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 第三章 船の中で仲間ができる

 翌朝になった。船着き場でニックとツパイは船にのりこんだ。出航までまだしばらくあった。船室には人がすくない。出港まぎわに客が来るらしい。きょうの海はおだやかだ。平和な航海になるだろう。

 船室に椅子はなかった。板貼りの床じかだ。ニックはツパイと向き合ってすわる。おカネがないなやみを打ちあけてみた。

 ツパイがほがらかに笑った。

「ああ。そんなことか。心配ない。ミルトムントは全寮制の学園都市だ。授業料も必要だし部屋代もかかる。けどね。学園が仕事を世話してくれるんだ。昔ミルトムント魔法学園は魔法を教えてた。けど五百年前に魔法が消えただろ。以来職業訓練校として機能してる。だから農家や漁師を手つだえば報酬をくれる。実技も教えてもらえる。ほかにもいろいろな仕事があるよ。心配しなくていい。ボクの山賊退治の仕事を手つだわせてやってもいい。ニックって剣はさっぱりだよね。ボクが剣を教えてやるよ」

「あのうツパイ。ぼくは人を斬るのも斬られるのもきらいなんだ。だから剣はえんりょする」

「斬らなくてもいいよニック。剣術指南だって立派な職業だ。そこそこおぼえれば町に道場がひらける。斬られても死なないあいだにニックが名前を売れば学費なんてあっと言う間さ」

 ニックは眉をひそめた。

「あのさ。ぼくが斬られても死なないのってこの腕輪のせいなの?」

 ツパイが視線をそらす。

「えーと。そのう。それは話しちゃいけないことになってるんだ。ボクの家の家訓でさ。だから聞かないでくれる? 話すときが来るかもしれないけどいまはだめ。ごめんね」

「ああ。いいよ。ぼくこそごめん。変なこと聞いちゃって。じゃあさ。ミルトムントってどんなとこ? ぼくは行ったことがないんだ」

 そのときお茶のカップがツパイとニックの前にトンと置かれた。カップはふたつ。置いた男がニックとツパイを見おろす。ニックは顔をあげた。ニックより年上の十七歳くらいに見える少年だ。背が高い。こざっぱりした服装をしている。腰に大剣をつっていた。新たな船客だろう。

「ミルトムントは小さな島だぜ。島のはしからはしまでが五キロ強しかない。誰もが知ってる話だが島の中心部は魔法がかかってる。通称魔法地区と呼ばれててさ。十九歳未満の子どもしか入れないんだ。そのせいで大人たちはその魔法地区の周囲に円環型の校舎をたてた。学生寮は中心部の魔法地区にある。五百年前のミルトムントは大国とタメをはる魔法王国だった。そのころの城や魔法学校の校舎がいまも中心部の魔法地区に残ってる。魔法の聖地だな。ところでここにすわってもいい? そのお茶は飲んでもいいよ」

 少年が返事を待たずツパイの横に腰をおろす。ツパイが迷惑げな顔で少年をにらむ。

「誰だよお前?」

 のっぽの少年がツパイの肩に手を回した。

「おれ? おれはウィンダミア・ウブサノン。十七歳。ミルトムントに行く留学生さ。ワインランド王国から来たんだ。きみたちふたりも学生寮に入るんだろ? ねえ彼女。なかなか刺激的なかっこうをしてるよね。名前は?」

 ツパイがウィンダミアの手を肩からていねいにはずした。つづいてツパイが右手をふりあげる。ニックは思った。ツパイがウィンダミアにビンタをくらわすと。

 しかしツパイの目がウィンダミアの腰の剣に落ちた。とたんツパイの右手がさがる。ツパイがニックを指でまねいた。ウィンダミアから身をはなす。

 ツパイがニックの耳に口をよせた。

「あいつすっげえ金持ちだぞ。腰の剣を見てみろニック」

 ニックは横目でウィンダミアをうかがう。ウィンダミアの腰の剣を見た。つかの部分にユリに似た模様が彫られている。四輪のユリが四方に花をひらかせたように見えた。ニックはホビットの長ボビーの言葉を思い出す。

