第100話 ゾンビに大切な事
「ダンテ・・・クリストフ・・・!!」
「ダンテ・クリストフ!!!」
「ダンテ・クリストフ!?」
その場にいた者たちが口々にその名を叫ぶ。
私を含め、多くが怒りを滲ませている。
月光と、遠くからの炎光に照らされて妖しい美しさすら漂わせるその男は、
いつも通り腹が立つほど優雅な笑みを浮かべながら私たちを見下ろしていた。
一番最初に動いたのはフランシスさんだった。
その高い身体能力で、ひと跳びでダンテのいる高さまで距離を詰めると、猛禽類の爪のように右手を構え、ダンテに向かって鋭い掌底を放つ。
ゾン神との戦いでも多用していた、冷気を相手に送り込む掌底。
これが決まれば、ダンテ・クリストフも氷漬けになる。
そうすれば奴との戦いもすぐに終止符が打てるはずだ。
だが・・・。
「そう上手くは・・・いきませんわね」
フランシスさんは静かに、少しの自嘲を滲ませてそう呟く。
フランシスさんの掌底はダンテ・クリストフに当たらなかった。
避けられたわけではない。
ダンテ・クリストフは微動だにしていない。
腕で防がれた訳でもない。
改めて言うが。ダンテ・クリストフは微動だにしていないのだ。
その体に届く僅か10cm程度の手前で、フランシスさんの掌底の動きは止まっていた。
まるで見えない壁がそこにあるかのように。
近づいたままでいるのは危険と判断して、もしくは単に重力の誘いに従って、フランシスさんは地面に着地した。
触れていなくても冷気は通っているかもしれない。そう思ってダンテ・クリストフの姿をよく見るが、残念ながらそのような様子は見えない。
その様子を見て、私を含め多くの者は何が起きているか分からなかったが、その中で口を開いたのが一人。
パナテアだ。
「真空断熱か」
「ご名答。私に彼女の冷気は効かないよ」
別に秘密にしてたわけではない、とでも言わんばかりに、事も無げに奴はそう嗤う。
「真空・・・?もしかしてダンテ・クリストフの能力は・・・」
「そう、今のでハッキリと分かった。奴は、『空気』を操っているんだ」
「それもご名答。まあ、知った所で・・・ね?」
私とパナテアのやり取りに、ダンテはまたも口を挟んで、頼んでもいない答え合わせをしてくる。
だが、空気を操るだって・・・そんなこと・・・
「ふざけるなぁああ!!」
今度はメアリさんが刀を振りかぶり斬りかかる。
それに合わせるようにジョージも殴りかかる。
だがどちらも、同じように命中する手前で止められてしまう。
メアリさんの糸も巻き付けられないようだ。
触れられなければジョージの電気も通らない。
メアリさんもジョージも、ダンテ・クリストフには大きな恨みがある。
それに一撃も与えられないという事実に、悔しさを滲ませながら地面に着地する。
恨みがあるのは私も同じだ。もちろんパナテアも。
だが、奴の能力は驚異的だ。
思い返せば、以前ニニカさんも触れられもせずに体の自由を奪われた事がある。
あれも空気を操って起こしていたとすれば、その応用力は計り知れない。
ニードルガンも空気の壁を突破することは出来ないだろう。
一体どうすれば・・・。
打つ手がない。
そして、その事実により、形勢が逆転したことを私たちは知る。
ふと気づくとゾン神と犬達も冷気から回復し、再び臨戦態勢になっていたのだ。
抵抗は出来るだろうが、ダンテがいる限り、いつかはこちらが根負けしてしまうだろう・・・。
それがこの場にいる全員分かっているのか、膠着状態に陥った。
未だ何を考えているか分からないパナテアですら、眉間にしわを寄せて一筋の汗を額に浮かべている。
そう、この場にいる誰もが・・・。
「ちょっとちょっと、ダンテ野郎!無駄に空中に浮いてないで降りてきなさいよ!」
訂正。この場にただ一人だけ、事態の深刻さを気にしていない人物がいた。
ニニカさんだ。
「大体何しに来たのよ!こんな所に!」
「さっき言ったじゃないか、こんな素晴らしいゾンビシチュエーションを見逃す手はないって」
