第99話 絶対零度のゾンビ
「フランシス、敵は任せたわよ」
「はいはい、まったく人使いが荒いんですから・・・」
お姉ちゃん・・・パナテアは、冷気を出しているのは彼女なのではないか、と錯覚させるほど、冷たく言い放つ。
だが、骸神佐兵衛を氷漬けにしたのはもう一人の女性のはずだ。パナテアの隣に立つ美しい女性、フランシスと呼ばれた彼女の声はどこか呑気なように聞こえた。
白い肌、白い髪、白いロングコート。全身白で包んだ彼女はモデルのように悠然と前に・・・狂暴化した犬達のただ中に向かい歩み出した。
「食い散らセ!」
ゾン神の号令で犬達は戦闘態勢に入る。そしてすぐさま3匹ほどが一気にフランシスさんに飛び掛かった!
「危ない!!」
私は思わず声を上げた。だが、パナテアもフランシスさんも、特に表情を変えることは無い。フランシスは笑みを浮かべたまま、踊るように流れる動きで犬達の攻撃を避ける。
と思いきや、次の瞬間、鋭く踏み込み、目の前の犬に対して掌底を撃ち込む!
ゴス!
鈍い音を立て犬が吹き飛ぶ。続けて1匹、2匹、流れるように、しかし力強く、打撃を与えて吹き飛ばしていく。
「あ、あれは・・・ロシアの格闘技、システマたい!」
あーちゃんさんが興奮して「すごかすごか」と言いながらスマホで撮影している。(そう言えばこの人、配信者とかなんとか言ってたような)
華麗な姿に似合わず高い戦闘力をもつフランシスさん。だが、驚くべきことはそれだけではなかった。吹き飛ばされた犬達は、掌底を食らったところから急速に凍り付いて行ったのだ!
これがフランシスさんの能力・・・!3匹もの犬があっという間に行動不能となった。
さらに襲い掛かる犬達。さすがに警戒を覚えたのか、容易に攻撃を食らわないように立ち回り、フランシスさんを牽制している。
その様子をパナテアは腕組みしながら見つめている。心配している様子は全くなく、相当の信頼が見える。
この二人が一体どういう関係なのか、私は全く知らない。そして、パナテアの真意も・・・。
「パナテアさん!あなたも無事だったんですね!!」
「・・・Dr.アシハラ・・・!?」
アシハラさんが声をかけると、パナテアは一瞬誰だか分からなかったようだ。だがすぐに誰か分かったらしく、その目を険しく顰めさせた。少なくとも、友好的な視線ではなかった。
「こんな所にいたのね・・・。念のため聞くけど、ゾンビを完全に治療する方法を、知っているの?」
「い、いえ・・・それは、私にもわからなくて・・・」
「そう・・・それなら、あなたにもう用はないは。これ以上、余計なことはしないで」
冷たいパナテアの態度に、アシハラさんは困惑しているようだ。
「パナテアさんって言うのは、アピリス先生の双子のお姉さんで、故郷での事件の後離ればなれになってこの間久しぶりに会えたんです。でもなんかアピリス先生に対して怒ってるのか、ずっとツンケンして別行動してるんですよね」
「双子の!?どうりでそっくりなはずばい。何があったとやろか」
「ボクは前会ったことありますね。あの博多港の事件の時以来ですか」
後ろでニニカさんがあーちゃんさんにパナテアの事を説明して、レイ刑事も一緒に話している。
内容はそうなんだけど、なんか緊張感が無いんだよね・・・。いや、ニニカさんにそんな事を求めても仕方ない。
「アピリスも、早く村に帰りなさいと言ったのに、まだこんなことをしていたの・・・!?」
パナテアは今度は私に対して、明確な苛立ちを露わにしてそう言い放つ。
「お姉ちゃん・・・でも・・・!」
「パナテアさん、おしゃべりはそこまでのようですわよ」
フランシスさんがそう声をかけてくる。彼女は既にもう数匹犬達を氷漬けにしていた、が、その裏で他の犬達は、氷漬けになった骸神佐兵衛に体当たりをして、その氷を壊そうとしていたのだ。そして今、氷が割れ、中から骸神佐兵衛が飛び出してきた!