「イピタスの斬らずの剣!」

「そう。よく知ってたな。えらいえらい。銘剣中の銘剣だ。名剣じゃないところが玉にきずだけどな。ボク金持ちって好きなんだ。あいつとお近づきになっとくべきだよ」

 ツパイがニックをつれて元の位置にもどる。ツパイがウィンダミアに笑顔を向けた。背中の剣をぬく。

「ボクはツパイ。こっちはニック。ボクは剣の腕が自慢なんだ。ほらボクの剣っていい剣だろ? アストラル王国の王室ご用たしなんだぜ。ウィンダミアの腰の剣は誰の作? 古そうな剣だけど?」

 ウィンダミアが腰の剣をぬいた。ポイとツパイにわたす。

「悪いけどそれはかざりだぜ。ニンジンすら切れねえ。お守りだとさ」

 ツパイがイピタスの剣をにぎりこむ。ふってみる。次に自分の腕に刃をあてた。引く。しかし切れない。刃はするどい。なのに傷がつかない。ツパイが目を細めた。ため息をつく。

「すっげー。この剣すっげーよ。いいなあこれ。ちょうだいウィンダミア」

 ウィンダミアがあわてた。ツパイから剣をうばい返す。

「だめ。これはおれのじゃねえ。親父のだ。だからやれない」

「なんだよケチ。ま。いいや。ウィンダミアはミルトムントへ何しに行くのさ?」

「おれは魔法つかいになる。ミルトムントへは魔法の勉強に行く」

 ツパイとニックは顔を見合わせた。こいつ本気か? そんな顔で。

 あきれ顔でツパイが自身の剣をさやにおさめる。

「いるんだよなあ。春になるとそういうやつが。じゃ七つの魔法陣に挑戦するんだ」

 ウィンダミアが右手をツパイとニックに突き出した。歳月に摩耗した鉄の指輪が中指ににぶく光っている。

「もちろんだ。おれの指輪を見ろ。これが伝説の笑いの指輪だ。おれこそが七つの魔法陣をひらく究極の魔法つかいウィンダミアさまだ。おれは三大魔法つかいを越えてやる」

 ツパイが肩をすくめた。バカなことを言ってやがる。そんな顔をニックに向けた。同意を求める顔でだ。しかしニックは何の話か理解できない。

「七つの魔法陣って何?」

 ニックの問いにウィンダミアとツパイがニックの顔を見た。

 ツパイが先に口を切る。

「どうして知らないわけ?」

 ウィンダミアもつづく。

「なんで知らねえんだよ?」

 ふたりにつめよられたニックはたじろぐ。

「だ。だって知らないんだ。しかたがないだろ」

 今度はウィンダミアとツパイが顔を見合わせる。ツパイがウィンダミアにあごをしゃくった。お前が説明をしろと。ウィンダミアがうなずく。

「ミルトムントには書き置きがあるんだ。五百年前にガレリア・ガレリーが書いたとされてる謎かけがな。『世界を戦いの炎がつつむとき七つの魔法陣をあけよ。すれば究極の魔法が手に入る。腕の指輪は古城に行け。上にはないぞ。下に行け。腹の指輪はイピタスの墓にある。顔の指輪は天国に行け。光にふみ出す勇気があればよい。足の指輪は鉱山にある。爪の指輪は二の三。一の二の三の五の七の八の九。目の指輪はミルトムント三世に聞け。指の指輪は笑いの指輪。七つの指輪で笑うがよい。最後の扉は決意の扉。戦いの炎を消すもよし。世界を焼きつくすもよし。この魔法はどちらもできる。七つの指輪を持つ者よ。ふたつにひとつをえらぶがよい。迷いは禁物。迷えば七つの指輪はくだけ散る。心をひとつに扉をあけよ』だってさ。七つの指輪が七つの魔法陣をひらくとされてるんだ。七つの魔法陣すべてをあけた者は最強の魔法を手にできる。戦争をなくしてこの世界を平和にできる究極の白魔法だって話だぜ。おれの指輪は七番目の笑いの指輪さ。おれこそが魔法を復活させる運命の男なんだ」

