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ゾンビは治せる病気です~Dr.アピリス診療所~  作者: 長多良
第7章 ゾンビにまつわるエトセトラ その2
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第67話 ゾンビを甲子園に連れてって(前編)

 繁華街から少し離れた場所にある大濠公園は、昼間は多くの人で賑わっているが、夜10時を超えると流石に人は少なくなる。その一角にあるグラウンドも同様だ。周囲に立つ街灯がかろうじて明かりを照らしている。その中にいるのは2つの人影のみ。スポーツウェアに身を包んだ2人の男性。片方はバッターボックスに立ち力強くバットを構える打者。もう片方はピッチャーマウンドで今まさにボールを投げようと構えている投手。2人だけの間に流れる緊張。そして投手の男が大きく振りかぶってボールを投げ放つ。刹那の後、打者の男がバットを振りぬく!


 カキィイン!!!


 甲高い音が鳴り響き、秋の夜空に白球が吸い込まれていく。


 それを見届け、投手の男がガクリと膝をつく。


「そんな馬鹿な・・・!高校で地域一番のピッチャーである俺の球をアッサリと・・・!」


 自分の投げる球に相当の自信があったであろう彼は、その日焼けした健康的な顔にショックの表情を浮かべていた。


 それに対してもう一人の男、打者の男は、目深に被っていたキャップのつばをさらに深く押し下げながら、かろうじて見えるその口元は満足そうに笑っていた。


「いい球だったぜ!だがこの勝負、俺の勝ちだな!じゃあアバヨ・・・!」


 そう言って立ち去ろうとする打者の男を見て、投手の男は慌てて立ち上がり、追いかけた。


「おい、待ってくれ!お前最近色んなピッチャーに勝負を挑んでる奴だろ!?一体何者なんだ!?」

「・・・・!やめろ!!!」


 立ち去ろうとする打者の男の肩を掴み自分の方を向かせようとする。一方、相手はそれに抵抗するが、その動きが逆に彼の顔を隠していた帽子に当たり、外れてしまった。


 そこにあったのは、青緑色の肌で、燃えるように目をギラギラとさせた、ゾンビの顔だった。


「う、うわあああああああああ!!」


 投手の男の悲鳴が夜の公園に響き渡った。打者の男はそのまま姿を消してしまっていた・・・。


 ◆


「へー、野球のピッチャーが夜一人で練習してると、ゾンビが現れて『お前の球を打っみせる!』って勝負をもちかけてくるんですって!野球ゾンビですね!」

「ニニカちゃん、急に何言ってるの?」

「ネットのゾンビの噂を調べてたら出てきたんですよ」

「ネットの噂か・・・。さすがにガセネタでしょ~。バカバカしすぎる」

「うーん、確かに野球ゾンビってあんまり聞かないですけどね。一応『スウィング・オブ・ザ・デッド』って映画あるけど、あれは野球要素はあんまりないし・・・。でもネットじゃ結構噂になってるんですよ!本当にいたら面白くないですか!?」

「うーん・・・別に・・・やる気が起きないなぁ・・・」


 わたしとジョージさんがそうこう言っていると、診療所の扉が元気よく開いた。


「こんにちわー!・・・うわぁ、今日はいつも以上にひどいですね」


 明るく飛び込んできたメアリさんは、診療所内のジョージさんを見ると一気に呆れ顔になった。ジョージさんは病院の長椅子にだらりと寝転がりながら雑誌を読みふけっていた。そのだらけきった姿を見たからだ。ちなみにわたしも椅子に座って肩ひじ付きながらスマホを見ているが、わたしの場合はネットでゾンビ情報を探すという立派な仕事をしているので非難にはあたらない。


「流石に怠けすぎなんじゃ?」

「いやいや、最近が忙しすぎただけで、むしろこれが俺の平常運転。むしろアイデンティティだよ」

「偉そうに言うことじゃないでしょ。アピリス先生が出かけてるからって、羽根伸ばしちゃって」

「いや、本当に疲れてるんだって。さっきまで大仕事してたんだから。ほら」


 ジョージさんが寝転がったまま指さした先には、先日までは無かった横幅1メートルほどの大きな水槽がある。水が張られ、水草や流木などが綺麗にセッティングされ、エアーポンプが絶え間なく気泡を出し続けている。その中を一匹の小さなサメが悠々と泳いでいる。この間海で捕まえたゾンビシャークだ。海に逃がして被害が出ても怖いのし、ゾンビ化しなければ小さい観賞用のサメなので、診療所で飼う事にした。せっかくなのでという事で、ジョージさんが立派なアクアリムをセッティングしたのだ。


