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サンドリヨンの憂鬱  作者: 藤塚咲羅
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序話 廃病院の産声



2305年 初夏



「先生! 待ってくださいよ! 先生ったら!」


カツンカツン、と靴音を鳴らして後ろから付いてくる少年がいる。

彼の名は、塔上冠(とうじょう かん)。橙色の長い髪をポニーテールにし、ゆらゆら毛先を揺らしながら自身が【先生】と慕う男性の後ろについていく。


「……どうした? 塔上」


男性はやっと塔上の方を振り向いた。


「先生! 今日こそ、俺の貸した2000円! 返してください!」


塔上は鬼気迫る表情で、師に右手を差し出した。


「………」


男性は、羽織っている白衣の内ポケットや外ポケットを無言で探り始めた。やがて、収穫が何も無いとわかると、手を合わせて、


「すまん!また今度!」


彼の名前は、灰谷硝子(はいたにしょうこ)

彼をよく知る者からは、骨粉塗れの医者(サンドリヨン)と呼ばれている。




西暦2305年、東アジアに位置する民主制国家【ニホン】では約200年前に原因不明の精神病・精神疾患が流行し、一時は精神病の有効な特効薬を開発し、大成したものの、現在では自殺者が後を絶たない自殺大国としてその名を轟かせるまでに至った。超高齢化社会、自殺、災害大国、その3つの要因が重なりニホンは減衰の一途を辿っていた。

そんな中、ニホンの裏社会で、ジワジワと勢力を伸ばしていた集団があった。

非合法組織【ファルファラ】である。

犬の散歩から、政治家の暗殺まで幅広く依頼をこなすその姿と、逆らう者には冷酷無慈悲な鉄斎を自ら下す徹底ぶりから、裏社会では、否。世界にもその名を知らしめ、富を欲しいままにしていた。

そんな【ファルファラ】全盛期を作り上げた創設者の1人、それが、塔上が補佐をする灰谷硝子。【ファルファラ】専属の闇医者であった。


「また先生にパクられた!! 何とかしてくれよ、黒河!」


と、自身が所属する【ファルファラ】の仮眠室で嘆くのは塔上冠その人である。灰谷硝子の助手だ。


「灰谷先生に貸したお金は、死ぬまで戻ってこないと思いなさい。それがこの死体処理班の鉄則よ」


塔上の言葉に辛辣に返すのは、塔上と同じ【死体処理班】に属する黒河アゲハ(くろかわ あげは)だ。亜麻色の美しい髪を巻き、薄桃色の爪紅を端正に塗っている。


「大丈夫だよ。塔上。俺も戻ってきたことないから」


そう慰めるのは、塔上や黒河と同じく【死体処理班】に属している赤城康弘(あかぎやすひろ)。水色の髪にうっすら緑色のグラデーションが掛かっている、物腰の割に派手な見た目の青年である。


「俺達は先生の金ヅルじゃねーんだぞ……? いくら俺たちが年下で無能だからって……」


「馬鹿ね。無能はあんただけよ」


塔上達の所属する死体処理班は、【ファルファラ】構成員の医療関係、埋葬関係の仕事を担っている。それ故に、専門的な知識や高度な技術を必要とされる。塔上はまだ死体処理班に入って1ヶ月。一朝一夕で即戦力になれる訳では無い。その事を理解しながらも、塔上は声を荒らげた。