 胸をはるウィンダミアにツパイが皮肉な笑みを投げた。

「破壊の魔術師と呼ばれたソロン・ソロモン以上の魔法つかいになれる。そんな説もあるよ。世界を破滅にみちびく最悪の黒魔法が眠ってるって」

 ウィンダミアがツパイをにらむ。しかしすぐに視線がツパイのヘソと胸に流れる。ウィンダミアの視線を追ったニックは目をそらせた。ツパイもウィンダミアの目に気づく。

 ツパイが眉をよせる。口をとがらせた。

「貧困な胸だと思ってるな? どうして男ってそうなんだよ? 胸の大きい女がえらいんじゃないぞ」

 ウィンダミアが手をはらう。

「ちがうちがう。女の胸は大きさじゃねえ。形のよさだ。ツパイの胸はいい形をしてるとおれは思うぞ。うん」

 ツパイがウィンダミアから身を引く。

「変態。ウィンダミアって危ない趣味だな。おぼえとこうっと」 

「おーい。ほめてやってそりゃねえだろ? ニックも何とか言ってくれよ」

 ニックは目を白黒させた。ツパイの胸とウィンダミアを見くらべる。

「やっぱり女の子の胸は大きいほうが」

 ツパイがニックの横っつらをはたく。

「ちっがーう! お前らふたりとも最低だ!」

 そこへ女の子がトコトコと来た。ニックに抱きつく。

「お兄ちゃーん」

 ツパイとウィンダミアが目を丸くした。ニックに抱きついた女の子はメイド服を着ている。しかし服はきたない。洗濯をしていないのかコテコテだ。ニックのすり切れ服といい勝負だった。この兄にしてこの妹あり。そんな服だ。右手の甲には粗末な革のコテ。

 抱きつかれた当のニックもおどろいた。ニックはひとりっ子だ。妹なんていない。

「きみ誰?」

「あたしはヒルダ・ヒルデガートとはちがうの。お兄ちゃん大きらい。きらいよ」

 女の子がふたたびニックにしがみつく。ニックより年下の十四歳くらいに見える。身長も低い。チビだ。髪の毛は銀髪。瞳は青。髪は洗ってないのかくしゃくしゃ。口の周囲には朝食の牛乳の痕跡が白丸で残っている。顔を洗ってないらしい。胸はぺったんこだった。

