第13話 赤い刀の秘密
彼女は苛立ちを募らせていた。
哀れなゾンビを、せめて殺して楽にしてやる。それが、自らもゾンビとなってしまった彼女の使命だった。ゾンビになった証である青緑色の肌と赤い髪、それを見るたびに自分自身にそう誓った。
しかし、探していたゾンビを見つけたと思ったら、それを助ける人間が現れ、さらに新たなゾンビまで現れた。ゾンビという化け物の味方をする人間がいるなんて意味不明だし、殺さないといけないゾンビが増えるのも不本意だ。
しかし今の彼女の苛立ちはもっと直接的なものだ。目の前のゾンビ男を殺さないといけないのに、隣の女医がずっと銃でこちらを撃ってくるので近づけない。銃なんて実物は見たこと無かった。こんな街中であんなもの撃ちまくるなんて、と、彼女は心の中で舌打ちしていた。
弾切れを待とうかとも思ったが、なかなか弾切れしないようだ。ずっと周りを飛び跳ねているだけでは自分がバカみたいな気分になってきた。それに、時間が経てば通行人に見つかってしまうかもしれないし、せっかく斬り落としたゾンビ男の右腕をくっつけられるかもしれない。そうなると面倒だ。
ここは多少強引でも行くしかない。
彼女は銃撃のすき間を見つけて、一気にゾンビ男の方に突っ込んだ。女医が数発銃を撃ってくるが、これまで通り空中を蹴って避ける。避けきれないものは手に持った刀で叩き落した。あれだけ撃たれたのでそろそろ目が慣れてきところだ。ゾンビの身体能力ならこれくらいはできる。
(このまま接近してゾンビ男の首を斬り落とす!)
先ほどまでの攻防で、接近さえしてしまえばゾンビ男はこちらの刀に対抗できない事は分かっている。あの電気のような攻撃だけは気を付けなければいけないが、それ以外はただのゾンビのようだ。それにゾンビ男は右腕を斬られて今は左腕だけ。恐れることは無い。
刀を振りかぶり、攻撃のお膳立てをして、そして斬りつける!
その時、ゾンビ男はまだ無事な彼の左手を、刀に突き出してきた。
(また性懲りもなく刀を掴むつもりか。それならその左腕から斬り落とす―――!)
そう思ったが、その左手に何かを持っている事に気づいた。何かの容器、ボトルのようだ。だがもう刀を止められるタイミングではなかった。そのまま刀はボトルに叩きつけられる。
ボトルは破裂し、その中の液体が彼女の刀にかかる。
そして彼女の困惑の隙をついて、ゾンビ男はその左手でそのまま刀を掴んだ。
「貴様、何を―――――!」
「医療用アルコールだよ。気化しやすく、燃えやすい!」
そう言うや否や、ゾンビ男の左手がバチリと音をたてて発光した。
電気。つまり・・・・。
彼女がその意図をを理解するより前に、電気によって着火され、炎が彼女の刀を包み込んだ。
「!!!」
彼女は・・・自分の刀が燃え上がるのを見て、反射的にその刀を解除した。刀は糸がほどけるようにその形を失い、空中に四散した。炎も、それと一緒に散り散りになって消えていく。その残り火を振り払うように、彼女は頭を左右に振って髪を振り乱しながら後ろに飛びのいた。
だが、それは十分な隙だった。
銃を持った女医がこちらに照準を合わせるのはかろうじて認識できたが、時すでに遅し。次の瞬間、彼女の心臓には銃から放たれた針が撃ち込まれた。
そこで彼女の意識は途絶えた――――。
◆
「・・・何とかなりましたね」
アピリス先生は倒れている女性、赤髪ゾンビを見て、ホッと一息ついた。
肌の色は青緑から血色を取り戻し、そして長い赤い髪は、黒いセミロングに変わっていた。つまり今は赤髪ゾンビとは言えないわけだが。その状態で意識を失っている。
「やっぱり、秘密は髪の毛だったんですね。髪の毛をビルとビルの間に這わせて足場にしたり、髪の毛を相手の体に巻き付けて引き抜くことで切断する」
「刀も髪の毛が集まって形作っていたんだな。だから急に現れたりする。刀の形をしているけど、実際は『糸巻き』兼、切断するときは糸を引っ張るための力点として使われていたんだろう」
「髪の毛なら火に弱いかと思いましたけど、上手くいって良かった」
そこまで会話すると、ジョージさんはどっと疲れた顔をしてため息をついた。
「あー、怖かった。ほらセンセイ、見てよ。火傷しちゃった」
左手をアピリス先生に見せる。しかしその火傷とやらは、すでにゾンビの再生力であらかた修復されていた。とは言え「だから平気だろ」というような考えはアピリス先生は持たなかったようだが。
「それも大変ですけど・・・こっちも大丈夫ですか?」
アピリス先生はジョージさんの斬り落とされた右腕を拾い上げ、彼の切断された肩口に添え当てた。すると、接合面から湯気のようなものが上がり、少しすると綺麗にくっついたようだ。ジョージさんは右手をグーパーさせながらこちらもホッと一息ついた。
「大丈夫大丈夫。よかったー」
「良かったですね!ジョージさん!!」
「うわぁ!!ニニカちゃん!?」
私がそばに駆け寄ると、ジョージさんは突然奇声を上げた。
「うわ、ビックリした!そんなに驚かなくても」
「ニニカさん!?何でこんな所に!?」
アピリス先生も大げさに驚く。まあ、こういう反応は予想はしていたけど。
「先生たちが赤髪ゾンビを探しに行ったのを後ろからつけてたんですよ」
「最初からじゃないですか!」
「そりゃそうでしょ。私がゾンビとゾンビの大激突を見ないでいられると思いました!?」
私はにこやかに答える。
「イトさんは!?一緒に病院で待っててって言ったじゃないですか!」
「さあ?多分病院にいると思いますよ。一緒に行くかって聞いたけど、あの人赤髪ゾンビの事を怖がってたから」
私のあっけらかんとした態度に困惑しているのか、アピリス先生が頭を抱えた。ジョージさんも呆れた顔で私を見ている。
「あのですね・・・」
アピリス先生がまた続けようとしてくる。
正直、言いたいことは分かる、が・・・・
「とりあえず、そこに倒れてる彼女も連れて、病院に戻りません?いくら夜中のこんな場所って言っても、電撃やら炎やらで結構騒いだから、人が来てもおかしくないですよ」
私は至極建設的な意見を口にした。




