第66話 蘭葉メアリはお酒が飲めない
私、蘭葉メアリは、大学一年生である。19歳なのでまだお酒は飲めない。18歳から成人なので、成人ではあるのだが、お酒は20歳からだ。
そんな私が今いるのは、以前事件でお世話になったオカマバー『ぴーちパーク』。今日はお客として来ている。まだ夕方5時、開店直後で、他に客は数人しかいない。薄暗い店内はしかし、様々な色のスポットライトが入り乱れ怪しい雰囲気を醸し出している。
カウンターの中には店長のリュウさんが立っている。筋肉でガッシリした体にメイド服、美しい顔立ちにゾンビのメイク。相変わらずゾンビのメイドカフェというコンセプトイベントは続けているらしい。私はカウンターを挟んだ反対側に座っている。
お酒を飲まないのにバー?と思うかも知れないが、この店はお酒が飲めない学生でも楽しめるショーもやっているので、私がここにいるのはお店的にも問題ないと言われている。ただし、私がここに来た目的はショーを見るためではない。いや、目的、と言うと明確な目的は無い気がするが、とにかく話を聞いてほしかったのだ。
「それでですね~私は思ったんですよ~本当にこれでいいのかって~」
「うんうん、メアリちゃん、分かるわ~そういう時あるわよねぇ。ところでメアリちゃん本当にお酒飲んでないのよね?」
「あはは~、なにいってるんですか~飲んでないですよ~。飲み物全部リュウさんが出してくれてるんだから、わかってるでしょ~?」
「そ、そうよね・・・。お酒なんて出してないもの」
「そうそう。それでですね~、私の友達のルイが生きてたんですよ!」
「そうね、良かったわね。その話さっきも聞いたけど」
「そう!良かったんですよ。でもね、ルイは私の事を恨んでるみたいで・・・」
「それは悲しいわよね・・・首を斬られたことを怒ってるのよね。ま、まあ生きてたとは言え、首を斬られるってとんでもないショッキングなことよね・・・」
「そう、だから恨まれても仕方ないと思ってるんですよ~」
「そうなのね?それじゃあ何が『これでいいのかな』なの?」
「うぅ~ん」
私は少しだけ言うのを躊躇い、グラスのふちを人差し指でなぞってみたが、意を決してグラスの中身を一気に飲み干した。
「・・・ぷはぁ~!あのですね~」
「それお酒じゃないのよね?」
「お酒じゃないですって~!それでですね。私の悩みって言うのは、あんまり悩んでないって事なんですよ」
「うーん、どういうこと?」
「私、ルイを殺したと思ってる時は、元凶のダンテ・クリストフを殺したら私も死のう!と思ってたんですよ~。だって友達を殺しちゃったんだから・・・」
「そうなの・・・それくらい辛い思いをしてたって事なのね・・・」
「そうですね~。大学行っても楽しいと思えないし~、ご飯も美味しくないし~。アピリス先生が心配するから頑張って普通に振る舞ってたんですけど~」
「うんうん、確かにメアリちゃん、ちょっと思いつめてるような雰囲気が出てて心配してたわ・・・」
「でもルイが生きてたって分かったら、ご飯も美味しいし、大学でも楽しく過ごせるようになったんですよ~」
「いい事じゃないの~。それが『悩んでない』ってこと?でもそれの何が悩みなの?」
「だって!」
私がカウンターを勢い良く叩くと、グラスが少し浮いて音を立てた。
「友達の首を斬ったんですよ!?それも本当に殺すつもりで!結果的に生きてたとは言え、人間の許される事じゃないですよ!それに、ダンテ・クリストフはまだ犯罪行為を繰り返して傷ついている人がいるし、ルイはその犯罪組織で活動してるみたいだし!本当は私はまだもっと悩んだり苦しんだりしないといけないのでは!?心が軽くなる資格なんてまだないんじゃないですかね!?」
「なるほどね・・・」
私が一気にまくしたてると、リュウさんは優しく微笑んでゆっくりと語り掛けてくれた。
「頭では許されない事をしたと思ってるのに、心では自分を許してしまっている、そんな自分に不安になるのね。こんなことでいいのかって・・・」
「・・・はい・・・そうなんです・・・」
「そういう人、沢山いるのよ。こんな仕事をしてるとね、色んな話を聞くから・・・。でもね、あなたは自分の罪から目をそらしている訳じゃない。それに、ルイちゃんが生きていたことが、例え恨まれていても嬉しい、ってことは、それだけルイちゃんの事を大切に思ってるって事でしょ?」
「でも、でも・・・本当にそうなんですかね?ルイが生きてて嬉しいのだって、自分が人殺しじゃなかった事に喜んでるだけんじゃないですか!?」
「そうかも知れない。でもそれも当然じゃない?人の命ってそれだけ重いものよ。だからアピリス先生も命を救うために頑張ってるんでしょ?あなたは今もその手伝いをしている。ルイちゃんの事だって今も気にかけている。その上で、自分を大切にするのは悪い事じゃないわ」
「リュウさん・・・・」
「はいこれ」
リュウさんは新しいグラスを私の前に出す。黄金色のカクテル。ライムの飾りが添えられている。ライムの他に、ジンジャーの香りも漂ってくる。
「私からのサービス。モスコミュールよ。意味は『仲直り』・・・ルイちゃんと、きっと仲直りできるわよ。もちろんノンアルコールにしてるから、安心して」
「リュウさん・・・」
私の目から涙があふれ出る。それを隠すように、出されたカクテルに口をつけると、さらに感情があふれ出してきた。
「リュウさん!リュウさ~ん!ありがとうございます!うぇぇええん!」
「よしよし、大丈夫よ~」
「えーんえんえんえん!」
「よしよし。ところで本当に酔っぱらってないのよね?なんか心配になって来たわ」
私が泣き続けていると、バックヤードからショウコさんが出てきた。彼女はリュウさんの妹、以前ゾンビになっていた所をアピリス先生に治療され、今はこの店で働いていると聞く。
「どうしたの、お姉ちゃん。メアリちゃん、泣いてるじゃない!?酔っぱらってるの!?」
「お酒は飲ませてないのよ!?匂いで酔っちゃったのかしら。それとも雰囲気に酔ってる?」
「酔ってないですよ~、うう・・・」
私は気を取り直して涙をぬぐう。
「そう言えば、ゾンビってお酒に酔うんですか~?」
ふと思った疑問をそのまま口に出す。
「え?そう言えば、どうなのかしら?ショウコ、どうなの?」
「そう言えば、ゾンビになってからお酒に強くなったような・・・?酔わない体質になったのかな?」
「確かに最近ショウコが酔ってるところ見ないわね。でも、イトさん、あの子もゾンビでしょ?たまにこの店に来るけど、結構酔ってるところ見るわよ」
「え、イトさんこの店に来てるんですか?」
イトさんは私がアピリス先生と出会った時に追いかけていたサラリーマンの男性だ。当時の私は彼の事も殺そうとしていたんだから、今思うと本当に恐ろしい。
「なんかアピリス先生の診察受けたついでに寄ってくれてるのよ~。お友達と一緒の時もあるわね!ゾンビのメイドカフェやってるから、ゾンビとして気持ちが落ち着くのかしら。それともメイドが好きかしら~?」
「へぇ~」
今度イトさんが診察に来た時に、一緒にこの店に来るのもいいかもしれない。その時は、アピリス先生やジョージさん、ニニカさんも一緒に。