 ニックとツパイとウィンダミア。三人がそろって首をかしげた。代表してウィンダミアが口を切る。

「ヒルダ・ヒルデガートとはちがう? じゃお前は誰なんだよ?」

「あたしはヒルダじゃないわ。十四歳じゃないのよ。のっぽのお兄さんは大好き。もっと近くへよって」

 ヒルダじゃないと口にした女の子がウィンダミアを突き飛ばす。あっちへ行けとばかりに。

 ふたたびニックたち三人が首をひねる。ニックは不意にひらめいた。ポケットから金貨を出す。女の子に見せた。

「ねえきみ。これって何色?」

 女の子がすかさず答える。

「銀色」

 ニックは船窓の外を指さした。春の海が青くゆるやかにうねっている。

「あの海は何色?」

 女の子が間髪を入れず答える。

「赤」

 ニックたち三人は顔を見合わせた。ひたいを突き合わせる。

 ウィンダミアが声をひそめた。

「この女。とんでもねえひねくれ者かよ?」

 ニックはうなずく。

「ということは名前はヒルダ・ヒルデガート?」

 ツパイが横目でヒルダをうかがう。

「とうぜんニックの妹とはちがうんだよね?」

 ひねくれヒルダがまたニックに抱きつく。

「ひそひそ話はあたしも大好きよ。ねえあたしも仲間はずれにして」

 ニックは頭をかく。仲間に入れろということらしい。

 ウィンダミアがヒルダをニックから引きはがした。

「どっからこんな迷惑な女が来やがったんだ? 保護者はいねえのかよ?」

 ウィンダミアにこたえてヒゲづらの船長がやって来た。

「保護者はわしじゃ。お前ら全員ミルトムントに着くまでわしが面倒を見る。もうすぐ出港じゃぞ。おとなしくすわっとれい」

 はーいとニックたちは首をすくめた。ヒルダだけが船長をおそれていない。

 ウィンダミアがニックに耳打ちをする。

「忘れてたぜ。魔法学園入学者の保護者はシバの港までだった」

 船長がツパイに目をとめた。

「ツパイか。元気でやっとるかい。しっかしよく似とる。お前のお母さんの子どものころにそっくりじゃ。どうもツパンクルバルド一族の女は見分けがつかん。子どものころは全員がお前と同じ顔をしとるのかい?」

「そうだよ。ボクもよくイトコとまちがえられる。胸の大きさまでそっくりなんだ。母ちゃんはいまでも胸がない」

「あはは。胸がなくてもこまりはせん。わしの女房など最近たれて来た。小さい胸はその心配がなくていいじゃろう」

 ツパイとヒルダがぷくっとほほをふくらませた。ふたりとも致命的なほど胸がうすい。失言に気づいた船長があわてて甲板に逃げる。

 船長が出て行くのと入れかわりに続々と客がのりこんで来た。子どもが多い。大人はわずかだ。魔法学園の先生らしい黒服も数人見える。黒ネコを抱いた二十二歳くらいの青年が黒服の中では一番若い。

 みるみる板の床が占領されて行く。ニックたち四人ははしに寄った。ニックたちのとなりに豊満な胸の女の子が来た。十八歳くらい。のりこんでいる子どもの中では最年長に見える。大きな胸を守るためか革の胸あてを着用していた。

 ツパイとヒルダが女の子の胸に見とれる。うらやましい。そんな目をしていた。

 ヒルダが正面から胸の大きな女の子に向いた。

「小さい胸。なんて貧弱なんでしょ。きっと頭がとてもいいんだわ。あたしはヒルダ・ヒルデガートじゃないの。毎日でも会いたいわお姉さん」

 立派な胸の女の子がポカンとした。しかしヒルダがあいさつをしたらしいことは理解したようだ。女の子が豊かな胸をはってあいさつを返す。

「わたしはアリエス・アウラギリ。十八歳よ。頭がいいのはそのとおり。でも胸はあなたのほうが小さいみたいね」

 アリエスがヒルダの胸を見おろす。アリエスの目に優越感がある。ヒルダの胸はツパイよりまだ小さい。しかし十四歳と十八歳を比べるほうがまちがっている。ムッとヒルダがほほをふくらませた。自分でケンカを売ったくせに返されると腹が立つらしい。

 そのとき船室の中央でいざこざが起きた。黒ぶちメガネをかけたチビの少年が船のゆれにバランスをくずした。少年は魔法つかいが着る長いローブを着ている。ニックと同い年の十五歳に見えた。身長もニックとほぼ同じ。頭には革帽子。手にジュースを持っていたのがまずかった。ジュースがすわっていた金髪の少年にぶちまけられた。金髪少年はウィンダミアと同い年に見える。十七歳くらいだろう。金髪少年の服は豪華だ。真紅のビロードに金の刺繍の竜が舞っている。船室にいる者の中で最高額の服と思える。

