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 第二章 貧乳剣士ツパイの山賊退治

 ニックはふたつ目の山にさしかかった。左手に広い街道がある。右は細い山道だ。陽はまだ高い。

 ラテマグナ大公国から逃げ出して以来ずっと人目のない道ばかりを来た。しかし右手の腕輪の力は人間界では無敵だという。その証拠か斬られても死ななかった。広い道を歩いてもいいんじゃないか。ニックはそう思った。左の広い街道に足を進める。

 峠の手前でうしろから馬車の音が聞こえた。商人の馬車らしい。三台がたてにつらなっている。前後の一台ずつが護衛だろう。まん中の馬車にカネ目の荷物がつまれているはず。

 ニックはわきに身をよけた。馬車に道をゆずる。馬車がニックの横を追い越した。

 三台の馬車がニックをすぎた。そのとたん崖上から覆面姿の男たちが馬車にふりそそぐ。

 御者が叫んだ。

「うわあっ! 山賊だあっ!」

 叫んだ御者が一番に蹴り落とされた。飛びうつった山賊たちが馬を停止させた。すぐに護衛たちと斬り合いがはじまった。

 ニックは迷った。逃げるべきか助けるべきか。足が前に出たりうしろに引いたりする。そのあいだも護衛たちと山賊たちの小競り合いがつづく。山賊たちのほうが優勢に見えた。

 ニックは前に足をふみ出す。どのくらい戦えるかわからない。しかしいまのままでは商人たちが全滅をしてしまう。ニックは乱闘に走り寄る。

 そのときニックの背後から声がかかった。女の子の声だ。

「いい度胸だね。感心したよボク。いまどき勇気のある男の子もいたもんだ」

 女の子がニックを追い越した。上着は肩胛骨までしかない。腰にはミニスカートだ。前に回ればおヘソが見えるはず。背中に剣を背おっている。髪の毛は黒のツインテールだった。歳は十五歳くらい。ニックと同い年に見えた。

 女の子が背中の剣をぬく。山賊たちに斬りこむ。

 それを見てニックは剣を持たないことに気づいた。あわてて斬られた護衛の剣をひろった。背中を向けていた山賊のひとりに斬りかかる。しかしニックは左手を天にかざしていない。へろへろの剣は山賊のヨロイにはじかれた。山賊がニックにふり向く。

「なんだこのガキは!」

 山賊がニックを剣でけさ斬りにした。ニックは痛い。だが血は一滴も出ない。山賊が目を丸くする。剣で山賊たちを圧倒しはじめた女の子もニックを見て口を丸めた。ほう。そんな口だ。

 へろへろのニックとちがい女の子は強い。ミニスカートからチラチラのぞく下着を気にせず山賊たちを峰打ちにかたづけて行く。すぐに山賊全員が縄でしばられた。

 土煙がおさまった。するとまん中の馬車にかくれていた商人が顔を出した。でっぷりと太った男だ。女の子を見おろした。

「おうおう。すごいすごい。助けてくれてありがとうよお嬢さん」

 女の子が商人に手を出す。商人の顔に疑問が浮く。

「なんじゃなこの手は?」

「ただで人助けをするほどボクはひまじゃない。助けてやったお礼をよこせ」

 商人がうなる。

「ううむ。そういうことか」

 商人がそろばんを持ち出した。たまをはじく。

「ではこのくらいでどうかな?」

 女の子のひたいに青すじが立った。

「おいおいおっさん。ふざけてんじゃねえぞ。商品どころか命まで助けてやってこれかよ。もっと出せ」

 商人がそろばんのたまをくわえる。

「これでは?」

 女の子がいったんおさめた剣をまたさやからぬく。

「山賊全員の縄を切る。もう一度お前たちと山賊で斬り合いをやり直せ。ボクは通りかからなかったことにする」

 商人の顔色がまっ青にかわった。

「そ。そんなあ。ではいかほどなら?」

 女の子がそろばんのたまを大量に上のせした。商人が泣き顔で女の子をうかがう。女の子が首を横にふった。だめ。まけてやるもんか。そんな顔で。

 商人の首ががっくりと落ちた。女の子がニコ。

 商人からせしめたカネを女の子が革袋につめる。

「おいおっさん。その山賊は役所に突き出しといてくれ。そいつらにかかってる懸賞金はお前のふところに入れていいぞ。それからボクのことは誰にも話すな。このあとの山賊退治にさしつかえる。わかったか?」

