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ゾンビは治せる病気です~Dr.アピリス診療所~  作者: 長多良
第7章 ゾンビにまつわるエトセトラ その2
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第70話 老人Zombi(前編)

 桜坂駅の周辺は昔から続く住宅街だ。その中の一軒、決して華美でなく、極端に大きいという訳ではないが、歴史を感じる門構えや漆喰の塀、小さいながらも整えられた日本庭園、そして日本造りの母屋と、その家が名家であることを感じさせる。今、私アピリスとジョージ、そしてメアリさんはその家の中の応接間に座っている。


 私たちの目の前のソファーに座っているのが三人、その横に立つかたちで二人、この家の関係者が私たちを迎えている。その中の一人、最も年長と思われる老人の男性が強い口調で口を開く。


「じゃから、ワシは、ゾンビなんぞになっちょらん!!」

「おじいちゃん、どこからどう見てもゾンビだってば!」


 目の前の男性・・・おじいちゃんは81歳だそうだ。顔色が悪いを通り越して青緑色なのは、歳のせいではなく細胞異常再生症の症状で間違いないだろう。だが本人は全く認める気が無いらしい。それを隣に座った50歳くらいの女性・・・おじいちゃんの娘らしい・・・が、おじいちゃんの両肩に手を置きながらそう諭している。


「そんなことより朝飯はまだかいのう」

「おじいちゃん、朝ごはんはさっき食べたじゃない」


 さっきからこんな感じだ。私たちは微妙に所在がなく、気まずい。


 ◆


 今日は訪問診療の依頼が入って、この家に来ていた。平日の昼間なのでニニカさんは学校で不参加。元々ニニカさんだって、いつもいるわけではないが、こういう初診の患者の場合は立ち会いたがるので、今回来れなかったのはちょっと可哀そうだ。・・・いや、可哀そうってなんだ。治療の仕事なんだから、来れなくて可哀そうとかない。段々ニニカさんに毒されている気がする。


 ともかく、私とジョージ、大学の講義が無くて出勤していたメアリさんの三人で来ることになった。


 患者さんは七隈ななくま重信さん。81歳。この地域で数代前から続く中規模の会社の元経営者。今は高齢なこともあり、引退して会社は長男に譲っている。ソファーに一緒に座っているのは、彼の子供、長男と長女、それぞれ50代。隣に立っているのは、長男の奥さんと長女の旦那さん、とのことだ。


 七隈重信さんが細胞異常再生症にかかったので診察してほしい、ということで呼ばれてきたのだが、さっきからこの調子だ。


「ごめんなさいねぇ、おじいちゃん・・・父は、ほら、高齢なので、ちょっとボケちゃってるっていうか・・・」

「何を言う!ワシはボケちゃおらん!」

「はいはい、わかったから、ほら、ね、お医者さんに治療してもらいましょう」

「何を言う!ワシは病気なんかじゃないぞ!それに医者は嫌いじゃ!帰ってもらえ!!ところでこのお嬢さんたちは誰じゃいの」

「もう、だから!この人達がお医者さんなの!ごめんなさいね、せっかく来てもらったのにねぇ・・・」

「いや・・・大丈夫です・・・」


 私はどんな顔をすればいいか分からず、曖昧な返事をする。さっきから長女さんの方ばかり喋っているが、七隈重信を挟んで反対側に座っている長男さんもウンウンと頷いているので、基本的に長男長女が会話をする相手という感じになっている。一方隣に立っている二人は基本的に意思を示さない。そこに立って成り行きを見守っているだけ、口を出す様子はない。


「それじゃあ、本人の同意は難しそうですが、ご家族の承諾を得て、病気の治療を行うという事でいいですね?」


 私がそう言って治療の準備を始めようとすると、長女さんが慌ててそれを制止した。


「あ、いえ、治療してほしいということじゃなくてですね」

「え?」

「ゾンビになる前に戻すんじゃなくて、もっとゾンビの症状を進行させることってできますか?」

「え、どういうことですか?」

「もっとゾンビにしてくれって事ですか!?実のお父さんに対してなんてことを!まさか、恨みでもあるんですか!?」


 細胞異常再生症を悪用する人には強い正義感を発揮するメアリさんが食ってかかる。だが、長女さんと長男さんは慌てて否定する。


「なんて失礼な事言うんだ!父に恨みなんてある訳ないだろう!」

「そう!違うんですよ!話を聞いてください!ちょっと、ミチコさん、おじいちゃんを連れてってちょうだい」

「なんじゃ、朝食かいのう」

「お義父さん、朝食はさっき食べましたよ・・・」


 長女さんは、隣に立っていた女性、長男の奥さんのミチコさんに頼んで、七隈重信さんを隣の部屋に連れて行かせた。その後、深刻そうに話を続ける。


「おじいちゃん・・・父は、今もあんな風ですけど、前はもっと、その・・・ボケてたんですよ。今よりまともに会話もできなかったし。いいのか悪いのか、脚だけは丈夫だから、徘徊なんかもあって大変だったのよ・・・」

「それで徘徊から帰ってきたらゾンビになってしまって。でもゾンビになったら、だいぶん頭がハッキリするようになって。これまでも家で介護してたんですが、随分介護が楽になったんですよ」

「ゾンビになったらボケが治った?そんなことあるんですか?」

「うーん・・・」


 メアリさんに問われるが、私は何とも言えなかった。元々、致命傷からも復活できるような技術が元になっているのがこの病気だ。副作用があるとは言え、傷を治す力があるのは確かである。ただ、いわゆる痴呆や、そもそも老化の症状を治すような効果があるかどうかは・・・正直分からない。元々人知を超えた症状すら起こす副作用だから、何が起こるかは分からない。七隈重信さんの場合はたまたまそうなったという事かも知れない。


「ゾンビを治すことが出来るなら、逆にゾンビ化を進める、つまり、もっとおじいちゃんを健康な状態にできないかと思って相談したんですよ。肌の色が青緑になるのは、まあこの際我慢すればいいし。それよりも介護が楽になる方が助かるし、居間よりもっとちゃんとした会話が出来るようになれば、家族としても嬉しい」

「いや、でもこの症状は何が起きるか分からないんです。もっと良くない状態に悪化するかも知れないし、人を襲うようになる場合もあります。そうなる前にちゃんと治療しないと」

「そ、そうなんですか?でも・・・」

「少なくとも、彼を病気になる前より健康な状態にすることは私にはできません。病気を治療して、元の状態に戻すしか・・・。でも、医者として、今の状態で彼を放置するわけにはいきませんし、全くお勧めしません」


 長男さんと長女さんは難しい顔をして、しばらく悩んでいた。


「ちょっと、家族で相談させてください」


 そう言って二人は、私たちを応接室に待たせたまま、別の部屋へと向かった。


 まさかこんなことになるとは。これまでも治療を拒んだ患者は何人もいたが、これは・・・どうなるんどうか・・・。

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