 金髪少年がいきり立った。メガネ少年の胸ぐらをひっつかむ。

「コンチクショウ! なんてことをするんだよぉ! この服がいくらするか知ってるのか!」

 メガネの少年が身をちぢめた。平あやまりにあやまる。気が小さいらしい。

「ご。ごめんなさい。ごめんなさい」

「ごめんですむ問題じゃないぞ! とっとと弁償しろ! 三万ゴールドだ!」

 三万ゴールドは金貨が三百枚。ジュースなら三万杯飲める。大人でも稼ぐのに一年はかかる。子どもが払える額とは思えない。メガネ少年が声もなく立ちすくむ。

 それを見てアリエスが立った。金髪少年にあゆみよる。金髪少年に指を突きつけた。

「やめなさいよきみ。年上が年下をいじめちゃだめ。男が服の一着で逆上するなんてみっともないわよ。見たところきみがこの中で一番の金持ちでしょ? 弁償なんて貧乏くさい因縁をつけないでよ。お金持ちは貧乏人のそそうを笑ってゆるす度量がなきゃ。ほらさっさとふくのよ。手早く処置をすればしみにならないわ」

 アリエスが金髪少年の服をハンカチでぬぐう。アリエスは胸が大きいぶん母性本能も強いらしい。お姉さんタイプだ。アリエスが金髪少年のえりをピンとはり直した。

「ほらこれでよし。しみになってないじゃない。せっかくかっこいい服を着てるんだからドーンとかまえなさいよね。お金持ちはお金持ちらしくよ」

 アリエスがメガネ少年の手を取る。強引にメガネ少年を引きずった。ニックたちの元へもどる。金髪少年はわり切れない顔をしている。うまくごまかされた。そんな顔だ。

 アリエスがメガネ少年をニックの奥に押しこんだ。船室の一番はしだ。

「きみはしばらくおとなしくしてなさい。でないとまたむし返すわよ。あのタイプは」

 釘をさすアリエスにメガネ少年が頭をさげた。

「ありがとうお姉さん。ぼくオメガ。オメガ・オフレアティ。十五歳。ルガノ王国から来たんだ」

 アリエスを筆頭に全員でオメガに自己紹介をする。最後のヒルダが終わったとき竜の刺繍の金髪少年が高笑いを船室にひびかせた。

 ニックたちがふり返ると仮面をつけた少女が歩いていた。七段の横しまが七色に塗りわけられた仮面だ。木の仮面に目と鼻と口がくりぬかれている。仮面全体が楕円形。目と鼻と口の穴は丸。穴の下にのぞく瞳はつぶらだ。しかし丸い穴がひたすらマヌケに見せている。ハニワの顔のようだ。髪は赤毛のオカッパ。足はこびから歳は十七歳くらいだろう。胸はアリエスの次に大きい。だが仮面の下の顔が美人か不美人かはわからない。

 仮面少女が笑い声に反応をした。うつむく。仮面がはずかしいらしい。

 アリエスが立った。仮面少女に声をかける。

「リーズ。わたしはこっちよ。席を取ってあるから早くいらっしゃーい」

 金髪少年が高笑いをおさめた。アリエスの知り合いを笑えばまたやりこめられるかも。そんな顔をしている。

 仮面少女が顔をあげた。焦点のさだまらない目をアリエスに向ける。あたしにあんな知り合いはいないのに? そんな目だ。

 気づいたヒルダがトコトコと仮面少女に歩いた。ヒルダが仮面少女の手を引いてもどる。

「リーズを置き去りにして来たわアリエス。この子の本名はリーズ。じゃうそっこの名前はなーにかなあ? ちなみにあたしはヒルダ・ヒルデガートじゃないわよ」

 ニックはヒルダの言葉の裏を考えてみる。置き去りはつれて来たということだろう。仮面少女の本名はリーズではない。アリエスの知り合いでもない。そういうことらしい。アリエスが機転をきかせて金髪少年の笑いから女の子をひとり救ったようだ。