 商人が泣き笑いの顔でうなずく。山賊の懸賞金が入れば女の子にうばわれたぶんの穴埋めになる。そんな計算をしている顔だった。

 山賊たちをつんだ馬車が走り去った。女の子がニックに顔を向ける。

「ボクはツパイだ。ツパイ・ツパンクルバルド。きみは?」

「ニック。ニック・ニーアブ」

 ニックは女の子の全身をながめた。顔は可愛い。自分と同い年に見える。小さいが胸はちゃんとふくらんでいる。形のいいおヘソと腰のラインは女の子にまちがいない。短いスカートとツインテールがキュートだ。なのになぜボク?

 ツパイが皮肉な笑みをほほに浮かべた。

「女の子なのにあたしって言わないのはどうして。そんな顔だね。長いお話になるから説明はまた今度だ。きみはどこに行くわけニック? シバの港かい?」

 ニックは頭を切りかえた。

「ミルトムント島へ行こうと思ってるんだ」

「学園都市ミルトムントへかい。へえ。勉強をしに行くんだ。何になりたいわけ?」

 ニックはツパイに全身を見られた。足の先から頭のてっぺんまでだ。明らかに値ぶみをされている。ニックの服は粗末だ。すすけた腕輪で全身はほこりまみれ。打撲の痕もところどころ。ラテマグナ大公国の御曹司の面影はどこにもない。貧乏人のこせがれにしか見えない。ニックはにわかにはずかしくなった。

「いや。なりたい職があるんじゃないんだ」

 祖父からミルトムントがこの世界で最も安全だと聞かされた。刺客からかくれるならミルトムントしかないと。しかしおカネもない。持ち物もない。それでは船にものれないのでは? ニックの顔が不安でくもった。

「ふうん。わけありかい? ボクに話してみないか? おっと。忘れてた。これはニックの取りぶんだ」

 ツパイがカネ袋から金貨を取り出す。ニックににぎらせた。

「なんで? ぼくは役に立たなかったよ?」

「山賊の気を引く役に立ったさ。それにニックのおかげで山賊たちが目を丸くした。ボクもおどろいたけどね。斬っても死なない仲間がいる。それだけで山賊たちは動揺してたね。ま。とにかくシバの港にいそごう。のんびりしてると日が暮れちまう」

 ニックはツパイから食べ物と飲み物をわけてもらった。交換にホビットたちにもらった携帯食をツパイにさし出す。ふたりで食べながら峠をのぼった。

 峠から見おろすシバの海は青かった。ツパイが水平線を指さす。

「あの海の向こうがミルトムントだ。ところでさ。話はかわるけどそれいい腕輪だね」

 ニックはツパイの目が腕輪からはなれないのに気がついた。

「そうかい? すすけた腕輪だけど」

「そんなことない。いい腕輪だよそれ。ボクの好きだった人もよく似た腕輪をしてた。もうずっと昔に死んじゃったけどね。ボクその人のこと大好きだったんだ」

「恋人?」

「ううん。ちがう。ボクの片想い。初恋かな。えへっ。ボクの気持ちも知らないままほかの女と遠い国に行っちゃったんだ。ひでーやつだろ?」

「そ。そうだね。でもどうして初対面のぼくにそんなことを話すわけ?」

「きみの腕輪がボクを呼ぶんだもん。ボクその腕輪。気に入っちゃった」

 ニックは右手を身体のうしろに回す。腕輪をかくした。売れば大金が入る。そうボビーは言っていた。ツパイは賞金稼ぎに見える。なれなれしいのは腕輪が目あてかも。

「あげないよ。これは大事な腕輪なんだ」

「知ってる。その腕輪は持ち主をえらぶんだ。ボクの腕には通らない。きみが十九歳になるまでその腕輪はきみの手首からはなれないよきっと」

 ニックはハッとした。そんな話は誰からも聞いたことがない。

「ど。どうして? なんでツパイがそんなことを知ってるのさ?」

 ツパイが顔を赤らめた。ほほを両手で押さえる。人さし指を立てた。

「やーん。ないしょだよぉ。乙女のひ・み・つ」

 うーん。なんだかなあ。

 うまくはぐらかされた気になりつつニックはツパイとシバの港にくだった。


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