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 第九章 人殺しのブレーデン・フーリハン

 ブレーデンはうす目をあけた。ブレーデン・フーリハンはリングラスト王国の王子だ。ラテマグナ大公国との戦争では先陣を切った。バカ力をいかしてラテマグナ軍を蹴ちらした。戦争はリングラスト王国優位で推移した。

 ところが一転して戦況が不利にかたむいた。ラテマグナ軍がこちらの出方を知っているように動く。伏兵が手玉に取られるように撃破される。連戦連勝が連敗につぐ連敗にかわった。リングラスト軍はみるみる押し返された。

 ある夜だ。最前線でブレーデンは見た。敵の軍師ユグニエル・ユドリを。黒のローブ姿の子どもに見えた。

 きっかけはセバスチャン・セドンだった。セバスチャンは国境地域に住むリングラスト軍の男だ。国境の地理に明るいため国王の補佐をまかされていた。真夜中にこそこそと陣をぬけて行くセバスチャンをブレーデンは見た。あとをつけると敵の軍師があらわれた。

 ユグニエルがふところから袋を出した。セバスチャンに袋をわたす。セバスチャンが交換にユグニエルの手に何かをにぎらせた。暗がりではそこまで見るのがやっとだった。

 ブレーデンは先に陣にもどった。セバスチャンが帰って来る。ブレーデンは怪力でセバスチャンを引きずった。音を立てずに。無言のままセバスチャンのふところをさぐる。袋を見つけた。中身は金貨だった。

 ブレーデンは知った。こいつが敵の軍師に情報を売っていたと。リングラスト軍がまけはじめたのはこいつのせいだ。

 そう思うと手がひとりでに持ちあがった。ブレーデンはなぐった。セバスチャンをなぐりつづけた。

 間の悪いことにひとりの女の子がその場にあらわれた。女の子は叫んだ。

「父さま!」

 セバスチャンも虫の息で声をはなった。

「セカルー」

 女の子の手には弁当箱がさげられていた。セカルーは母にたのまれて夜の明ける前に手作りの料理をとどけに来たのだろう。セバスチャンの村はすぐそこだ。

 ブレーデンはなぐる手をとめた。しかしセバスチャンはもう助からなかった。セカルーが父の亡きがらにすがる。セカルーは泣きつづけた。

 その声を聞きつけて王があらわれた。王がたずねる。なぜセバスチャンを殺したと。

 ブレーデンは答えた。戦略の行きちがいで腹が立ったと。

 王はその答えに満足しなかった。ブレーデンは温厚な男だ。わが子の欲目をぬいてもそんなことで自軍の要人を殺す男ではない。しつように王は食いさがった。

 ブレーデンもしつようにくり返した。行きちがいで腹が立っただけだと。セバスチャンは裏切り者だ。口が真相をあばきかける。するとセカルーの涙が目に浮かぶ。父を目の前でなぐり殺された女の子だ。そのうえ父が売国奴。それではあわれすぎる。リングラスト王国では暮らして行けないだろう。ブレーデンはひたすら口をつぐんだ。そもそもなぐったのがまずかった。そう後悔をする。父にゆだねればよかったと。

 とうとう王はあきらめた。ブレーデンを罪人として軍からはずした。

 ブレーデンがいなくなった軍はその場を持ちこたえられなかった。ラテマグナ軍が大挙して攻勢をかけた。

 王都で謹慎中のブレーデンは知った。セバスチャンの村が戦いにのまれたと。セバスチャンの妻は死んだ。セカルーは戦災孤児としてミルトムントに送られた。

 わしがセバスチャンを殺さなければ。ブレーデンは罪の意識に駆られた。セカルーは母をなくさずにすんだはずだ。セバスチャンは裏切り者として死刑になっただろう。だがセバスチャンの妻とセカルーに罪はない。

 いったん劣勢にかたむいた戦況が好転することはまずない。ブレーデンの母はブレーデンにすすめた。ミルトムントに行けと。ミルトムントに行って七つの魔法陣をあけよ。究極の大魔法を手に入れてこの戦争を勝利にみちびけと。

 ブレーデンは頭がさほどよくない。母の真意に気づかなかった。ミルトムントには十九歳以上の者が手を出せない地区がある。たとえ戦争にまけて王の一族がすべて首を切られてもお前だけは生き残っておくれ。そんな母の思いに気づかずブレーデンはミルトムントに来た。

 ブレーデンはミルトムントでセカルーを探した。セカルーは他の子どもたちといっしょにいた。幸せそうには見えない。ブレーデンは遠回しにさぐってみた。セカルーは十一歳だそうだ。悪い評判しかない。ほとんどしゃべらない暗い女の子。誰もがそう見ていた。父親が目の前でなぐり殺された。母親も逃げ遅れて殺された。そんな目にあって明るい子がいるはずがない。

 ブレーデンは自分をにくんだ。そしてユグニエル・ユドリをにくんだ。ユグニエルがあんな卑劣な策を取らなければこんな羽目にはならなかった。ユグニエルだけはゆるしておけない。ユグニエルの首はこのわしがねじ切ってやると。


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