第170話:キールの危機
鍵の開く音でキールは目を覚ました。
鉄格子の扉は開かれ、その前に1人の影が立っている。
「誰?」
「僕だよ」
それはエラントだった。
「キール、これが最後のお願いだ。僕に協力してくれないか?僕ら2人でこの島を救うんだ」
エラントの顔は青ざめ、血走った眼だけが薄暗い牢獄の中で光っている。
「言ってるでしょ、あんたたちの頼みは聞けないって」
異様な雰囲気のエラントに後退りながらも気丈に睨み付けるキール。
しかしエラントはにじり寄るように近づくとキールの顎を掴んだ。
「キールキールキールキール、僕は君のためを思って言っているんだよ。こんなに言っているのにわかってくれないなんて僕は悲しいよ」
「な……何を……」
「いいかい、この島には指導者が必要なんだよ。でなければ魔族や人族にいいように搾取されてしまう。それを防げるのはこの僕だけだ。そしてそれを確実なものとするためには前大族長という君の血統が欠かせないんだ。この島の為にも協力してもらえるよね?」
「ふ……ふざけ……んな!」
キールは全身の力を込めてエラントを振りほどいた。
「結局あんたはいつもそれじゃないか!あたしのためだとか言いながら自分のことばかり!そんな性根についていけるわけないだろ!……それは?」
エラントを弾き飛ばした際にその懐から落としたナイフを見てキールの顔色が変わった。
ナイフの刀身には拭き残した血糊がこびりついていたからだ。
「あんた……まさか……」
「キールキールキール、言っただろう僕らはもう後がないと」
道端に落ちた小石を拾うように何気なくナイフを拾い上げるとエラントは再びキールに近づいていった。
逃げようとするキールに体当たりをして地面に組み伏せる。
「は、離せってば!」
「本当はこんな方法使いたくなかったんだけど、君が協力してくれない以上仕方がないんだ。もう計画は動き始めている。今日中に全てを始めないと駄目なんだ」
エラントは暴れるキールに馬乗りになって押さえつけると懐から隷属薬の瓶を取り出して栓を抜いた。
「大丈夫、これを飲めば島のことも神獣のことも全て忘れて僕のことだけを見るようになる。無邪気だった子供の頃の君が帰ってくるんだ」
「ふざけんなっ誰がそんなもの……んんっ!」
抵抗もむなしくキールは強引に鼻を塞がれてしまった。
空気を求めて開いた口にどろりとした褐色の液体が垂れていく。
「大丈夫、全てを僕に任せてくれればいいんだ。君は夢を見ながら僕の花嫁を務めてくれればそれで……ぐはあっ!」
突然襲ってきた風の魔法にエラントの体が吹き飛んだ。
隷属薬の入った瓶が牢獄の壁に当たって砕け散る。
「キール!」
そこにいたのは左手から魔法を撃ちだしたルークだった。
アルマが鉄格子で出来た扉を無理やり引きはがして投げ捨てる。
「キール姉ちゃん!」
タイラがキールに抱き着いた。
「ル、ルークにアルマ……なんでここに……?」
「タイラが僕らを呼んでくれたんだ」
「タイラが……」
「キール姉ちゃん!大丈夫だった!?俺、他に助けてくれる人を知らなくて……それでルークさんたちを呼んできたんだ」
目に涙を浮かべながらタイラがキールを見上げる。
「ああ、あたしはこの通り大丈夫だよ。ありがとね、タイラ。それにルークとアルマも。今回ばかりは本当に危機一髪だったよ」
タイラの頭をなでながらキールが立ち上がる。
まだ顔は青ざめているがその目には意志の光が戻っていた。
「エラントの奴、絶対に許さない……ってエラントは?」
気が付くと壁に吹き飛んだはずのエラントの姿が消えていた。
「……まさか!?」
ハッとして首元に手をやったキールの顔が真っ青になる。
「あいつ……まさか……そんな!」
もどかしそうに叫びながら牢獄を飛び出すキール。
ルークたちは慌ててその後を追いかけた。
「キール、どうしたの?」
「エラントの奴、巫女に伝わる神具を奪っていきやがった!無理やり神獣を目覚めさせる気なんだ!」
◆
「エラントが盗っていったのは神珠の首飾りと言って神獣を鎮めるのに必要な神具なんだよ」
山道を駆け上りながらキールが説明を続ける。
「でもただ鎮めるだけじゃない、神獣を目覚めさせるのにも使えるんだ。エラントは血がついたナイフを持っていた。たぶん族長が持つもう1つの神具、神鐘を奪ってると思う。この2つがあれば神獣を目覚めさせることができるんだ」
「巫女じゃなくても可能なんだ?」
「目覚めさせるのはね、巫女の血が必要になるのは鎮める時だから。でも目覚めたら何が起こるのか誰もわからない。早くエラントを止めないと!なんだか嫌な予感がするんだ」
それはルークも同意だった。
昨年のベヒーモスとの戦い、あれの再現はごめんだ。
あの時は神殿があったからなんとかなったものの、無手で挑めばルークであっても止められるかどうか。
「あそこだ!」
キールが指さしたのは以前案内してもらった洞窟だった。
入り口を封印するように張られていた布が無残に引きちぎられている。
「遅かったか……もう中に入られてる!」
ルークたちは急いで洞窟の中に入っていった。
洞窟の中は魔石が発する光でぼんやりと光っている。
下へ下へと下っていった先は巨大な地底湖になっていた。
そしてエラントは湖畔に設えた石造りの祭壇の上に立っていた。
神珠を首にかけ、神鐘を一心不乱にたたきながら詠唱を行っている。
エラントが鳴らす神鐘の音に呼応するように神珠が光を放ち、それと共に洞窟内の魔力が高まっていく。
「エラント、馬鹿な真似は今すぐ止めるんだ!」
「無駄だよ」
ゆらりとエラントが振り返る。
その目は既に正気のものではなかった。
「既に神覚の儀式は終わった!もう誰にも止められない!」
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