第61話 医は以て人を活かす心なり
「俺は・・・いいだろう、協力してやる。君たちの事は黙っているし、俺に出来ることは手を貸そう」
「本当ですか!?」
私はホッと胸を撫でおろす。ニニカさんやメアリさんも笑顔になった。
財前マシロは天才外科医と言うだけあって、病院内でもかなりの発言権を持っているようだ。もし彼が、私たちと対立するようになったら、かなりマズい事になっていたかもしれない。でも逆に、味方になってくれるというなら心強い。まあ、私の事をちょいちょいバカにするのはムカつくけど。
「正直に話しても面倒くさそう、というのは同意見だしな。それに物事を公表するにも、材料とタイミングというものがある。少なくとも、もうちょっと色んな情報を整理してからの方がいい。その代わり・・・」
財前マシロはさらに人差し指を私の方に向ける。その表情は先ほどまでの仏頂面から少し変わって、目に好奇心の色が見える。
「その蘇生技術の解明には、俺も参加する。医者としては当然、興味があるからな。まずはDr.アシハラとやらを探すんだよな?」
「そうです。母と一緒に蘇生技術の科学的研究をしていた女性。九州にいるはずなんですが」
「それを探しにウチの病院にも来てたってことだな。少なくともウチにアシハラって医者はいなかったと思うが、まあ、俺も調べてみよう。医者のネットワークがあるから、他の病院の医者も調べられるはずだ」
「・・・!ありがとうございます!」
私の言葉と同時に、ニニカさんとメアリさんも手を握り合って歓声を上げる。
「良かったですね!アピリス先生!」
「これは大きな助けになりますね!」
「この間の刑事さんとは違いますね!」
「彼も悪い人じゃないんですけどねー」
きゃいきゃいと騒ぐ。刑事の彼とは、小南レイさんのことだ。財前マシロと比べられるのはちょっとかわいそうな気もするが、まあ、さもありなん。
「センセイ、よかったな」
「え、ええ、そうですね・・・?」
ジョージも、私に向かってそう言ってきた。随分と優しいまなざしをしている気がする。先ほど財前マシロに厳しく問いただした件といい、ジョージは財前マシロの事になるとちょっと変な気がする。
◆
その後私たちは、さすがに皆疲れたという事で、いったん解散することになった。財前マシロとはこれからも連絡を取り合えばいい。
私の退院の手続きを済ませ、今病室にいるのは私とジョージだけだ。ニニカさんとメアリさんは先に車に荷物を運んでもらっている。具体的に言えば、縛り上げた男が入っているトランクだ。バレたら絶対ヤバい奴・・・。ちょっとドキドキする。ニニカさんはなんか喜んでいたが。私は残りの自分の荷物をまとめて部屋を後にしようとしていた。そこに財前マシロがまたやって来る。
「どうしたんですか?」
「いや、そう言えば聞きたいことがあったのを思い出したんだ」
そう言うと財前マシロは、部屋に入り扉を閉めた。雰囲気からすると、重要な話のようだった。私とジョージは手を止めて、財前マシロに向き直る。
「あの旧病棟で、ヒナコちゃんを助けようとしていた時。俺はヒナコちゃんを治療するには病院に移動させるしかないと思っていた。もし仮に助かる可能性が低かったとしても、それしか選択肢が無かった。だからお前が移動させることを躊躇っていた時、治療を諦めたのかと思っていた。でもお前がそんな奴じゃない事は、今ならわかる」
私は、何を聞かれようとしているのかを察し、息を飲んだ。財前マシロはそのまま続けてくる。
「お前はあの時、ヒナコちゃんに、副作用を覚悟で蘇生技術を使うかどうかを考えていたんだな」
「・・・・」
財前マシロがどういうつもりで聞いているかは分からないが、私は責められているような気持になって少し黙り込んでしまった。だけど、誤魔化すことは出来ない。
「・・・そうです。あの時私には蘇生技術を使ってヒナコちゃんを助ける選択肢があった。でも決断できなかったんです・・・」
「そうか、・・・・それだけ気になってたんだ」
それ以上財前マシロは何も追及してこなかった。だけどそれがかえって、私の心をざわめかせた。彼がどう思っているのか、本当は聞きたかった。
「・・・あの、あなたなら、どうしますか?蘇生技術以外に助ける方法が無くて、患者本人の意思も確認できない状況で、重篤な副作用が現れる事を承知で、それでも蘇生技術を使いますか!?」
ずっと自問自答していた。でも答えは出せなかった。私はジョージをそのようにして助けた。ジョージは感謝してくれたが、本当に正しかったのか。今の彼は人目を隠れて生きているようなものだろう。私の公にはできない目的に巻き込んで。しかも命の危険のある戦いにまで付き合わせている。なぜこんな体にしたんだ、と恨まれ、罵倒されても仕方ないことをした、そのはずだ。ヒナコちゃんもそうだ。あんな小さな子供が、否応なく健康体からは大きく外れた体にされて、これから先治る見込みもない。そんな事をする権利は誰にも無いはずだ。でも、だからと言って命を諦めていいのか。どうしても分からない。
財前マシロは私の言葉に深く考え込んだ。短くない時間が流れたあと、彼は意を決して口を開いた。
