第162話:戻ってきた日常
「オミッドさんて貴族の中じゃ割と良い人だと思ってたんだけど、なんか様子が変じゃない?」
「さあ……戦の準備で神経が昂っていたのかもいたのかもしれないね。とにかく魔界に攻め込むのを思いとどまってくれたようで良かったよ」
不思議そうな顔でオミッドを見送るキールにルークが肩をすくめる。
キールは去っていくオミッドの背中を見ながら可笑しそうに含み笑いをした。
「でも攫われたと思っていたあたしたちが実は魔界で山賊討伐をしてたなんて知ったらきっと驚くだろうね」
「そのことなんだけど、今はまだ誰にも言わないで欲しいんだ」
ルークは辺りを窺いながら声を潜めた。
「僕らがバーランジー卿の手助けをしていたことに良い顔をしない人もいると思うんだ。それにバーランジー卿にも言ったけどこの国にも山賊に手を貸してるものがいる可能性が高い。だから僕らの行動をあまり知られたくないんだ」
「わかった。島に戻ってもだれにも何も言わないよ」
キールが頷く。
「そういえばあたしはもう島に帰らなくちゃいけないけど、ルークたちはこれからどうするの?」
「僕らもそろそろ帰らないと駄目だろうね。本当はもう少しいたいところだけど結構長居しちゃったし、フローラ様に報告もしないと」
「……そっか、寂しくなるね」
キールの口調には離愁の響きが混ざっている。
それはルークも同じだった。
1週間程度の付き合いではあったがキールとはまるで数年来の友人のような気やすさを覚えていた。
そしてそれはアルマも同様らしく励ますようにキールに話しかけていた。
「でも必ずまた戻ってくるから。その時はキールにも会いに行くわ」
アルマの言葉に目元をこすりながらキールが笑顔を作る。
「……そう、だよね!別にこれで会えなくなるってわけじゃないもんね!」
「そうよ!ここは地上の楽園イアムでしょ?何度だって来たいと思ってるんだから!」
「だよね!よーし、それじゃあ今度2人が来る時にはもっと誇れるような島にしておかないと!今みたいにいつ爆発してもおかしくない状態じゃ胸を張って案内できないしね!そうとなったらこうしちゃいられないよ!早く島に帰らないと」
言うなりキールが走り出した。
「もう帰っちゃうの?最後に食事とか……」
「湿っぽいのは嫌いなんだ!約束するよ、今度来た時はあっと驚くような島にして見せるから!それじゃあまたね!」
手を振りながらキールは港に向かって走り去っていった。
「……行っちゃったね」
その姿が見えなくなるまで手を振っていたアルマが寂しそうに息を漏らす。
「短い間だったけど別れるのはやっぱり寂しいね」
ルークがアルマの肩に手を置く。
「また来ようよ。それで今度は何のしがらみもなくのんびり過ごそう」
「きっとね」
2人は夕日の沈む水平線をいつまでも見ていた。
◆
「これで最後かな」
旅行の荷物を竜車に積むとルークは額の汗をぬぐった。
キールと別れて5日、2人はイアムに別れを告げようとしていた。
「結局キールは来なかったね」
名残惜しそうにアルマが呟く。
「しょうがないよ、キールも島のことで忙しいんだと思う」
あれからキールは一度も2人の前に現れなかった。
噂によるとオステン島2氏族の溝は深まるばかりでもはや収拾がつかなくなっているらしい。
商いをしようにも敵対する氏族の妨害が入ってしまい、島に近づくこともできないという話だった。
そしてこれはルーク、というよりはアロガス王国にとっても無関係ではなかった。
「本当に戦争になっちゃうのかな……」
通りを見ながらアルマが不安そうに呟く。
今2人の目の前には戦争のための物資を運ぶ荷車がひっきりなしに往復していた。
「それだけは止めなくちゃいけない。そのためにも早く帰らないと」
ルークは厳しい顔で竜車に乗り込んだ。
オミッドの魔界侵攻は一旦止めることができたがそれで事態は解決したというわけではなく、今もなおイアムには大勢の兵士が滞在している。
それどころか街の緊張は増す一方だった。
今イアムの街はオミッドがオステン島に兵士を送るのではないかという噂でもちきりだった。
親魔族派であるリヴァスラ氏族が魔界に援助を求めたというのだ。
クランケン氏族と友好関係にあるオミッドがそれに対抗するために兵士を送るという噂は野火のようにイアナットの街の中に広まっていた。
事の真偽を尋ねようと何度もオミッドに面会を求めたルークだったが南方領土の政治は監督官に一任されているの一点張りで取り付く島がなかった。
「この件はフローラ様も既に知っていてこちらに向かっていると言っていた。上手くいけば途中で落ち合えるかもしれない。なんとかこの事態を収拾しないと……」
「おい、勝手に入ってくるんじゃあない!」
ルークの言葉は門兵の怒鳴り声にかき消された。
「お願いだよ!ここにルークって人がいるはずなんだ!少しでいいから会わせておくれよ!」
続いて子供の悲痛な声が響いてきた。
「あの声は……?」
竜車から顔をのぞかせると門の前で1人の少年が門兵に何かを訴えていた。
まるで今さっき海から上がってきたかのようにずぶ濡れだ。
そしてルークはその少年の姿と声に見覚えがあった。
「いい加減にしろ!ここは貴様らのようなオステン島の平民が来ていい場所じゃないんだ!さっさと消えないと後悔するぞ!」
門兵が槍の石突を振り上げる。
「待ってください!」
それを止めたのはルークだった。
「その子は僕に用があるみたいです。君は……確かクランケン氏族の……」
それはルークがオステン島で出会った少年だった。
キールはその少年のことをタイラと呼んでいた。
「ルークさん!」
タイラがルークの足に縋りついてきた。
「キール姉ちゃん……キール姉ちゃんを助けて欲しいんだ!」
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