 仮面少女がニックたち六人を見回した。誰ひとり笑っていない。仮面少女が口をひらいた。

「あたしはケイト・ケトリアス。十七歳。仮面をつけたままでごめんなさい。この仮面。取れないの。呪いなのよ。その呪いをとくためミルトムントに行くの。世界のどこででもこの仮面は取れなかったわ。魔法都市ミルトムントでもだめならあたし死ぬしかない。この仮面のせいであたし一生結婚ができないのぉ。あーんあーん」

 ケイトが泣きはじめた。ニックは当惑した。初対面でいきなり泣く人間もめずらしい。しかし十七歳の女の子がハニワの仮面をつけっぱなし。それでは泣くしかないかも。

 ニックは気づかなかったがアリエスがヘソを押さえた。ヒルダは足先を。アリエスとヒルダもそれぞれ身からはなれない道具がついている。アリエスはヘソかざり。ヒルダはつけ爪。どちらもはずれない。アリエスとヒルダはケイトに同情をした。他人事ではない。もっともニックの腕輪も取れない。しかしニックは気にしていない。

 そのとき竜の刺繍の金髪少年が両手をかかげた。指を誇示する。顔をオメガに向けた。

「メガネ野郎。お前も魔法つかいになって七つの魔法陣をあけるつもりだよな? だが七つの魔法陣をひらくのはおれだ。見ろ。おれの指を。これが七つの指輪だ。七つの指輪を持つ者が七つの魔法陣をあける。貧乏人にこんな指輪は作れまい。あはははは」

 金髪少年の両手にはキンキラキンにかがやく黄金の指輪が光っている。ゴテゴテと装飾がほどこされた七つの指輪だ。腕。腹。顔。足。爪。目。指。それぞれが盛りあがって造形をされている。腕なんか力こぶだ。足は足の裏だし。

 ニックはあきれた。あんな指輪を七つもつけてちゃ指が動かせないだろうと。

 ツパイがあざ笑う。

「おいおい。あっちにもいるぜ。大魔法つかい志願が。今年は豊作だな」

 メガネのオメガと仮面のケイトが下を向く。ウィンダミアだけではなくオメガとケイトも魔法つかい志望らしい。

 アリエスがつぶやく。

「あのまま引きさがるとは思ってなかったけどね。やっばりだわ。『世界を戦いの炎がつつむとき七つの魔法陣をあけよ。すれば究極の魔法が手に入る。腕の指輪は古城に行け。上にはないぞ。下に行け。腹の指輪はイピタスの墓にある。顔の指輪は天国に行け。光にふみ出す勇気があればよい。足の指輪は鉱山にある。爪の指輪は二の三。一の二の三の五の七の八の九。目の指輪はミルトムント三世に聞け。指の指輪は笑いの指輪。七つの指輪で笑うがよい』か。腕の指輪。腹の指輪。顔の指輪。足の指輪。爪の指輪。目の指輪。指の指輪。全部キンキラキン。よくもそろえたもんねえ」

 ケイトがつっこみを入れる。

「でもアリエス。腹の指輪はイピタスの墓にある。足の指輪は鉱山にある。そう説明してるわ。かくされてる七つの指輪を手に入れれば七つの魔法陣がひらく。そんな仕掛けじゃなくて? 最初から指輪を持ってるのはちがうと思う」

 オメガが手をあげた。

「ぼくが呼んだ本では解釈はふたつあるとされてたよ。腹の指輪がイピタスの墓にかくされてる。それがひとつ目の解釈。ふたつ目はこう。腹の指輪の魔法陣がイピタスの墓にかくされてる。そういう解釈なんだ。ひとつ目の解釈ではかくされた指輪をまず七つ探す。七つの指輪を見つけた者が七つの魔法陣をあけられる。そういう説だね。ふたつ目の解釈は指輪をすでに七つ持ってる者が魔法陣を七つ探す。でもどちらにせよまだひとつの魔法陣も見つかってない。だから指輪の解釈も謎のまま。けど指輪がかくされてるならさ。別の指輪を持ってたっていいじゃない。本物の指輪を見つければいいだけなんだから」

