第56話 罪と罰
「メアリさん、お願いします!その男を何とか、地面まで落としてください!!」
アピリス先生が大声でそう叫ぶ。そんな事は分かっていますよ!と返事をしたいがあいにく私にそのような余裕はなかった。
アピリス先生達が到着したのはいいが、私とトカゲ男ゾンビが高所で戦っているため、手の出しようがないまま事態はまた膠着してしまった。とにかくアピリス先生のニードルガンが当たる位置まで近づいてもらわないと困るのだが、それが出来ない。
私は赤い刀から生み出した糸を張り巡らせ、その糸を跳び移りながらトカゲ男ゾンビに迫るが、またも逃げられてしまう。そしてこちらが隙を見せたらトカゲ男ゾンビは私に飛び掛かり、その爪かシッポで容赦なく殺しにかかって来る。それを何とかしのいで距離を取る。それの繰り返しだ。
何度かジョージさんが階段を駆け登って援護しようとしてくれたが、私たちは壁から壁へ、煙突から煙突へ跳び移りながら戦っているので、ジョージさんの階段登りは全て徒労に終わってしまった。
「クソ・・・・!」
私もゾンビとは言え流石に疲労が溜まって来る。そうなると何が起きるか。思考能力が低下し、そして怒りを制御することが出来なくなってくる。イライラして、ムカムカして、目の前のトカゲ男ゾンビの一挙手一投足に腹が立つ。
せめて地面に降りてくれれば。一度、私を追ってくるかと思って地面に降りて相手を待ってみたが、そうすると相手はこの場から逃げようとした。本当に逃げられるわけにはいかないので、結局私はまた高所また跳び上がり、逃がさないように空中戦をするしかなくなる。それも腹立たしい。
再び膠着状態になり、肩で息をしながら相手を見据える。すると相手の様子に少し変化があった。頭をボリボリとかき、そして、深いため息をついていた。
「はぁぁああ~~~・・・面倒くせぇなぁ・・・・!『銀のアピリス』が入院してきたと思ったら、こんな面倒臭いことになるなんてよぉ・・・マジふざけんなよ・・・」
「貴様・・・!」
ふざけているのはお前だ、という言葉が頭をよぎり、私は歯噛みする。だが私が言葉を続けるより先に、相手はその爬虫類のような冷たくギラギラした目をこちらに向けると、大きく裂けたその口を下卑た笑みの形に歪ませて語り掛けてきた。
「なあ・・・もうウンザリしてきたからさぁ、お前も俺たちの仲間に入らないか?」
「仲間・・・!?」
全く予想もしていなかった言葉だった。当然、私の怒りはさらに膨れ上がった。
「悪逆の徒ダンテ・クリストフの仲間になどと!奴も貴様も!ルイの仇のくせに!!」
私は我慢できずに斬りかかる。だがトカゲ男ゾンビは私が何度刀で打ち据えても、糸で絡めとろうとしても、全てをその爪とシッポで受け流しながら、ニヤニヤと言葉を続けてくる。
「そう言うなよぉ!俺たちはもう普通の人間には戻れない!ダンテさん達と一緒にいるしか、居場所はないのさ!」
「ダンテに騙されるな!ゾンビは治る!アピリス先生が・・・」
「そうじゃねぇだろ。ゾンビが治るかどうかなんて関係ない。お前は『人殺し』って事さ!」
「っ・・・!!」
「忘れたとは言わせねぇぞ。ルイ達を殺したのはお前だろ!?ダンテさんの言いなりになって!お友達の首を斬り落とした!!お前も『人殺し』だ!」
「黙れぇえええ!!」
私は刀を一層力を込めて振り下ろす。トカゲ男ゾンビは大きく弾かれ、向かいの建物の外階段に突っ込んだ。私はすぐさまそこに跳び移ったが、あとちょっとの所で相手は跳び退いてしまった。
「逃げるなぁ!!」
私も追いかけようと、今立っている外階段の鉄の床板を蹴って飛び上がろうとする。だがその時―――。
ガコンッ!
鈍い金属質の音共に、私の世界が大きく傾く。原因はすぐに知れた。立っていた外階段が、壁から離れ崩れ出したのだ。
「な―――!!」
「かかったなバカめ!俺は動き回りながら、色んな場所に崩れやすいように傷をつけていたのさ!!」
トカゲ男ゾンビは嬉々とした表情で、一気に私に飛び掛かる。これが・・・狙いだったのか!!
ズシャア!!!!
聞いたことも無いような鈍く粘着質な音が、私の体の中心から骨を伝って耳の奥に響く。トカゲ男ゾンビの鋭い爪と太い腕が、私の腹を貫く音だった。
いや、違う、聞いた事はあった。あの夜、ルイとその友達と廃ビルに忍び込んだ夜も、このトカゲ男ゾンビに同じように貫かれた時の音。そして・・・、私がルイ達の首を斬り落とした時の音。
そうだ、私は人殺しだ。だから普通の人間に戻れるなんて思っていない。ダンテを殺したら、やっぱり私も死のう。生きてちゃいけない人間なんだ。この男もそうだ。こんな奴、アピリス先生に治療なんてさせなくても、殺してしまってもいいじゃないか。アピリス先生は怒るだろうが、だが私は違う。私はもうルイ達を殺してしまった。もう何人か増えたところで。それに相手は、ゾンビなんだし・・・・。
「ぐ・・・!?この女・・・まさか!?」
トカゲ男ゾンビは自分の置かれた状況に気が付いたのか、先ほどまでの下卑た笑いから一転、焦りを見せた。
「捕まえたぞ・・・・」
私の言葉を聞いてか聞かずか、トカゲ男ゾンビは慌てて私の腹から腕を抜き、跳び退く。だがもう遅い。奴の体には私の糸がしっかりと巻き付いている。私の体を貫いて油断したのだ。相手も咄嗟に抗ったようで、巻き付けられたのはシッポと、私を貫いた右腕だけか。まあいいだろう。最初からこうしておけばよかった。私のような罪人は、いくら傷ついても構わないのだから。
「くらえ」
「!!」
私は刀を力いっぱい振り下ろすと、それと連動して糸が引き絞られる。トカゲ男ゾンビの鱗のような肌は私の糸に抵抗をする、が、私の渾身の力はそれを突破した。トカゲ男のシッポと右腕は次の瞬間完全に斬り落とされた。
「ちっ、くしょーーー!!」
ドガッ!!
トカゲ男ゾンビは苦し紛れに私を蹴り飛ばした。私とトカゲ男ゾンビは共に、地面へと落下した。