「わー!結構凄いですね!綺麗!よかったね、シャークちゃん」


 メアリさんは呆れ顔から一転、明るい笑顔に戻って水槽に駆け寄った。


「あ、そうだ、これお土産。西通りのプリンの新作ですって」


 そう言って手に持った紙袋を渡してくれた。


「わーい!」

「メアリちゃん、ありがとねー」


 わたしとジョージさんはプリンを受け取って舌鼓をうった。最近メアリさんは色んなお菓子を差し入れしてくれるので嬉しい。


「ところで大学で聞いたんだけど」


 メアリさんはプリンを食べながら思い出したように口を開いた。


「野球サークルの人が、ゾンビに野球勝負を挑まれて負けたんだって。それももう何人も。最近じゃ、夜に野球の練習したらゾンビが出るぞって噂になってるみたい」


 ◆


「ここが最近最も目撃情報が多いという、大濠公園のグラウンドですか・・・」


 車から降りたアピリス先生がそう呟く。それに続いて私も車を降りる。


「誰もいませんねー」


 既に夜10時をまわっている。街灯があるとは言えかなり暗い。野球ゾンビの噂を確かめに来た人が他にもいるかもと思ったが、それはいなかったのは幸いだった。


「やっぱりガセネタじゃないですか?だって意味わかんないじゃないですか、何で野球勝負をしかけてくるんですか」

「いやいやアピリス先生、目撃証言も多いですし!実際見た人もいるっていうし、ねえ、メアリさん!」

「ウチの大学の人は確かに見たって言ってましたけど・・・」

「ほらね!じゃあ作戦通りいきましょうか!ジョージさん!」


 最後まで車に残っていたジョージさんが満を持して登場する。普段のくたびれたシャツと白衣・・・ではなく、動きやすい上下揃った野球のユニフォーム、黒いキャップ、それぞれに2本の黄色いラインが走っており、シャツの中央に「HAWKS」とプリントされている。その手にはグローブとボールが握られている。完璧に野球大好きおじさんである!


「野球ゾンビは、夜に一人で野球の練習してる人の所に現れるらしい!ということで、ジョージさんが野球大好きな人に扮して、囮になる作戦!!」

「やっぱり意味わからないですよ。それにジョージにこんな爽やかな恰好してるの変な感じ」

「確かに。それに、そんなに上手くいきますかねー」

「む、何ですかアピリス先生だけじゃなくメアリさんまで!この完璧な作戦に文句でも!?」

「いや、だって野球ゾンビはピッチャーとして実力のある人を狙って勝負を仕掛けてくるって話じゃないですか。ジョージさんって野球できるんですか?」


 確かにそうだ。野球ゾンビについて詳しく調べてみると、確かに、強いピッチャーを狙って、勝負してその球を打つことを目的にしているらしいことが分かった。だからジョージさんが野球の恰好をしているだけではダメなはずだ。凄い球を投げないと囮にならない。


 だがこの作戦を持ちかけた時、ジョージさんは拒否しなかった。


「ふっふっふ、俺を舐めてもらっちゃ困るぜ」


 そう言うとジョージさんは薬袋を取り、ゾンビ化すると、手に持ったグローブとボールを構え、大きく振りかぶった。


「くらえー!!」


 野球の掛け声ってそんなんだっけ?という疑問が浮かぶが、とにかくジョージさんの投げた球は凄い勢いでフェンスに向かって飛んで行って、派手な音を立てた。


「わあ!凄い、ジョージさん野球やってたんですか!?野球好きだったり?」

「ふ・・・、俺が育った田舎は『男子は野球が出来ないとメチャクチャ馬鹿にされる』場所だったからな・・・好き嫌いの前に、野球は必須科目だったのさ・・・」

「そうか・・・パワハラが蔓延る恐ろしい田舎だったんですもんね。必死に野球を覚えたかと思うとかわいそう・・・」

「自分で言いだしておいてなんだが、他人に言われると、より一層悲しくなるな・・・!」


 じゃあ何と言って欲しかったんだ。おじさんの心情はよく分からない。


「とにかく、ジョージさんが凄い球を投げ続ければ野球ゾンビが出てくるはず!!ジョージさん頑張って!」


 ◆


 その後ジョージさんがひたすら投球練習を続けて1時間が過ぎた。その間私たち三人は車の中でお菓子を食べながら待機していた。


「やっぱりガセネタだったんじゃないですか?だってわざわざ野球勝負って、意味わかんないじゃないですか」


 アピリス先生がポテトスティックを食べながら、いまだに納得いっていない様子で喋るとメアリさんはやや呑気そうに相槌を打った。


「まあガセネタかどうかは別にして、全員で来なくても良かった気がする。ジョージさんだけで一人でボール投げ続けてもらえばよかったのでは?」

「・・・いや!来ましたよ!」


 ひたすら投球練習をするジョージさんに近づく影。スポーツウェアに身を包み、キャップを目深にかぶって顔を見せないようにしている。ジョージさんに向かって話しかけてきた。


「おいアンタ!いい球投げるじゃねぇか!!俺と勝負しようぜ!!」


 間違いない!探していた男だ!あとはゾンビであることを確認するだけ!わたしたち三人は車から飛び出し、一気にその男に近づく。


「な、なんだお前ら!!」


 突然の事にその場に立ち尽くす男を取り囲み、キャップを外す。


「や、やめろ!!」


 その顔は、青緑色に変色して、燃えるように目をギラギラとさせていた。


「間違いありません!ゾンビです!」

「だからゾンビじゃなくて『外因性再生異常再生症候群』ですって!」


 アピリス先生がどうでもいいツッコミをする。


「な、なんだお前らは!?」

「お前こそ一体何なんだ、何で野球勝負を仕掛けてくるんだ?」


 ジョージさんが近づきながらそう問いかける。ゾンビ化したままで。


「ギャーーーー!!ゾンビ!!?」


 野球ゾンビが叫び声を上げる。いや、あんたもゾンビでしょ!


 ◆


「というわけで、貴方は『外因性再生異常再生症候群』という病気なんです。早く治療しましょう」

「断る!これはこのゾンビの力で野球をやるんだ!」

「なんで野球!?それにゾンビじゃなくて『病気』ですって!!」


 アピリス先生の丁寧な説明と説得は、野球ゾンビによって一蹴された。野球ゾンビは、そのギラギラした目をジョージさんの方に向けた。


「どうしても俺を治療したいと言うなら、俺と野球で勝負しろ!!」

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