第65話 ひとまずまるく
小南レイ刑事の上司、暮井刑事が私の診療所に来た時の印象は、『クールビューティー』だった。三白眼の鋭い目つきに、綺麗に整えられたポニーテールとパリッとしたスーツ。とても仕事が出来そうな女性だった。
今は見る影もないが。
「イヤぁぁあああ!!ゾンビ!来ないで!ゾンビぃいいい!!」
クールとは程遠い悲鳴を上げて、暮井刑事は診療所の部屋の端っこに後ずさりして逃げていた。それも仕方がないだろう。彼女に細胞異常再生症の患者の存在を信じさせるためにニニカさんが発案した作戦のせいだ。まあつまり、ニニカさんとジョージとメアリさんが全員変身して見せたわけだ。
ジョージはまあ大した変化ではない。肌が変色するくらいだ。いや、電気を無駄にビリビリ出してるな。メアリさんは肌の変色に加え、髪が長く赤く変わるのは、目の前で見たら衝撃的だったようだ。手に刀も持ってるし。一番問題はニニカさんだろう。肌が変色するだけでよしておけばいいのに、「分かりやすいように」と目玉をワザワザ外して見せた。
最初は半信半疑だった暮井刑事も、目の前で三人がそんな変身をしたものだから、悲鳴を上げるのも仕方ないというものである。
「ほらほら、目玉が取れてもくっつくんですよ」
キュポ
という音を立てててニニカさんは目玉をはめて、数度瞬きした後にウィンクする。
「いやぁあああ、目が!?何で目が!?」
かなりパニックになってる暮井刑事に、レイ刑事は悪意なく話しかける。
「どうですか、暮井先輩!彼女たちがゾンビの証拠です!そしてあの部屋に閉じこめてるのが、電話で話した悪いゾンビ!」
「助けてくれー!俺は何もしてないのにこいつらに拉致監禁されてるんだー!」
「ええい、うるさい!反省もせず、いけしゃあしゃあと!」
相変わらずな態度を貫くトカゲさんを一喝した後、レイ刑事はさらに暮井刑事に詰め寄る。クーラーボックスを手に持って。
「あとこのサメもゾンビです」
「何で今ここに、サメ!?」
クーラーボックスを開けて中の小さなサメを見せてくるレイ刑事に、思わずツッコみを入れる暮井刑事であった。
◆
ニニカさん達の悪ふざけを止めさせてしばらくすると、暮井刑事はようやく落ち着きを取り戻した。やっとこちらの詳しい事情を話せた。病気の事、私の故郷の事。ダンテ・クリストフの事。
「ゾンビが確かにいるというお話は分かりました・・・」
「ゾンビじゃなくて、外因性細胞異常再生症候群です」
「がい・・・ちょっと言いにくいので・・・。呼び方はともかく、貴方の故郷に伝わる民間療法の副作用でゾンビになる、という事ですよね。そして完全な治療は出来ないけど、一時的に症状を押さえる事はできると」
暮井刑事はちゃんとした人みたいだから期待したが、この人もゾンビだなんて言う・・・。まあそこを突っ込むと話が進まないので今は我慢する。
「信じてくださるんですね」
「意外だな、レイ刑事の話からすると、ゾンビの話なんて信じないと思っていたのに」
「何てこと言うんですかジョージさん!暮井先輩はボクにサメゾンビの捕獲を命令してくれた人ですよ、最初からボクの話を信じてくれています!」
「いや、まさか本当にサメのゾンビがいるとは思わなかったけど」
「えっ」
暮井刑事に梯子を外されたレイ刑事は目を丸くして固まってしまった。それを無視して暮井刑事は続ける。
「レイ刑事の話どうこうではなく、警察ではゾンビの存在は認知されていたんです」
「え!?」
「そうなんですか!警察がゾンビの事知ってる展開キタ!!」
私よりもニニカさんが大騒ぎしだした。ついでにレイ刑事も。
「ええー!?警察はゾンビの事知ってたんですか!?さっきはゾンビの事信じてなかったみたいなこと言ってたじゃないですか。それに、前のゾンビ誘拐事件を報告した時も!」
「いや、ゾンビの事を知ってたって言うのはちょっと語弊があるんだけど・・・」