ニニカさんの歯に衣着せぬ物言いに、ダンテは怒るでもなく気安く応える。
「うーん、まあ確かにいい舞台設定よね。特に火事がいい味出してるよね。田舎の村人が全部ゾンビってのも気が利いてる」
「そうだろう?新興宗教がゾンビの巣窟というも美味しい」
「それはそれでいいんだけど、両方混ぜたら要素を盛りすぎじゃない?」
「ゾンビ映画は盛りすぎくらいの方がいい」
「確かに」
「ちょっと!ニニカさん!なにダンテ・クリストフと意気投合してるんですか!」
流石に聞きとがめて私はニニカさんをしかりつける。
「そんなこと無いですよ、アピリス先生!私はシチュエーションの企画案に対して良しあしを言ってるだけで、ゾンビを自ら生み出すマッチポンプ行為は許してませんからね!」
彼女なりの線引きがあるのがせめてもの救いではある。
「酷いじゃないか、マッチポンプなんて。これからもっと楽しくなるのに」
「もっと楽しく?」
私は嫌悪感を持ってその言葉を問い返す。
「その通り。ニニカさん、君には分かると思うが・・・」
ダンテ・クリストフは改めてニニカさんの方に向き合い、珍しく物憂げな表情を見せた。
「アピリスさん達の故郷から手に入れた、ゾンビを生み出す外科手術。本当に素晴らしいものだ。今まで私が生んできたゾンビ達はどれも全て素晴らしいよ。だけど・・・。
本当にそれだけでいいのだろうか?」
ダンテの物言いに、私ははらわたが煮えかえる思いがした。が、同時に、奴が何を言いたいのか全く分からなかった。
ダンテは段々と熱を帯びながら話を続ける。
「ゾンビにとって大切な物。それはなんだ?不死身の肉体。驚異の再生力。確かにそれは実現している。だが、もう一つ大切なものが抜けている・・・。それは・・・」
「感染力」
「その通り!!」
ただ一言、ニニカさんが発した言葉に、ダンテは強く首肯した。
「感染だ!ゾンビは感染によって、周囲の人間を次々とゾンビにするものだ!静かに広がり、そして気づいた時には爆発的に蔓延しているゾンビの大群!崩壊する秩序!愛する人がいつの間にかゾンビになっている悲しみ!愛する人に襲われゾンビに感染する恐怖!それが大事なんだ!外科手術によって一体一体ゾンビにする、それもいいだろう。だがやはり、ゾンビは感染しなければ!!」
狂気だった。
これまでの所業だって正気ではなかったのに、さらにこんな事を、大真面目に考えていたのか、この男は。
「じゃあゾンビ化技術を完成させたいっていうのは・・・」
「もちろん、その一体から勝手にゾンビを増やしていく、感染力を持つゾンビこそが完成形だ」
「そんなことはできない!私たちのこの技術は、治療技術だ!病原体やウィルスのように感染するものじゃない!」
「そうかな?私はもうその方法を見つけている」
「なん・・・ですって・・・!?」
「そんな・・・」
「どういう事!?」
この発言には、ずっと成り行きを見守っていたパナテア、アシハラさんも驚きを隠せなかった。
「ふふふ・・・今日ここに来た理由を聞いていたね。その完成のために、迎えに来たんだよ」
「・・・こいつ、やっぱりアピリス先生を?それともパナテアさん?Dr.アシハラ?もしかして三人全員!?」
ニニカさんの言葉をきっかけに、ジョージとメアリさんは私とアシハラさんを、フランシスさんはパナテアを守るように位置取り身構えた。
「ふふふふふ・・・」
ダンテ・クリストフは笑い声を隠そうともしない。奴の狂気が漏れ出ているかのようだった。
その笑いの意味は・・・・すぐに知れる事になった。
「アピリス?パナテア?アシハラ?そんな奴らはもう、どうでもいい」
その言葉が、切っ掛けだったのだろう。
「きゃあ!?」
悲鳴は予想外のところから。
私たちの背後から突如現れた影が『彼女』の体を掴み、ダンテ・クリストフの元へと攫って行った。
攫われ、ダンテの横で身動きできなくなっていたのは・・・
「ニニカさん!?」
「村井ニニカ。彼女がいれば、理想のゾンビが完成するんだよ!アハハハハハハ!!」




