第七章 ケイト・ケトリアスのゆううつ
その夜。ケイトはなやんだ。ケイト・ケトリアスはローズキエ王国の王女だ。二十歳になればローズキエ王国を継ぐ。ケイトにはふたつ下の弟ナイジェルがいる。弟のナイジェルとは仲がよかった。
ケイトが十歳のとき弟と決闘ごっこをした。あやまちはそのときに起きた。ケイトの剣がナイジェルの顔を直撃した。ナイジェルの命に別状はなかった。しかしナイジェルの目は光を失った。いまでもナイジェルは目が見えない。
ケイトは後悔をした。ずっと悔やみつづけている。罪をつぐなう方法はないか。ケイトは考えた。せめてナイジェルにローズキエ王国をゆずりたい。そう思うようになった。
ローズキエ王室には家宝がある。家宝でありながらつけると取れない呪いの仮面だ。ケイトはある夜その仮面をつけた。取れない仮面をつけた女王では体裁が悪かろう。自動的に王位は弟のナイジェルに行くはずと。
目論見は成功した。ケイトは病気というふれこみで表舞台に出されなくなった。ナイジェルが次期王だ。王宮中がそんな空気にかわった。
たったひとりかたくなにその空気を否定した者がいる。ナイジェルだ。王位は姉ケイトしかだめだ。ことあるごとにそうふれ回った。仮面が取れなくとも姉ケイトはローズキエ王国の女王だと。
ケイトは困惑した。こんなはずではなかった。これでは何のために呪いの仮面をつけたのかわからない。はずかしい思いをしてまで呪われたのは無駄だったのか? ケイトはゆれた。弟のナイジェルが王位を継がないならこの仮面は取るべきだ。呪われた仮面をつけた女王ではローズキエ国民があわれすぎる。十七歳の乙女としてもはずかしい。だが何をためしても取れない。最後のたのみのつなはミルトムントだけだった。
ローズキエ王国では王位継承権のある者は王国を出ることをゆるされない。仮面をはずすためにミルトムントに行きたい。そう両親にねだって王位継承権から除外してもらった。
ミルトムントに来てケイトは考えをかえた。仮面の呪いをとくためにミルトムントに来た。ということは仮面の呪いがとけなければミルトムントからはなれなくてもいい。つまりこのままミルトムントにとどまればいい。そうすればなしくずしに王位は弟のナイジェルに行く。自分は王位継承権からすでに除外されている。ナイジェルが二十歳になるまでミルトムントを出なければいい。
しかしとケイトは思う。王位はそれでいいだろう。だが仮面をつけた女が結婚できるか? そうは思えない。外を歩くのもはずかしい。さいわいアリエスたちは自分の仮面を奇異には見ない。けど世間がこの仮面をどう見るか? それはすでに体験ずみだ。ミルトムントにとどまれば王室と関係がなくなる。財産も家族もない仮面の女だ。一生を独身で仮面のまますごす? そんな羽目になったらどうしよう?
そう考えると仮面が取れないのはくやしい。弟のナイジェルが王位に就く。そのあと仮面を取る方法が見つかれば最善だ。しかしそんなにうまくはこぶだろうか? そもそも取れないはずの仮面がなぜ独立して家宝になっていたのか? 着用者が死ぬと取れるのだろうか? 生きているうちに取る方法があればいいのだが。
ケイトの心は毎日ゆれる。ある日は仮面が取れなければいいと思う。次の日は取れなきゃいやだと気が狂いそうになる。洗顔すらできない。このままだと本当に病気になってしまうと。
ケイトには決められない。仮面が取れればいいのか取れなければいいのか。