そう言って暮井刑事は事情を話してくれた。
「最近SNSを中心に、ゾンビの噂が増えているのは知ってるでしょ?警察にもゾンビの目撃談とかが入ってきて、最初は気にしていなかったんだけど、実際にゾンビらしき姿を見たって人も警察内部でも段々出てきたの。さらには、『ゾンビを保護する』案件がほんの数件ですが発生していて・・・」
「ゾンビを保護!?」
「肌が青緑色で、意識がはっきりしない状態で徘徊している人を保護してるんですよ。見た目はどう見てもゾンビなんだけど、『ゾンビだから何もしません』とも言えないから保護はしてるんですが。医者に見せても『何も分からん』って言われるし。こんな話公にも出来ないし、警察内部もどうしたらいいか分からなくて頭を悩ませていたんです」
「そうなんですか!?じゃあボクがゾンビの報告をした時に何で話してくれなかったんですか!?」
レイ刑事の抗議はもっともだ。
「いや、アンタに話したら、悪気が無くても色んな所に秘密を洩らしちゃうかなって思って・・・・。そうでなくても面倒くさいことになるかなって・・・」
「ええーー!?」
ひどい・・・。何となく気持ちは分かるけど。
「それなら話が早い。ウチのセンセイはゾンビの治療が出来るから、警察が保護してるゾンビを治療しますよ。その代わり、このトカゲさんみたいな、反社会的なゾンビを警察で面倒見ちゃくれないですかね?」
ジョージが交渉モードに入る。警察と協力体制がとれるならかなりありがたい。だが、暮井刑事はすぐには首を縦に振らなかった。悩んでいるようだ。
「うーん・・・。治療できるのは分かったけど、でもなぁ・・・」
「なんでですか!暮井先輩!この人たちがいい人なのはボクが保証しますって!」
「いや、いい人かどうかっていうより・・・、あなた達、ちゃんとしたお医者さんじゃないんでしょ・・・?」
「うっ・・・」
やっぱりその話になるか・・・!仕方ない。ここは誠心誠意話し合って彼女に分かってもらうしかない。
そう思っていた時、診療所の扉が勢いよく開いた。
「話は聞かせてもらったぞ!!」
「財前マシロ!?」
扉を開けて入ってきたのは、病院事件で知り合った財前マシロ医師だった。今は白衣ではなく私服。質のよさそうな小奇麗なジャケットを羽織っている。
「なんでここに!?」
「なんでって、お前のトコの従業員が呼んだんだろうが」
「あ、私が呼んだんですよ。『警察がガサ入れに来るから助けて!』って」
「ニニカさんが!?」
いつの間にニニカさんも連絡先を交換していたんだ・・・。いや、そんな事はどうでもいい。
「全く、病院で別れてまだ丸一日も経っていないぞ。そんなすぐに俺に助けを求めるようじゃ、先が思いやられるな」
「あの、あなたは・・・?」
暮井刑事が当然の疑問をぶつけてくると、財前マシロは私に向けていた挑発的な態度から一転、名刺を取り出して丁寧に自己紹介した。
「九定大学病院の天才外科医、財前マシロです」
「あ、本物のお医者さん。天才・・・まあいいや。アピリスさん達の知り合いですか?」
「そうですよ。彼女たちがゾンビを治療できるのは本当なので、俺も協力関係を結んでいるんです」
「そうなんですか!?」
「はい、つい最近の話ですが。それに、警察もウチの病院にゾンビの事で相談してきていますよね」
「なるほど、そこまでご存じの方ですか・・・」
財前マシロと暮井刑事の間の話は妙にトントン拍子で進むが・・・。気になる言葉があった。
「え!九定大学病院も、この病気の事を知ってたんですか!?」
「そうらしい。俺も知らなかったが。あの事件の後、病院内で原因不明の奇妙な病気の噂があったのを思い出してな。色々調べたら、警察からの相談もそうだし、病院自体も数件、ゾンビと思われる症状の患者が来ている事が分かった。だが原因不明なので、まだ公にはされず一部の医者しか知らなかったようだ。副院長を問い詰めたら喋ってくれたよ」
「なんと・・・!」
