちが口を挟むようなものではないと思うので、何も言わないのが吉だろう・・・。
「家族会議って言ってたのに、マサオさんとミチコさんは参加しないんですか?」
うわぁ、メアリさん、なんでワザワザそんな事聞くの!?こういう話は首を突っ込まない方がいいですって。
と言っても、正義感の強いメアリさんの場合は、家族なのに家族会議に参加させてもらえない二人に同情して敢えて聞いている可能性がある。ニニカさんとは別の方向で暴走する可能性があるのがメアリさんだ・・・。
私は困ってジョージの方を見るが、ジョージは全くやる気が無いらしくボーっとしている。この前の野球事件の時はあんなにやる気満々だったのに。
私は一人でヒヤヒヤとしていたが、マサオさんはアハハと笑って答えてくれた。
「まあ家族と言っても、あの二人は実子でボク達はそうじゃ無いからね。この家は・・・会社もそうだけど、一族経営が強いんだ。元々はお義父さんのワンマンで、お義父さんに口出しできる人はいなかった。昔の人だからね。暴力パワハラは当り前さ。社員やボクだけじゃなくて実の子供に対してもそう。お義母さん、つまり自分の奥さんに対してもキツイ人でね。お義母さんは数年前に亡くなってしまったんだけど。お義母さんが亡くなったのはお義父さんのせいだ、なんて私の妻は言うね。おっと、これは余計だったな」
マサオさんは随分とペラペラ喋りだした。そこまで聞いてないのに。実は喋りたがりなのだろうか。口調も顔も笑っているが、皮肉めいた感情が見え隠れする。
「でもお義母さんが亡くなってからお義父さんはどんどん弱っていってね。妻は『お母さんの恨みが祟ったのよ』なんて言ってる。それで今は、あんな感じにボケちゃったわけ。でも、お義父さんのワンマンが終わったら次は、実子であるお義兄さんと妻が代わりにその権力を引き継いだ。ボクなんて発言権もないし、この家と会社のために馬車馬のように働くだけさ」
マサオそんな言葉に特に口も挟まず茶碗を下げていたミチコさんに、マサオさんは話を振る。
「ミチコさんなんてもっと大変でしょう。お義父さんが元気な時からこの家の中の事を一手に押し付けられて、お義父さんが介護が必要になってからも、身の回りの世話を殆どミチコさんがさせられてたんだから。お義父さんがゾンビになって元気になったから、ちょっとは助かってるんじゃないですか?」
「別に私は、どんな状態でもやるべきことをやるだけですから・・・」
軽薄に続けるマサオさんに対して、ミチコさんは素っ気なく答えて、回収した茶碗を下げるために部屋から出ていった。・・・より一層気まずい雰囲気になった気がするが、そう思っているのは私だけなのかもしれない。メアリさんとジョージは相変わらずだし、マサオさんも話を続けてくる。
「妻やお義兄さんはどうするつもりかなぁ。ゾンビとは言え、お義父さんが多少でも元気になったと知った時の喜びようはすごかったからなぁ」
「そうなんですか?さっきまでの話だと、厳しい父親に恨みでもありそうな話でしたけど、何だかんだ親子だから愛情があるってことですかね」
メアリさんがそう疑問を投げかける。
「いやー、家族愛っていうより、お義父さんに昔の記憶を思い出してほしいんだよね。なんたって・・・・おっと」
マサオさんは途中で「しまった」という顔をしたあとに愛想笑いに戻した。
「やっぱり家族とはちゃんとお話ししたいんじゃないかな。あはは」
「・・・?」
言ってることは変ではないが、妙に取り繕った喋り方に違和感を覚える。
「あのー、トイレお借りしていいですか?」
突然メアリさんが手を上げてそう言う。
「え、ああ、そこを出て左に行って、突き当りを右に行けばあるよ。分かるかな?」
「はい。ありがとうございます。あ、でもちょっと怖いからアピリス先生も一緒に行きましょ」
「え、ええ?」
メアリさんは半ば無理やり私を引っ張って部屋を出た。
◆
「どうしたんですか、メアリさん急に」
「シー!しずかに!」
メアリさんは私に顔を近づけて小声で注意を促した。その顔は真剣そのものだ。しかし私は同じ質問を返すことしかできない。一応小声で。
「・・・どうしたんですか?急に」
「この家族怪しいですよ!あんなおじいちゃんがゾンビになってるのに、治さないでくれとか、もっとゾンビにしてくれとか。おじいちゃんを昔の元気な状態にしたいって言ってるけど、何か秘密があると思うんです!」
「はぁ・・・」
「だから、『家族会議』とやらの内容をコッソリ聞きに行きましょう」
「ええ!?」
「こっちです。こっちの方から声がします」
メアリさんは、細胞異常再生症患者特有の身体能力の高さ、つまり耳の良さを生かして目的の場所を特定しているようだ。しかし人の家でこんな勝手な真似していいのだろうか・・・?
とは言え長男長女さんが家族会議している部屋は、私たちがいた応接室の2つ隣の部屋だったらしく、私が止める間もなくたどり着いてしまった。メアリさんはその部屋のドアに耳を澄ませる。私もせっかくなので聞き耳を立てる。
「・・・もう!兄さん、さっさとあの先生を説得する言い訳を考えなさいよ!」
「うるさいな。お前も考えろよ!それに、やっぱり自由にゾンビの症状を進行させるなんて都合のいい話はなかったんじゃないか?」
「なによ、諦めるの?じゃあどうやって父さんの隠し財産を見つけるのよ。父さんがボケたせいで隠し場所が分からなくなっちゃったのよ!父さんがゾンビになって、ボケから復活すれば、隠し場所を聞き出せるのよ!?」
・・・なんと。決定的な瞬間を聞いてしまった。
「まさか、父親を想ってのことではなく、父親の隠し財産を聞き出すためにゾンビの力を利用しようとしていたとは・・・!」
メアリさん、ちょっと怒ってるのかな?メアリさん、こういう話嫌いそうだからなぁ・・・。私も、もちろんいい気分はしないけど。でも他人の家の事情だしなぁ・・・。
「何をなさってるんですか!?」
「「うわぁ!!」」
背後から声をかけられ、私とメアリさんは思わず声を上げて飛び上がった。振り返るとミチコさんが立っていた。それに続いて、目の前のドアも開く。
「なんだね、君たち、こんな所に!?」
「まさか、さっきの話きいてたんじゃないでしょうね!?」
長男さんと長女さんが飛び出してきた。ああ、人の家の都合に完全に首を突っ込んでしまった・・・。




