第180話:イリスとゲイル
「これで終わり……?本当に、あの神獣たちはまた封印されたの?」
キールは今も信じきれないようにそびえる天蓋を見上げていた。
「大丈夫だよ、師匠が終わったと言ったら本当に終わったんだ」
ルークがその肩に手を置く。
島を揺るがしていた地震は完全におさまり、何事もなかったかのように静寂を取り戻していた。
「師匠、この封印はどのくらい持つんですか?」
「そうだねえ、即席の封印だからこのままだと300~400年程度しか持たないだろうね」
「さ、さんびゃくぅ……!?」
その言葉にキールが絶句する。
人間の寿命では推し量ることもできないスケールだ。
「まあ後で維持する方法を教えてあげるよ。1年に1回くらいメンテナンスしておけばもっと持つようになるからさ」
「それ多分昔もここの人たちに教えたことがあると思いますよ」
「そうだっけ?もうかなり前のことだから忘れちゃったな」
「なんなの、この人……いや人じゃないけど……何者なの?」
「イリスのやることはあまり気にしない方が良いわよ。私たち人間に測れるような存在じゃないから」
アルマはキールの肩に手を置くと頭を振った。
その言葉にキールは大きく目を見開いた。
目の前に存在が何者であるのか思い至ったようだ。
「……まさか、この人……じゃなくてこの方は……」
神を目の当たりにしたかのように全身をわなわなと震わせている。
当のイリスはそんなキールの視線など全く気にする様子もない。
「ま、そんなことはどうでもいいだろ。それよりも用事は片付いたんだから遊びに行かないか。久しぶりの下界なんだから色々見て回りたいんだよ」
「待て!」
ゲイルがイリスを呼び止めた。
青ざめた顔でイリスを睨み付けている。
「貴様……ルークの師匠と言っていたな。貴様は一体何者だ」
「何者ってそんなこといちいち説明してられないっての、面倒くさい。あたしはルークの師匠であり良き配偶者、それでいいだろ」
「ちょっとイリス!誰が良き配偶者だって?」
ゲイルの詰問にも全く動じないイリスにアルマが食ってかかる。
「アルマ、あんたがあたしに文句を言うわけ?2人でこんなところに来ておいて?あたしとしてはむしろそこんところをもっと詳しく聞きたいんだけどねえ」
「そ、それは……」
「ふざけるな!」」
ゲイルが苛々したように2人に割って入った。
イリスを正面から睨み付けて指を突き付ける。
「貴様がこいつを鍛え上げたのだろう!こいつがこんな短期間でここまで強くなるなど通常ではありえない!貴様はただの魔族ではあるまい!正体を明かせ!明かさぬとただではおかぬぞ!」
「へえ~、あんた面白いこと言うね」
イリスが目を細めながらゲイルに近寄っていった。
「何をどこに置かないのか説明してもらおうじゃないの」
「ぐう……」
ゲイルは先ほどの自分の言葉を早くも後悔していた。
辛うじて視線を外すことは耐えていたが既に腰から下に力が入っていかない。
ベヒーモスを相手にした方がまだマシだと思えるくらいの圧倒的な迫力をイリスから感じていた。
ゲイルはちらりとルークを見た。
(なんでこいつはこんな化け物を隣に侍らせて平気な顔をしていられるんだ……?)
イリスと名乗るこの魔族が登場してから今に至るまであらゆることがゲイルの想定を超えていた。
何故人間が単身で神獣を討伐できる?何故こんな魔族から神獣を凌駕する凄みを感じる?
俺が今までしてきたことは一体何だったんだ?俺の人生とはいったい……?
気付けばゲイルの脳裏を過去の人生が走馬灯のように回っていた。
「ちょ、師匠、お手柔らかにって言ったじゃないですか!この方は我が国の王子、王位継承者なんですよ、その辺をもう少し考慮していただかないと」
「わかってるっての、ちょっと脅かしただけじゃん。別に命を取ろうなんて思っちゃいないよ」
2人の会話に我に返った時、ゲイルは自分が地面に腰を落としていることに気付いた。
全身が水を浴びたように汗でまみれている。
「すいません、師匠は長い間僕以外の人と接触したことがないので人との距離感を掴めない所があって。僕から謝罪いたしますのでどうか許していただけませんか」
ルークが伸ばした手をぼんやり見ていたゲイルはようやく自分の状況に気付くとその手を払いのけるように立ち上がった。
「ふ、ふん、な、納得はしていないが確かに詮索は無粋というものだ。今回は大目に見てやる」
気丈に振る舞いはしているものの今も膝が笑っている。
「ありがとうございます」
ルークは一礼すると再びイリスとアルマの元に戻っていった。
「……クソッ」
ゲイルは歯を食いしばるように吐き捨てた。
ここまで惨めな気分になったのはフローラに平手打ちを食らった時以来だ。
この世に敵などいないと信じて疑わなかったかつての自分がどれだけ矮小な存在だったのか、ルークの顔を見るたびに思い知らされる。
それを消し去るにはルークを超える強さを身に着けるしかない、そう確信して命を削るような修行に身を投じてきたというのに。
イリスの存在はそんなゲイルの努力をあざ笑うかのようだった。
「あいつに追いつくにはあとどれだけ捨てる必要があるんだ……」
「はあ~、久しぶりに働いたから疲れちゃったなあ~、どっかに美味い食い物と酒でもあればいいんだけどなあ~」
イリスはそんなゲイルの苦悩などまるで気付いていないかのように泰然としている。
「そ、それはご心配なく!あなた様はこの島の救い主です。一族を挙げておもてなしをいたします」
キールがイリスの元に駆け寄っていった。
「へえ、そいつは楽しみだねえ。確かこの島はレインボーロブスターが美味かったんだよねえ。久しぶりに食べてみたいな」
「もちろんです!最高のものを取りそろえます!」
「た、大変だ!」
村へ向かおうとしたルークたち一行のところへ1人のクランケン氏族が飛び込んできた。
「ま、魔界とアロガス王国が攻めてきたぞ!」
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