まあ確かに、自分の体に異常があれば病院に行くのは当然のことだ。ウチの病院に来る患者は、(ニニカさん達がそうだが、)ネットの『病院や警察に行くと人体実験される』という噂に恐れをなして私の所に来ているわけだが、そうじゃない人もいてもおかしくない。それが公にはなっていないというだけだった訳だ。
「そう言う訳なんで、警察が保護してるゾンビを治療する時に信頼できる人間の名前が必要なら、この俺、財前マシロの名前を出せばいい」
「なるほど・・・でもその治療って、本当に大丈夫なやつなんですか?医学的に解明されてないって事は、正確には医療行為と言えないんじゃ・・・」
「そうですね。だからこれは民間療法ですよ」
「民間療法・・・」
「原因不明の体調不良が、民間療法によって改善した、という話はよくある話ですよ。だからこれも民間療法という事にしておけばいい」
「なるほどね。そういう事にしておいた方が、面倒にならなくていいか」
財前マシロと話した暮井刑事は、私に向き合うと笑顔で手を差し出してきた。
「分かりました。じゃあ協力体制を取りましょう。今後警察にゾンビ患者が来たら連絡するので治療してください。その代わり、そちらがゾンビの犯罪者を捕まえたら連絡してください」
「ありがとうございます!でもその、私たちの事はあんまり知られたくないと言うか・・・」
「分かってますよ。そこらへんは上手い事やっときますから」
その言葉にホッとしていると、奥の部屋からトカゲさんが声を上げてきた!
「おいおい!まさかこの流れで俺を警察に連れていく気じゃないだろうな!?俺は何も悪いことしてねぇ、無実の一般人だぞ!」
「いや、あいつが傷害、器物破損の犯人なのは俺も目撃者なので確かですよ」
相変わらず言い逃れをしようとするトカゲさんに対し、財前マシロも証言をしてくれた。だがトカゲさんは退かない。
「そんなの証拠も何もねぇだろ!それに警察じゃないのに捕まえておくなんて違法なはずだ!!」
「いや、一応『私人逮捕』という制度があるので、現行犯なら警察以外でも捕まえられるのよ」
「え!」
暮井刑事がトカゲさんに対して冷たく言い放つ。
「まあ本当は色々あるんだけど・・・。あなた名前は?身分を証明できる?」
「そ、それは・・・言う訳ねぇだろ!!」
「そう。私人逮捕出来る条件の一つに、犯人の住所または氏名が不明な事、というのがあるの。だから条件を満たしてるわね」
「そ、そんな・・・」
「まあ監禁されてるって言うなら私が保護してあげてもいいけど、身元不明の人間を警察が保護した場合、身元が分かるまで警察で拘留しておくこともできるから、どっちにしろ警察に行きましょう。名前を言いたくなったらいつでも言ってね」
最後の言葉の時、暮井刑事はこれまでのキッチリした物言いとは変わって、ちょっとおどけて言った。
その言葉聞いてトカゲさんは状況を理解したらしく、ため息をついて肩を落とし、それ以上何も言わなかった。
「暮井刑事さん、ありがとうございます」
「いいのよ。まあ、本当は警察の決まりは本当は色々あるんだけど、まあこの件はこういう事にしておきましょう。私も面倒な事は嫌だから」
暮井刑事はいたずらっぽく笑う。
「それにしても・・・財前マシロが来てくれたとは言っても、随分簡単に私たちの事を信じてくれましたよね。どうしてですか?」
「ああ、それはね・・・」
暮井刑事はレイ刑事の事をチラリと見て、私にだけ聞こえるように口元を近づけて教えてくれた。
「アイツ、仕事は出来ないけど善人なのは間違いないから。アイツが『信頼できる』って言うなら、そうなんでしょ」
「え、何ですか、暮井先輩、ボクの事を何か言ってるんですか?」
「うるさいわね!さっさとこのトカゲさんとやらを連れていく準備をするわよ!!」
「は、はい!先輩ー!!」
そう言うと、暮井刑事とレイ刑事は慌ただしく準備を始めるのだった。




