第148話:ゲイル・アロガス
「僕に?」
ルークは素っ頓狂な声を上げた。
「何がおかしい」
ふてくされたような声を上げるゲイル王子。
「い、いや……なんで僕に?」
「決まっているだろ、貴様が俺に勝ったからだ」
苦虫をかみつぶしたような顔でゲイル王子が答える。
「貴様は俺が倒せなかったベヒーモスを倒した。悔しいが貴様の力は俺よりも上だ」
「いや……あれは僕だけの力では……」
「だが俺がお前より弱いというのは認めん、それだけは絶対に認められん!」
ルークの言葉を遮って吠えるとゲイルは再び背中を向けた。
「だからこうしてこの島に修行に来ているんだ。わかったらさっさとここから消えろ。貴様の顔を見ているだけで虫唾が走る」
「ゲイル殿下が修行を……」
ルークはあっけに取られてその背中を見ていた。
傲岸不遜を人の形にしたようなゲイルがそんなことを……
しかしそこで1つ気になることがあった。
「それにしても何故この島で修行を……?」
自信過剰とはいえゲイルの実力は本物だ。
そんな彼が修行をする場所としてここを選んだのには何かわけがあるのだろうか?
「……」
ゲイルは答えようとしない。
その背中にはっきりとした拒絶が浮かんでいる。
「……ともあれ子供たちを救ってくれたことに感謝いたします。ありがとうございました」
ゲイルに向かって一礼すると子供たちの方へと向きなおろうとしたその時……
「おお、いたいた、こんなところにいたんですか。まったく探しましたぜ」
磯の向こうから声が聞こえてきた。
「ガストン!?」
キールが目を見張る。
「な、て、てめえ、キール!……ま、まさかてめえらもそこのキッドさんに目をつけてたのかよ!」
同じように驚いていてキールを見ていたガストンはやがて猜疑心に満ちた声で怒鳴り始めた。
「キッドさん?この人はゲイル……」
「アルマ、今はその名前を出すのはまずいかも」
不思議そうな顔をするアルマの口をルークが手でふさぐ。
「この方はキッドさんというんですか」
「……」
「おおよ!この方は半年前からこの島の山奥に住んでる変人の爺さんのところに住んでいらしてな、このお方こそ俺たちの用心棒様よ!言っとくが先に目を付けたのは俺たちだからな!てめえらは口出しすんじゃねえぞ!」
ゲイルは何も答えようとしないがガストンが得意げに話し始めた。
「この方は凄えんだぜ!1週間ほど前だったか、俺たちの仲間が山でトロルに襲われたときに棒切れ1本で真っ二つにしちまったんだ!半端ねえ強さだ!てめえらのその用心棒がどれだけ強えか知らねえけどよ、この方には敵いっこねえぜ!」
「…………」
ゲイルはこちらを向こうとしない。
「どうしたんすか、キッドさん。さっさとあいつらをとっちめてくださいよ」
「黙れ」
ゲイルが一言で切って捨てる。
「誰が貴様らの用心棒をやると言った。たしかに貴様らの村を襲った魔獣の1体や2体切り捨てたことはあるがそれくらいで調子に乗るな」
「そ、そんな~俺らあんたのことを当てにしてたんだぜ。頼みますよ、ちょっとだけでいいですから」
「知るか。こんな小島の内情など俺の知ったことではないわ。貴様らの問題なら貴様ら自身で何とかしろ」
情けない顔で食い下がるガストンだったがゲイルは取り付く島もない。
「ルーク、あの人と知り合いなの?」
「いや……まあ……知り合いというかなんというか……」
不思議そうな顔をするキールだったがまさかあの人はアロガス王国の王子様ですというわけにもいかず、愛想笑いでごまかすしかないルークだった。
「おーい、小僧ちょっとは釣れたかえ。潮の加減ではここいらが釣れるはずなんじゃが」
崖の陰から声が聞こえてくる声に振り返ると1人の老人が近づいてくるところだった。
枯れ木のような老人だったが足場の悪い磯をまるで散歩でもするかのように軽々と渡ってくる。
ルークにとって何よりも驚異だったのはその体幹のぶれなさだった。
人は歩く際に体を左右に揺するものだがその老人には全くそれがない。
そのせいで動きが読みづらく、ふと目を離した瞬間に数メートル移動しているような錯覚を覚える。
そしてその泰然とした佇まいは今のゲイルによく似ていた。
いや、ゲイルがこの老人を模倣しているのだろう。
(間違いない、この老人がゲイル王子の師匠だ)
ルークは即座に直感した。
老人の姿を見てゲイルが舌打ちをする。
「……チッ、邪魔が入ったせいで全然釣れねえよ」
「なんじゃい、それでは今日も干物か干し肉ではないか。この哀れな老人にジューシーな肉を食わせることもできんとは、とんだ恩知らずな弟子じゃのう」
「うるせえよ、そんなに肉が食いたきゃそこらに転がってる化け物でも食っとけ」
「やれやれ、まさか釣りまで指導せねばならんとはのう。どれ、少しお手本を見せてやるわい」
地面に転がる潮豚猿の亡骸にも全く動じることなくその老人はゲイルの横で釣り糸を垂らしはじめた。
ゲイルに対しても全く臆するところがない。
「あの……」
「サ……」
「さ?」
挨拶をしようと一歩踏み出そうとしたルークは横にいるアルマが目を丸くしていることに気付いた。
アルマの口がわなわなと震え、やがて絞り出すように声が飛び出した。
「サ、サイフォス・スパーサ様ぁ!?」
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