「・・・俺は、子供の頃、両親と妹、そしておばあちゃんと一緒に暮らしていた」
突然なんの話だろうと思ったが、彼の真剣な表情から、大事な話なのだと理解して黙って聞いた。
「とても楽しくて幸せだった。俺は小学生で、妹は3歳だった。全員がお互いを大好きで、大切に思っていた。でもそれが、一瞬で崩れ去る出来事が起きた。・・・おばあちゃんの運転した車が妹をはねたんだ。事故だった。駐車しようとしていた時に、妹が飛び出したんだ。妹は致命傷を負い、病院に運ばれた」
財前マシロは、ゆっくりと壁に体重を預け、そして話を続けた。
「おばあちゃんは自分のせいだと泣いて詫び続けた。母親も、自分の親がしたことでごめんなさい、と泣きながら謝り続けた。父親はそんな二人に何と言えば言いのか分からなかったのだろう。ずっと俯いていた。俺もどうしたらいいか分からなかった。大好きな妹が死ぬなんて嫌だった。大好きなおばあちゃんを、妹を殺した人だと思わないといけないのが嫌だった。大好きな家族がグチャグチャになってしまったのが嫌だった」
彼はそこでもう一呼吸ついた。思い出したくない話をしているのだろう。だが、続けてくれた。
「だけど妹は奇跡的に助かった。医者の腕が良かったんだ。本当に嬉しかった。家族全員救われたんだ。もし妹が助かっていなかったら、何もかも滅茶苦茶になっていただろう。でも、助かってくれたお陰で、俺達家族はまた笑い合う事ができた。・・・人の命を救うというのは、そういうことなんだ。命が失われたら、取り戻せない事がある。生きていられるなら、生きていたほうがいいと俺は信じている。さっきの、メアリとかいう彼女も、そうだったんだろう」
そうだ。メアリさんは、ルイさんが生きていたことで救われた。
「もちろん、生きてさえいればどんな状態でもいいということはないだろう。苦しみながら生き続けている人もいる。医者をしていればそういう患者にはどうしても出会う。事故にあって意識不明のまま、助けるためには脚を切断するしかなくて、でも目が覚めた後、なぜ切ったんだと恨まれることもある。でも、だからこそ、俺達医者は、患者がより良い状態で助かるように、腕を磨き続けるしかないんだ。だから俺は、完璧な医者になると決めた。妹を助けてくれたあの人のように」
財前マシロは伏せていた顔を上げ、私の目を見つめた。
「お前が、その蘇生技術を完全なものにしようとしているのも、そのためだろ?蘇生術が完全なものになれば、それが必要な患者がいたとしても、ためらう必要なんてなくなるんだから」
「そうですね・・・。はい、その通りです!」
結局財前マシロは私の問いに直接的には答えなかった、が、私が聞きたかった答えを返してくれたように思う。
「・・・喋りすぎたな。もう行ってもいいか?」
「はい、ありがとうございます!」
そうして今度こそ、財前マシロに別れを告げた。
◆
病室を出て車まで歩く道で、ずっと黙っていたジョージさんが静かに語りかけてきた。
「よかったな、センセイ」
「なにがですか?」
「財前マシロと、話したいことを話せたんだろ?」
「はぁ・・・まあ、そうですね」
「あのな、センセイ。何度も言うけど、俺はセンセイに助けてもらったことを恨んでなんかいない。感謝しかしていないんだ」
「・・・」
「あの時言った、俺とセンセイの『契約』の話を覚えているか?」
契約・・・。ジョージを助けたあと、私は自責の念から深く沈んでいた。泣いていたかもしれない。それを見かねたジョージが提案してくれた契約。
『そんなに後悔してるなら、俺を絶対に治療すると約束してくれ。ずっと俺の側にいて、俺の主治医になってくれ。その代わり、俺はセンセイのために何でもするから』
「覚えていますよ。あの言葉のお陰で、私は後悔よりも前に進むことを選べたんだから」
「そうか。でももし、今あの契約がセンセイの重しになっているなら、忘れてくれていい。あんな約束がなくても、俺はセンセイを支えるから。それに、今は財前マシロの方がセンセイの助けになるだろうし」
「えぇ?なんで財前マシロが!?」
「え、だって、医者同士話が合うだろうし。腕も確かだから頼りになるだろう。さっきの話だって、あれでセンセイは救われたんだろ?」
「まあ、あれは確かにそうですけど。そんなことより、私は分かったんですよ!」
「な、何を?」
「落ち込んでる場合じゃないんですよ!ジョージもヒナコちゃんも、蘇生技術を使わなくても助けられるだけの腕が私にあればよかったんです!でも私にはなかった。財前マシロにはあった!医者としての腕で負けたのが悔しい!」
私はぐっと握りこぶしを作る。
「蘇生技術を完全なものにするのも勿論ですが、私は根本的に医者として、もっと腕を磨かないと!これからもっと医者の勉強を頑張りますよ!」
「はは・・・そりゃすごい。でもまた頑張りすぎて倒れないようにしてくださいよ」
「もう、わかってますよ!」
ちょうど私達の車が見え、ニニカさんとメアリさんが、明るい笑顔で私達を迎えてくれた。さあ、私達の診療所に帰ろう。