「ワハハハハ!骸神家当主、骸神佐兵衛の力を侮るな!!」
その巨体を生かし、物凄い勢いでフランシスさんにタックルで突っ込んでいく。フランシスさんは避ける間もなく、受け止めようとしたが、そのまま壁際まで押し込まれてしまった。
その威力はすさまじく、二人にぶつかられた壁は大きく崩れ落ちた。その先は外だった。この建物の外の広場へと繋がる大穴が出来たのだ。
「ワーハハハ!ワハ・・・ハ・・・」
威勢がよかった骸神佐兵衛だが、すぐにまた氷漬けになってしまった。
「ふん、わたくしに触れ続けていれば、こうなるのは当然ですわよ」
フランシスさんは所々服が破れ、傷も追っているようだが、なんともない顔をして凍り付いて動かなくなった骸神佐兵衛を足で小突いて地面に転がした。
「チッ!ならば、一気に斬り裂いてヤル!!」
痺れを切らしたのか、ゾン神がその狼のような太い脚で地面を蹴り、周囲の犬達と一緒に、外にいるフランシスさんを追って飛び出した。
驚異的な身体能力をもって、フランシスさんに迫る!
だが、その爪も牙も、フランシスさんは手でいなし、ギリギリのところで躱していく。そして触れたところに冷気を流し込み・・・。
「・・・!?凍りにくいですわね」
「ハッ!俺には毛皮がアルンダ、そう簡単に凍るカヨ!!」
「す、凄い!狼男の特性を生かした単純明快な理論!狼男ゾンビと雪女ゾンビの対決だぁ!!」
興奮したニニカさんが歓声を上げる。あーちゃんさんがその声を実況代わりにして戦いを撮影している。何なんだこの人たちは。
しかしフランシスさんは落ち着いている。ゾン神と一緒に襲ってくる犬達は、次々と、1匹1匹氷漬けにして無力化。そしてゾン神も、すぐには氷漬けにならないとはいえ・・・攻撃と防御を交わす度、段々と体の各部の動きが鈍ってきている。
「チクショウ・・・!」
「あらあら、狼と言っても、寒さに強い犬種じゃなかったようですわね」
気付けば、十数匹いた犬達は全て氷漬けで倒れ、ゾン神も、もはや動けない状態になっていた。
「つ、強い・・・!雪女ゾンビことフランシスさん、強い、強すぎるーーーー!」
ニニカさんが拳を握って涙まで流している。興奮しすぎだろう。
そんな私たちに建物の影から駆け寄って来る影が2つあった。最初は信者や村の人・・・つまり敵対者かと思って身構えたが、そうではない事はすぐに知れた。
月明かりに照らされたは・・・。
「ジョージ!メアリさん!」
「センセイ!みんな!・・・それに、パナテア!?狼男!?」
「どういう状況なんですか!?」
ジョージとメアリさんだ。二人とも無事だったんだ、良かった・・・!
気が付けば、もはや危機は去ったように思われる。ゾン神はフランシスさんに勝てる様子はない。周囲に他の敵もいない。こちらはジョージとメアリさんも合流した。
あとはお姉ちゃん、パナテアと、フランシスさんが私たちに対してどのような態度でくるかだ。
まさか私たちにも襲い掛かって来るような感じではないが・・・。
出来ればお姉ちゃんと、しっかり話して、また一緒にいて欲しい。
あの日、ダンテ・クリストフに故郷の村が襲われ、お母さんが殺された後、離ればなれになってしまった私たち。
なぜお姉ちゃんはいなくなったのか。そしてフランシスさんと一緒に日本にいるのか。なぜ私に冷たくあたるのか・・・。
ちゃんと話して、また昔のように・・・。
「さあ、じゃあ狼男さんには、大人しく氷漬けになってもらいますわ・・・」
フランシスさんがじりりとゾン神に迫り、ゾン神は後ずさりをする・・・。
その時―――空気が変わった。
比喩、ではない。確かに、周囲を包む空気が、・・・言葉にするなら、重くなったような・・・!
ゾン神が何かを察し、顔を上げる。
その方向から、声が響いた。男の声。整った声。だが、どこか人を小ばかにしたような声。
もはや聞き間違えることも無い。あの忌まわしい声――――!
「やあやあ、閉ざされた山奥の村、燃え上がる炎、そしてさ迷い歩くゾンビの群れ・・・。実に、実に美しい、ゾンビ映画のワンシーンのような夜だね。そう思わないかい?ニニカさん」
声に導かれて見上げた先。そこにいたのは、金髪碧眼、整えられた白いスーツに身を包んだの長身の男。
「ダンテ・クリストフ!!!」
月夜の中空に、まるで幻のように浮かぶ人影。
許すことのできない仇敵がそこにいた。




