第185話:崇めるもの
「ヒッ!」
鈍い音と共に砂浜に落ちたそれを見てキールが小さな悲鳴を上げる。
宙を舞ったもの、それは先ほどまで涙ながらに嘆願していたダンデールの首だった。
何が起きたのかわかっていないかのようにきょとんとした顔で虚空を見上げている。
首から上をなくした胴体がどさりと力なく崩れ落ちる。
辺りは水を打ったように静まり返っていた。
異様な光景にルークもただ事態を見守るばかりだった。
「愚か者が。国家に仇なす者とは貴様のことだ」
剣を血振りしながらバルバッサが吐き捨てた。
剣を鞘に納めたバルバッサがルークの方に向き直る。
いつの間にか飛竜部隊の戦士が全員バルバッサの背後に控えていた。
「な、なんだ、こいつら。一体何をしようってんだよ」
ガストンが青い顔で呟く。
「まさか、俺たちも始末しようってんじゃねえだろうな?」
張りつめた空気の中、遂にバルバッサが動いた。
やにわに片膝をつくと右手の拳を砂浜に付ける。
背後に控えていた飛竜部隊も一斉にそれに続いた。
「お見苦しいところをお見せしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。女神様」
「は?」
呆気に取られるルークたちをよそにバルバッサは頭を砂浜に擦り付けるほどに首を垂れている。
「御身に刃を向けた者にはその死をもって罪を贖わせました。たかが1人の命で贖いきれるものでないことは重々承知しておりますが、どうか怒りをお収めくださいますようお願い申し上げます」
「ど、どういうこと?」
尊大だったバルバッサの突然の豹変にアルマも目を白黒させている。
「ああっわかった!」
ここに来てようやくルークは事態を飲み込んだ。
「彼らは師匠を崇めているんだ。魔神である師匠は魔族にとっての神に等しい存在だから」
「ああ、そういうことなのね」
魔族は人間のような宗教を持たない代わりに魔神を崇拝している。
彼らにとって魔神は絶対的な存在であり、敵意を向けるなど以ての外なのだ。
「ルーク、いやサーベリー様」
バルバッサがルークに向き直った。
「あなた様が女神様と所縁があったとは露知らず、失礼な態度を取ってしまったこと、深くお詫び申し上げます。かの者と私の罪、お望みでありますれば我が命をもって贖罪とさせていただきます。どうか我らを裁定なさってくださいますようお願い申し上げます」
バルバッサはもはや頭を砂浜にこすりつけていた。
「私とあれの命で足りなければこの場にいる魔族全員の命を捧げる所存です」
「いやいやいや!そんなことできないですって!」
ルークは慌てて首を振った。
バルバッサの声の響きに嘘はなかった。
おそらくルークが首を縦に振れば本当に自らの命を絶ってしまうだろう。
下手したらここにいる魔族全員が後に続くかもしれない。
魔族にとって魔神とはそれほどに絶対的な存在なのだ。
しかしルークとしてはそんなことさせるわけにはいかなかった。
「別に気にしてないですから!今まで通りで良いですから」
「しかし我らは取り返しのつかない無礼を働いてしまいました。この罪は赦されるべきものではありません。どうか、どうか裁定なさってください」
しかしバルバッサは聞き入れようとしない。
ひたすら地面に頭をこすり続けている。
「あーもう面倒くさいなあ」
最初に切れたのはイリスだった。
苛立たしそうに舌打ちをしながらバルバッサを指さす。
「そこの赤いの、さっさと顔を上げな!頭を向けたまんまじゃ碌に話もできないっての」
「し、しかし……」
「しかしも案山子もないんだよ!あたしが上げろと言ったらさっさと上げる!」
「ははぁっ!」
バネ仕掛けのように頭を跳ね上げるバルバッサ。
常に冷徹だったその顔は今や滝のような汗で濡れている。
「それで、一体何があったってのさ。なんでこいつらがここに来てあたしらに剣を向けたのか、その説明をするのが先だろ」
「は、はい……それでは恐れながら申し上げます……」
声を震わせながらバルバッサが説明を始めた……
バルバッサによると捕まえた海賊と山賊の証言からダンデールの造反を確信するに至ったものの、すんでのところでとり逃がしてしまったらしい。
おそらくダンデールはオステン島を手中に収め、内政不干渉を理由にバルバッサの手を逃れようとしたのだろう。
「では元々ダンデールを捕まえるためにこの島に来たというわけですか」
「はっ、その通りでございます。皆々様にはダンデール討伐にご助力いただき、感謝の言葉もございません」
「その……言いにくんですけど言葉遣いを元に戻してもらっていいですか?なんだか落ち着かなくて」
深く頭を下げるバルバッサにルークが苦笑で答える。
「しかし……」
「バルバッサとやら」
イリスが口を挟む。
「ルークの言葉はあたしの言葉だと思いな。ルークがやれと言ったらその通りやったらいいんだよ」
「わ、わかりました……それでは恐れながら……」
咳払いと共にバルバッサが再び口を開いた。
「ともあれダンデールは私兵を雇って人族との軋轢を演出し、魔石取引で私腹を肥やしていたようです。おそらく最終的にはこの島の王になるつもりだったのでしょう」
「そして紛争を演出するためにはアロガス王国に協力者がいなくては成り立たない、それがあなたというわけなんですね。ウィルキンソン卿」
ルークが後ろを振り返った。
アルマに取り押さえられたオミッドが血の気の引いた顔で体を震わせる。
「わ、私は無実です!信じてください!あの男は私を嵌めようとしたんです!」
口角泡を飛ばしながら弁明を始めるオミッド。
「ほ、本当です!私は全てを知っています!奴がどうやって我々の利益をかすめ取ってきたのかを!これは魔族による窃取なのです!私はその証拠を握っている!」
「ウィルキンソン卿、あなたという人は……」
見苦しいまでに保身に走るオミッドにルークは眉間に指をあてた。
聞いているだけで頭が痛くなりそうだった。
「しょ、証言したっていい!奴の真の狙いはこの島などではなく我が南方領土なのです!私は奴の企みを探るために、こうして協力する振りを……」
「それは本当だろうな」
不意にオミッドの頭が鷲掴みにされた。
「ひいいっ!」
振り返ったオミッドが絶叫をあげる。
「では洗いざらい証言してもらおうか。言っておくが嘘が通用するとは思うなよ。俺の絶対支配の前に偽証など不可能だと思え」
不敵な笑みを浮かべたゲイルがそこにいた。
いつも読んでいただきありがとうございます!
「面白い」「もっと読んでみたい」と思われたら是非とも広告の下にある☆☆☆☆☆を★★★★★へとお願いします!
モチベーションアップにつながりますので何卒よろしくお願いします!