「なんだとこの(アマ)!」


「あら、やる気?」


「2人ともやめろ。 いらない争いをするなと何度も言われて……」


そう、赤城が口を挟んだ時だった。


「お前らこんなとこで何やってんだ?」


当の本人がやってきた。灰谷である。


「灰谷先生!! 此奴が俺の癇に障ることばっか言ってきやがります! 殺してもいいですか!?」


「灰谷先生! やっぱりこいつ燃やしときましょう!火葬です! 火葬!」


「こら〜、いっぺんに喋るな〜。聞き取りづらい」


灰谷はやれやれ、と言ったふうに顔に手を当てた。

そして赤城と目線を合わせ、ため息をついた。


「先生、私達に何のご要件でしょうか?」


「ああ、お前らに【裏】の依頼が来てる。俺は忙しいから三人で頼むぞ」


と言って、灰谷は赤城に【資料】と称して写真付きの紙を3枚ほど手渡した。


「……承知しました」


赤城は低い声で応え、黒河と塔上は無言で頷いた。


「頼んだぞ、俺の可愛いぼんくら共」


そういって、慈しむような笑顔で彼は3人の頭をクシャッと撫でた。


拝啓 ××××××××様

あなたがこの手紙を読んでいるということは、

なにごともなく私が亡くなったということなのでしょう。

たぶん、私が貴方と決別してから十年程の月日でしょうか。

おもいだすだけで、胸が張り裂けそうな思いです。

許されざる思いだと言うことは知っていました。

さざなみのように、私の心をとかしてくれた貴方。

なもなき私に、どうか

いまこそ、あの時の御返事を。


烏百合 百恵


「烏百合百恵……より」


塔上は、書類に同封されていた手紙を読み上げた。

そして首を傾げた。


「誰だ、烏百合って」


「……第一席(ボス)の知り合いか?」


「有り得なくはないわね。あの方は顔が広い御方よ。」


「仮に第一席(ボス)の知り合いとして、果たしてそんな御大層な依頼が僕達に来るか?」


「でも、」


黒河が何か言いかけた時、移動に使っていた車がとまった。運転手は後ろの席に座る三人に目線を合わせて、目的地に到着したことを示唆した。


「ああ、ありがとう。君は先に本部へ行っていてくれ」


運転手はこくりと頷くと、無言でドアを開けた。

黒河、塔上、赤城と順番に外に出ると、そこには、山道が広がっていた。


「嘘でしょ………」


青々と緑が茂り、まだ早い蝉の鳴き声が聞こえる。

森林の中は鬱々としており、独特の雰囲気を感じた。

黒河は一気に青ざめて、山道の入口から遠のいた。


「アタシ、無理よ!二人で行ってきて!」


「今運転手(ドライバー)返した。諦めて中に進むんだな」

「そうだよ。黒河」

「あんたらはなんでそんなに平気なの!羽虫やら毛虫やらがうじゃうじゃ蠢く空間に入るなんて考えただけで無理よ!」

「お前、いつもそんなのよりよっぽどグロい奴等相手にしてんじゃねえか。大体、蛆は平気だろ」

「羽が付いてるのが嫌なのよ!気持ち悪い!」



黒河のヒステリーが治まった後、3人はようやく山の中へ入ることとなった。山の中は、暑くなり始めた外とは違い少し肌寒い涼風が通っていた。赤城が先頭となり、足場の悪い獣道を歩いていく。


「………で、ボク達が仕事する(やること)って何なのよ?」


「50年も前に取り壊されるはずだった廃病院の調査だよ。何もなければ解体して、公立の学校にする予定」

ここの市長さんからの依頼みたいだよ、赤城が付け足す。


「………さっきの物騒な手紙は?」


「この病院に関係があるってことだけ。それ以上は今回の業務には関係ない事なんだよ。きっと」


「……胸糞悪ィ。お前ら、気づいて無いわけないだろ」


一瞬、蝉の喧騒が止まった。

そして、黒河と赤城はそれぞれ目線を合わせた。


「……縦読みのことかい?」


「……………………縦読みと、あの手紙に残ってらっしゃる【残滓】についてだ」


【残滓】

残ったカス、残りカスを指す。


https://languages.oup.com/google-dictionary-jaより引用。



「態々言わなくても、アタシ達だってわかってるわよ。」


「真っ当な依頼が私達の所に来るわけないだろう」


さぁ、向こうに見えるのが例の病院だよ。


と言って、赤城は山頂に佇む不気味な洋館を指さした。

そこは先程まで暑いくらいにカンカン照りだった、真っ青な空を不可思議な暗雲が多い雨を恨み言のように垂れ流していた。ザーザー降りの雨は、その洋館が如何に奇怪な存在であるか示し、部外者にその地を踏ませんとする気概が感じられた。


「山の上は天気が変わりやすいとはいうけど、それじゃ説明できないほどの酷い雨ね」


「俺達はお呼びじゃないんだろうね。多分他の誰も」


「上等じゃねぇか。いっちょ、【祓ってやろうぜ!】」







2300年


とある青年により、上記で説明した精神疾患等は我々が長年忘れていた存在【妖】によるものであることが証明された。【妖】は、我々人間の感情、主に負の感情を増幅させ、時に彼ら自ら無辜の人々に害を及ぼす。当時一角の犯罪組織に過ぎなかった、非合法組織【ファルファラ】はそれらの対処について独自に行動することを判断。通常業務に加え、死体処理班に新たな業務【超常現象及びそれらに準ずる現象の原因究明と対処】を課した。


これは、それから5年の月日がたった物語。


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