 ケイトがオメガを見た。仮面の下の目に賞賛の色が見える。

「なるほど。あんた頭いいわね」

 こちらのひそひそ話を金髪少年が聞きつけた。金髪少年の眉毛が立った。感心してもらえる。そう思った行為に誰もおどろかないのがしゃくなようだ。

「おれはヨゼフ・ヨハンセン。十七歳。リングラスト王国の大貴族ヨードル・ヨハンセンの息子だ。田舎者のお前らも名前くらい聞いたことがあるはず。いまのうちにおれにこびを売っとくほうがいいぞ。おれこそが三大魔法つかいを越える究極の男だからな。あはははは」

 斬らずの剣を腰にさげたウィンダミアが女四人の顔を見た。ささやき声でたずねる。

「聞いたことあるか? ヨハンセンなんて貴族?」

 女四人が首を横にふる。ニックとオメガも知らない。

 アリエスが解説を加えた。

「リングラスト王国って南の辺境よ。砂漠と草原の国だわ。わたしはアストラル王国から来たの。だから南の事情は知らないわ。けどいまラテマグナ大公国とリングラスト王国は戦争中のはずよ。ていのいい厄介払いをされたんじゃない? いても邪魔になりそうだから」

 クスクスとニックたち全員が笑う。

 金髪のヨゼフの白い顔がまっ赤に燃えあがった。ヨゼフがうしろをふり返る。手近にいた子ども六人を指さした。

「お前。それにお前。お前とお前とお前とお前。おれの部下になれ。部下になるならこの黄金の指輪をひとつずつくれてやる」

 最初に指さされたデブの少年が一瞬考えた。すぐに手をさし出す。

 ヨゼフがデブの手に腕の指輪をのせた。

「部下一号。名前を言え」

「ヌエキシー・ヌントジョーンズ。十七歳」

「よろしい。次はお前だ。黄金の指輪がほしいよな?」

 次の少年はニキビづらだった。ひょろ長い。日陰のもやしみたいな少年だ。指輪がほしいらしく手を受けた。

「ぼくはノートン・ノルマンディ。十七歳だよ」

 次は四人とも同じ顔をしていた。四つ子らしい。暗い表情をしたチビの四人組だ。四人とも赤毛の短髪で半ズボンをはいている。一見男の子に見えた。しかし女の子だ。骨格が男とはちがう。四人はひねた笑みを浮かべている。四人そろって手をのばす。そのうちのひとりが口をひらいた。

「あたいはネーデル・ネトネット。ネトネット四姉妹の長女よ。右から次女のネブリディス。三女のネキータ。四女のネットリ。みんな十六歳。よろしく親分」

 一瞬ヨゼフがほうけた。女の子と思わなかったらしい。だがヨゼフは思い直した。とにかく頭数をそろえなければ話にならない。ヨゼフがネーデルたちに指輪をひとつずつくばる。

 ヨゼフが部下六人を引きつれた。ニックたちの前に来る。

「これで七人そろったぞ。男三人。女四人だ。どうだ文句はないだろ。人数がそろったところで決闘をもうしこむ。さあ生意気女。お前たち七人おもてへ出ろ!」

 えっ? ニックは衝撃を受けた。まさかそう来るとは。ニックはとなりに目を移す。

 ツパイは好戦的に見える。のぞむところ。そんな顔で剣のつかに手をかけた。

 ウィンダミアはニヤニヤしている。それなりに自信がありそうな顔だ。

 オメガとケイトはふるえはじめた。とてもこわい。そう全身が表現をしている。

 アリエスは眉を立てた。頭に来た。しかし決闘に勝つ自信はない。そんなゆれる目をしている。

 ニックは次にヒルダを見た。ヒルダの目は金髪のヨゼフを見ていない。ヨゼフのさらに向こうを見ていた。ニックもヒルダの視線を追う。

 天井に頭をぶつけそうな少年が船室におりて来る。見あげる長身の少年だ。ヌボーとした顔をしている。はしっこそうには見えない。とてもにぶそう。十七歳くらい。しかし半袖半ズボンから出る腕や足が筋肉だ。バカ力はありそう。ケンカをさせれば強そうだ。くるぶしに歳月を感じさせる木の足輪をしている。胸板も厚い。

