第55話 VSトカゲ男ゾンビ
私、蘭葉メアリの心は不快感に満ちていた。突然現れたトカゲ男のようなゾンビ。怨敵ダンテ・クリストフが、私と保谷ルイを殺してゾンビにした元凶だとしたら、トカゲ男ゾンビはその下手人だ。直接言葉を交わし、私にルイを殺すように仕向けたダンテ・クリストフへの恨みが第一に現れてはいたが、下手人が目の前に現れたとあっては、こちらへ対する恨み、嫌悪感、怒りは当然抑えようも無い。見つけた瞬間すぐにでも斬って捨てたかった。
だが奴はアピリス先生とヒナコちゃん、それに男の医師を攫って逃げてしまった。何とか探し出した時には、ヒナコちゃんが深く傷つけられていた。私は自分の不甲斐なさにも腹を立てるしかなかった。私がついていながら。私がもっと早く見つけていたら・・・。
その後、トカゲ男ゾンビをヒナコちゃん達から引き離すために私は奴を追った。しかしトカゲ男はその見た目通り、壁や天井を縦横無尽に駆け巡ることが出来た。そのため思うように攻撃を加えることが出来ず、それもまた私を苛立たせた。見逃しては見つけだし、追い詰めては逃げられる。それを繰り返して大分時間が過ぎてしまった。そのうちトカゲ男ゾンビは旧病棟を飛び出して、すぐ隣の廃工場のようなエリアに逃げ込んだ。
建物から外に出られたことは、遠くに逃げられてしまう危険性もあるが、私の能力は狭い建物の中より、広い場所の方が使いやすい。
「いい加減、逃げるな!!」
私は工場の煙突や壁に糸を張り巡らせ、トカゲ男ゾンビに向かって宙を駆けて迫る。対して相手は、壁や煙突を駆けのぼり、跳び移って逃げていく。間近まで迫っても、相手のシッポが厄介だった。太く長いシッポを振り回されては、刀は弾かれるし、私の体に当たればその衝撃は侮れない。糸で切断したかったが、それは相手も警戒しているようだ。シッポを巧みに動かして糸が絡まるまえに振りほどいてくる。つまり、こちらの能力を知っているという事だ。卑劣なダンテ・クリストフの仲間ならば、私の情報を把握していてもおかしくない。それに、入り組んだ工場地帯は、建物に糸をかける場所が豊富ではあるがその分障害物も多い。動き回る相手に糸を絡めるのは難しかった。
「チッ!うっとおしいな、いい加減しつけぇんだよ!」
時々トカゲ男ゾンビから悪態が飛んでくることもある。それがまた私の神経を逆なでする。
「しつこいだと!お前が私を殺してゾンビにしたんだろうが!!!私だけじゃない!ルイや皆まで!!!お前たちのせいで私はルイ達を殺すことになったんだぞ!!」
「ルイ・・・?ああ・・・」
男は何かを言おうとしたが、それ以上聞きたくもなかった私は攻撃の手を強めて会話を打ち切った。
しばらくすると私たちは膠着状態になった。トカゲ男ゾンビは煙突の中ほどに張り付きこちらの動きをうかがい、私は飛び掛かる隙をうかがう。一人では埒が明かないと判断した私は、相手から目を離さず牽制したままで、先ほどから何度かなっていたスマホを取り出し、ニニカさんに電話をかける。
「ニニカさん!さっきのゾンビを見つけました!今どこのにいるんですか?・・・・アピリス先生とジョージさんと一緒!?ヒナコちゃんはどうなりました?・・・・そうですか、なら良かった。じゃあ早くこっち来て!逃げられちゃう!・・・・そっちは廃病院みたいなところにいるんですよね?そこを出た隣に廃工場みたいなところあるから、そっちの方!・・・・早く来て!」
これで伝わるのか不安ではあったが、いつまでも電話してもいられない。一応伝わったと信じて、スマホを切る。
その瞬間を見計らっていたのか、トカゲ男ゾンビがまた移動を開始した。
「逃がさないって言ってるでしょ!!」
◆
「あ!いたいた、メアリさんですよ、アピリス先生!」
私とジョージは、ニニカさんが声を上げた方向を見る。確かに暗闇の中、廃工場の上空に人影を2つ見つけた。
私たちは廃工場エリアをしばらく探すはめにはなったが、ジョージ達の人並み外れた聴力により、何とか居場所にたどり着くことができた。
メアリさんと相手の男の戦いは激しいものだった。
ギィィン!!
今まさに、メアリさんの刀と相手の男の爪が激しくぶつかり合った。弾かれた刀をメアリさんはタクトのように振る。糸を相手に絡ませるつもりだろう。だがそれを察知してか、相手はその長いシッポごと体を回転させて、メアリさんを打ち据える。弾かれたメアリさんは地面に落ちる―――ことなく、中空で重力に逆らって跳び上がり、相手との距離を離されない高さまで戻ると、建物の壁に張り付く。それは相手の男も同じだった。工場の高所に設けられた通路に立ち、メアリさんと相対する。
「ううー!夜の廃工場、夜空をバックにしたクリムゾンビーストとトカゲ男ゾンビの空中戦!燃えますね!」
「ニニカさん!ふざけてる場合じゃありません!」
一応注意しておいたが、まあニニカさん的にはこれが通常運転だろう。一々気にしていたら身が持たない。そんな事より、私は相手の男に対して声を張り上げた。
「そこの患者!これ以上馬鹿な事はやめて、私の治療を受けなさい!!」
私の声は虚しく夜空に吸い込まれていった。あの男にも聞こえているはずだが、全くの無視だ。まあ、ダンテ・クリストフの仲間なら予想できたことではあるが・・・悲しい事でもある。だが気落ちしている場合ではない。私はニードルガンを構えて、ジョージとニニカさんに向けて気勢を発する。
「仕方ありませんね・・・。緊急治療を開始します!」
「え?どうやって?」
「えっ?」
私が発した気勢はニニカさんの声によって霧散させられた。私も思わず気の抜けた声を出してしまう。
「どうやってって?」
「いや、さっきからメアリさんとトカゲ男ゾンビ、高いところで凄い空中戦してますけど、どうやってあの戦いに混ざって針を撃ち込むのかなーって」
「・・・・」
「あー・・・そう言われれば、ニニカちゃんの言う通りだね・・・」
私たち3人は揃ってメアリさんと患者の男を見上げ・・・・、途方に暮れた。




