第149話:ゲイルの師匠
口をあんぐりと開けたアルマが老人の前に飛び出す。
「し、失礼ながらお尋ねしますが、あなたはサイフォス・スパーサ様ではありませんか?」
「娘さん、まだお若いのに懐かしい名前を知っておるのう」
アルマに名前を呼ばれた老人が懐かしそうに皺だらけの目尻を下げる。
その名前を聞いてルークもアルマと同じように仰天していた。
サイフォス・スパーサ、剣神の二つ名を持つ大陸最強と呼ばれた剣豪の名前だ。
ただ1人で一個大隊に匹敵する戦力となる、ドラゴンの首を一太刀で両断した、魔人をただの剣で切り伏せた等々その戦績はもはや寓話の域にまで達している。
そんな老人がなぜこんな島に……?
アルマはガチガチに緊張しながらサイフォスに話し続けている。
「は、魔法騎士養成学園で一度だけお会いしたことがあります。あの時に拝覧しましたスパーサ様の剣技は今も頭に焼き付いております!」
「ほ、嬢ちゃんも魔法騎士なのかえ!人は見かけにはよらんのう」
にこにこと笑いながら話すその姿は傍から見れば久しぶりに出会って会話に興じる老人とその孫娘のように映るかもしれない。
しかしそれがただの印象でしかないことをルークはよくわかっていた。
アルマとの会話に花を咲かせているように見えてサイフォスには一分の隙も無い。
こうしている間にも少し目を離しただけで自分の体が両断されてしまうような圧を感じる。
知らず知らずのうちにルークの背中にはびっしりと汗が浮かんでいた。
「あの……」
ようやくルークは声を振り絞った。
「ぼ、僕はルーク・サーベリーと言います。スパーサ卿の偉業は僕もたびたび耳にしてきました。お会いできて光栄です」
「ほっほっほ、卿などとは言わんでくれ。騎士の称号はとうに返上したでの。今はただの釣りが生きがいの老人じゃよ」
サイフォスはカラカラと笑うと釣り竿を振って見せた。
その糸の先には大きな魚が掛かっていた。
「やはりここは潮の流れが良いようじゃの」
「そ、それで、スパーサ卿……さん、あなたのような方がどうしてこの島へ?ここにいるゲイル……キッドさんとはいったいどういう関係が……?」
「老体に大陸の冬は堪えるでの、南の島で隠居生活というわけじゃよ。誰気兼ねなく釣りをしながら一生を終えようと思うておったのじゃが、半年ほど前からどこから聞きつけてきたのかこの小僧が勝手に乗り込んできおったのじゃよ。まったく、老人の静かな生活を乱されて迷惑しておるよ。まあ暇つぶしにはなっとるがの」
「ふん、俺だって誰が好き好んでこんな偏屈爺のところに来るものかよ。この爺の技を手に入れたらこんなところさっさと出て行ってやる」
憮然とした態度でゲイルが吐き捨てる。
「そうしてくれると儂としてもありがたいんじゃがのう。このままでは儂が寿命で死ぬ方が早そうじゃて」
「ふざけるな!この俺に貴様ほどの才能がないと言うつもりか!」
「はて、そう聞こえたかのう。儂はもう長くないと言ったつもりなんじゃが。ゴホゴホ」
「この……クソ爺が」
ギリギリと歯ぎしりをするゲイルをサイフォスは涼しい顔で流している。
「ねえ……なんかゲイル殿下、前と感じが違ってない?」
アルマがこそこそとルークに耳打ちをしてきた。
ルークもそのことには気付いていた。
以前は糸に吊るされた抜身の刀のような、うっかり触れると斬りかかられるような危うさがあったが今のゲイルにはその険が消えている。
もちろん傲慢さはそのままなのだが、その表情や立ち居振る舞いにはどこか余裕があるような印象を受ける。
王子という重圧から逃れたからなのだろうか。
それとも……
「じ、爺さん、あんたからも言ってやってくれねえか!」
突然ガストンが転び出るように間に割って入ってきた。
「あんたこのキッドさんの師匠なんだろ?だったら俺たちを助けてくれるように掛け合ってくれよ。クランケン氏族の奴らが島の実権を握ったらこの島はおしまいだぜ。そうなったら爺さん、あんただって困るはずだぜ」
「よくもそんなことを。あんたらが島の権力を握ったらそれこそこの島の終わりだっての」
人目も憚らず滔々と自分の都合を述べるガストンにキールはあきれ顔でため息をついている。
「ふむ……何やら困っておるようじゃの」
髭をしごきながら顔をしかめるサイフォス。
「しかしお断りじゃ。儂はそういった権力争いに首を突っ込む気はないんじゃよ。申し訳ないがそういったことはよそでやってくれんかの」
「そ、そんな……」
「まあそんな顔をするでない。儂はどちらにつくこともせん、それは約束しよう」
愕然とするガストンの肩に手を置くとサイフォスはゆるりと前に出た。
「この島の問題はこの島に住む者の問題じゃ。我々よそ者が首を突っ込むべきではないと思うのじゃよ。さて、魚も釣れたことだし帰るとするかね」
サイフォスの言葉にゲイルが続く。
「フローラには俺がここにいることを言うなよ」
すれ違いざまにゲイルが口を開いた。
(おそらくフローラ様はゲイル殿下がここにいることを知っていると思いますよ)
ルークは口から出かかった言葉をどうにか引っ込めた。
ここに来る際もフローラはゲイルがここにいることを言わなかった。
しかし裏を返せばその時からゲイルは城にいなかったわけで、そのことを話題にしなかったということは状況を把握していた可能性が高い。
「俺はまだここから帰らん。あの爺から手に入れるものがあるからな。それよりも貴様のことだ、どうせまた正義感から首を突っ込んできたのだろうが中途半端に手を出すくらいなら最初から出すな。出なければ手を差し伸べてきた者が貴様に刃を向けるようになるぞ」
ゲイルはそれだけ言うとサイフォスの後に続いて去っていった。
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