 不意にヒルダが長身の少年をまねいた。

「おーい兄ちゃん。こっちこっち」

 筋肉少年がヒルダに目をとめた。こちらに足を向ける。ヨゼフたちのうしろに迫った。ヨゼフたちが左右に道をあける。

 ヒルダが自分のとなりの床を手でパンパンとたたいた。ここにすわれと。

 でくの坊にしか見えない少年がよって来た。

 ヨゼフたちがくるりと身体を回す。おぼえてろ。そんな顔でヨゼフが舌を出した。すごすごと遠ざかる。筋肉少年が脅威なようだ。決闘なんかしてはとうてい勝てないと。

 筋肉少年がすわった。ヒルダが筋肉少年のひざをたたく。

「この兄ちゃんは強そうに見えない。用心棒の役には立たないわきっと。ちなみにあたしはヒルダ・ヒルデガートじゃないのよ。あなたのお名前をあたしは知りたくないわ」

 筋肉少年が首をひねった。ヒルダのセリフが理解できない顔だ。

 アリエスが助け船を出す。

「ごめんなさいね。うちのひねくれ娘は他人をからかうのが趣味なの。あなたお名前は?」

 筋肉少年が笑った。人なつこい笑顔だ。

「わしブレーデン・フーリハン。十七歳じゃ。どうぞよろしく」

 ニックはようやくさとった。要するにヒルダは見ず知らずの少年を呼びよせたらしい。用心棒としてだ。ヒルダの機転で決闘は回避された。ツパイは決闘をしたかったらしく仏頂づらだ。しかしオメガとケイトは全身を安堵させている。ニックも決闘なんかしたくない。ここはヒルダに感謝だろう。

 そのときツパイの視線がオメガの革帽子に流れた。ニックもオメガの革帽子を見る。歳月にうすれた刻印がかすかに見えた。四輪のユリが四方に花を咲かせた紋章が。

 ツパイがハッとした。ツパイの目が次にアリエスとヒルダに飛ぶ。アリエスの革の胸あて。ヒルダの右手のコテ。両方にユリの紋章が浮かんでいる。最後にツパイの目がとまったのはウィンダミアの剣だ。ウィンダミアが斬らずの剣。オメガが役立たずのカブト。アリエスが動かずの胸あて。ヒルダが守らずのコテ。

 ツパイがニックに耳打ちをした。

「ひえー。こいつはびっくりだ。伝説の四大魔具が全部そろったぜ。こんなのってあるんだねえ」

 ニックはポケットを手で押さえた。ツパイには話してないがもうひとつの魔具をポケットに入れている。イピタスのアヒルだ。これで伝説の魔具が五つせいぞろいしたことになる。不思議な縁をニックは感じた。

 そこに船長がまたやって来た。

「そろそろ出港するぞ子どもたち。お前らにわしがとっておきの話をしてやろう。わしのひいじいさんから聞いた話でな。ミルトムントの魔法地区に城がある。その城の中に絵ばかりかざられた部屋があるそうじゃ。肖像画のひとつにとてつもない美少年が描かれておる。その絵には近づくんじゃない。吸いこまれそうに妖しい気配がしたらしい。近づくと二度とこの世に帰れんかもしれんぞ。くれぐれも美少年の絵には近づかんようにな。それとじゃ。ミルトムント島では北の砂浜以外の海に近づくでないぞ。北の砂浜以外は魔の海じゃ。地震も多い。海にのまれて死ぬぞ。漁師ですら近づかん。では出港じゃ」


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