第169話:用心棒ゲイル
「……チッ、貴様か。何故こんなところにいる」
ルークの姿を認めたゲイルがあからさまに顔をしかめる。
「あなたこそ、何故ここに?」
「ふん、貴様に答える義理はない、と言いたいところだがあとあと面倒くさそうだから教えてやる。南方領土の貴族連中にこいつらに手を貸すようにと頼まれただけよ」
棒切れを放り投げながらゲイルが面白くなさそうに吐き捨てる。
「そ、そうだ!この人の強さは貴様らも知っているだろう!この人がこちらについている以上貴様らに勝ち目はないぞ!」
倒れていたクランケン氏族の戦士が得意げに声を張り上げた。
その言葉を聞いてゲイルが舌打ちをする。
「チッ、なんでこの俺がこんな奴らの子守をせねばならんのだ」
「南方領土の貴族が……?」
ルークは改めて倒れているクランケン氏族の戦士に目をやった。
みな貧しい島とは思えないほどに完全武装している。
どうやらアロガス王国がクランケン氏族を支援しているというのは本当のことらしい。
「次は俺の質問に答えてもらおうか。何故貴様らがこんなところにいる、そして何をするつもりだ」
ゲイルがルークの前に立ちはだかった。
仮借ない視線がルークを見据える。
ルークはその言葉には答えず、倒れ伏しているリヴァスラ氏族の男たちに視線を向けた。
全員気絶しているだけで命に別状はないようだ。
「殺してはいないのですね」
「ふん、こんな連中をいちいち殺していては死体しか残らんからな」
「そうですか……」
ルークは安堵のため息をつくと改めてゲイルに向き直った。
「僕たちは囚われている友人を助けに来ました。お願いします、ここを通していただくわけにはいかないでしょうか」
「断る。不本意であろうと約束した以上それを違えるのは俺の流儀に反する」
にべもなく答えるゲイル。
「そうですか、それならば仕方ありませんね」
「力尽くで通ろうというのなら応えてやるぞ。こちらも修行の成果を確かめたいと思っていたところだ」
ゲイルが落ちていた剣を拾い上げた。
その全身から殺気が迸る。
ガストンが思わず一歩退くほどの迫力だ。
しかしルークは涼しい顔でその殺気を流した。
「いえ、そのつもりはありません。むしろゲイル殿下に協力していただきたいことがあるのです」
「……どういうことだ?」
「実は……僕たちはフローラ様からの密命を持ってこの島に来たのです」
ゲイルの眼が興味を持ったことを確認してからルークは話を続けた。
前から気付いていたがどうやらゲイルはフローラが絡んでくるといつもの尊大な態度が鳴りを潜めるらしい。
フローラに言われてこの島に来たわけではないが嘘は言っていないし、ルークはゲイルの複雑な心理を利用させてもらうことにした。
「今現在南方領土と魔界のバーランジー領は臨戦状態にありますが、これは仕組まれた状況である可能性があります。僕らはフローラ様に南方領土の調査を依頼されていて、その証拠をつかんだところなんです」
ルークはそう言うとクランケン氏族の戦士が使っていた剣を拾い上げた。
「彼らの武装は魔界のものとアロガス王国のものが混ざっています。そしてこれは敵対しているリヴァスラ氏族も一緒なのです。ガストン、持っている剣を貸してもらえるかな」
「お、おう」
ルークはガストンから受け取った剣をゲイルに渡した。
「これはどちらもアロガス王国で作られたものです。しかし防具は魔界のものです」
ガストンたちに出会った時からリヴァスラ氏族の武装が山賊たちと同じものであることは気付いていた。
そしてクランケン氏族の武装を見た時にルークの疑惑は確信に変わった。
「つまり、こいつらを手引きしている連中が裏で手を組んでいる、そう言いたいのか」
言葉の意味を汲み取ったゲイルが片眉を吊り上げる。
「この島だけではありません、魔界を根城にアロガス王国を荒らしまわっていた山賊も同じ武装をしていました。これは単純にこの島の利権争いだけで収まらない可能性があります。そしてキール、捕まっている娘のことですが彼女はその陰謀を抑えるのに必要不可欠な存在なのです」
これも嘘ではない。
キールならばクランケン氏族とアロガス王国の繋がりについても知っているはずだ。
「お願いします、これは南方領土の治安の為でもあるのです。僕らを行かせてください」
ルークは再び頭を下げた。
これで駄目なら強行突破するしかないかもしれない。
しかしゲイルは強敵であり、しかもこの島に来て更に強くなっているのは間違いない。
戦えばルークと言えども無事で済む保証はどこにもなかった。
頭を下げるルークに向かってゲイルが口を開いた。
「貴様の言い分は分かった。貴様は癪に障る奴だがその力は本物だ、おそらく言っていることも嘘ではないのだろう」
「それでは……?」
「だが駄目だな。俺の仕事はここを通るものを防ぐことだ。それを怠るわけにはいかない」
しかしゲイルの答えは変わらない。
(やはり駄目か……)
そう思いかけた時、ゲイルが言葉を続けてきた。
「だが俺が言われたのはクランケン氏族を止めることだけだ。それ以外の人間を止める義理立てはない」
ゲイルの意外な言葉にルークは目を丸くした。
まさかあのゲイルが譲歩するようなことを口にするなんて。
「い……いいんですか?」
「くどい!そのキールとやらを救いたければ勝手にしろ。俺には関係のない話だ」
「キ……キッドさん!それはあんまりでは。ここは誰も通すなという話のはず」
慌てたのはクランケン氏族の戦士たちだ。
「知らんな、俺が言われたのはクランケン氏族の連中が来たら止めろということだけだ。それ以外のことは勝手にしろ。だが忠告しておくがこいつは貴様らに止められる玉ではないぞ」
「そ……そんな……」
「それではお言葉に甘えて失礼します」
ルークはアルマとタイラを引き連れてゲイルの横を通り過ぎた。
「待て」
その後に通り抜けようとしたガストンをゲイルが引き止める。
「貴様はリヴァスラ氏族だろう。貴様は通すわけにはいかん」
「ガストン……」
「ルークさん、俺に構わず言ってくれ」
ガストンが剣を抜きながら答える。
「こいつを倒したらすぐに追いかけるからよ」
ルークはゲイルに目をむけた。
「ゲイル殿下、どうか彼を殺さないようにお願いします」
「ふ、いい加減手ごたえのない奴ばかりで飽きていたところだ。少しは楽しませてくれるんだろうな」
ゲイルが地面に放り投げた棒切れを拾い上げる。
「うおおおおおおっ!」
ガストンの咆哮を背にルークたちは森の奥へと走っていった。
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