平和な世界で上に5人もいるんだから、俺が王様になる訳ないだろと余裕ぶっこいていたら、平民娘のやらかしで即位が目の前です。
何を言われたか分からず、たっぷり5秒は意識を飛ばしていたと思う。
言った側も苦渋に満ちた顔をしている、いやそうだろうけども。
「え? 今継承権1位になったって言った?」
「はい、並びに即位が決まりました」
「・・・は?」
思わず口から出た言葉、その返答はさらに俺を混乱させた。
目の前に居るのは従者エビテロ、甲殻類を彷彿とさせる名前ながら見た目はどう見ても黒豹辺りのイケメン擬人化である。
いやこの際イケメンなのはどうでもいい、俺もイケメンではあるし。
ついでに言っておくと俺は異世界転生者である、話に全く関係ないが。
前世で良く見たし聞いたけど、あるとは思わなかった異世界転生に気付いた時にはちょっと興奮したが、そこそこ繁栄している王国の王子だと分かった時には軽く絶望した。
だって王制やってるレベルの文化で王子様って絶対楽じゃないじゃん、お飾り止まりならまだ分かるけどそうじゃないのって絶対ヤベー奴じゃん。
だが問題は無かった、何故なら王制の理由が魔法に関わっていたから。
魔法、科学的アプローチを諦めた世界が良く分からん事象をそう扱っていた訳ではなく、ファンタジー世界によくあるガチの奴である。
この世界の人々は困った事があれば魔法で解決していた。前世にも魔法があればそうしてただろうから、科学が発展してない事についてとやかく言うつもりは無い。
魔力の無い人間は居ないが強弱はあった、強い奴は尊敬されるし頼りにもされるし当然上に立つ事にもなる。
そして魔力の強さは遺伝する。突然変異的に強く生まれる奴や、逆に弱く生まれる奴もいたが、基本的には遺伝する。
強い者同士での婚姻と子孫の繁栄が望まれれば、当然格差が生まれる訳で。
王家及び貴族とはその国における強者である、論ずるまでもなく強者は富と美形も求めた。
なので王侯貴族とは男女問わず美形かつ強者が基本である。
王子の従者が貴族でない訳も無いので、エビテロと俺がイケメンかつ強者なのも当然であるのだ。
なお肌の色については重視されない、白から黄を挟んで黒まで万遍なくいるし、遺伝しないので不倫しほ、話が逸れた。
王子として生まれた俺だが一番最初に正妃から生まれた訳ではなく、王子として4番目かつ側室の子。
なので継承権は6位、これは血生臭い政争が絶無であるうちの国からすると、滅亡一歩手前くらいまでいかないと王になれない位置となる。
いやだって未だに夕食は王族揃ってを真面目にやってるくらいの仲の良さなのだ、わざわざ王子に個別の派閥を持つ事を王権で禁じるくらい喧嘩を怖がってる国である。
そして継承権こそ6位ではあるが、下に3人いる弟達を差し置いて王になる事は別の理由で無いハズだった。
そう、これはかつて血生臭い政争が当たり前だった歴代の王が無い知恵絞って考えた政策の1つ。
王になれなかった王子達は好きな道を選んで良くて、しかも王家はそれを全力で支援する、という最初聞いた時はバkゲフンゲフン、素晴らしい政策によって。
俺は18歳になると同時に王子という立場を返し、一市民として冒険者となる事が決まっていた。
あっさり認められたのは、貴族という強者から冒険者という名の魔物ハンターになる奴は、平民からも貴族からも王家からも歓迎すべき人材だからである。
魔法のある世界なので当然魔物もいる、魔王はいないようだが。
王侯貴族の祖で魔物狩ってない奴とかいないのもある。
ただ貴族は貴族で忙しいので、年がら年中世界を回って魔物ぶっ殺してる奴は少ない。
やれとは言えないけどやってくれるなら諸手を挙げて歓迎するよって事だ。
だから継承権6位とはいえ、普通に考えて王位を回すなら貴族として残る弟達になるだろうと思っていた。
というか上に5人もいるのだ。一番上以外は王になれると思ってはいなかったとはいえ、俺のとこまで話がくるのもおかしい。
(何で?)
(話せば長い)
目で語る俺の疑問を正しく受け止め、長すぎて説明したくないんだけど説明しなきゃいけないなぁ、と考えてるのが丸分かりなエビテロ。
これは長い一日になりそうだと暮れる夕日を横目に見ながら、俺は心の中で溜息を吐くのであった。
事の始まりは王国にある貴族達の学園で起きた。
継承権5位以下の王子達は全て側室の子であり、王として教育する必要も少ない事から、全て留学させられている。
継承権4位以上の王子達は全て正妃の子であり、万が一を考えて全員を王国内の学園に通わせて王族として教育していた。
実際、継承権上位の王子を王国内の学園に通わせるのは習いではあった。今回の一件で変わる事になりそうだとエビテロは言っているが。
今までに問題は無く、今回も問題は起きず、今後も問題無いと思われてたそれが問題になったのは、1人の平民の娘が原因だった。
突然変異、例外、イレギュラー。
魔力の弱い平民の中から生まれる強者、それ自体は珍しいがいない訳では無く、当然どう扱うかも決まっていた。
そう、教育して魔物ハンターとして頑張って頂くのである。無論平身低頭のお願いをした上でだ。
戦えなくなったら領地をプレゼントして貴族にする、先払いにすると問題が起きた事があったので後払いのみだ。
断られる事も当然ある、仕方ないね、戦力据え置きで今いる人達に頑張ってもらおう。
国を問わずこの扱いが普通である、何故か? 突然変異系の強者はその力も変わってる事が多いから。
無理強いをした結果、反発されて敵対、無事反逆者は殺せたものの騎士団が喰らった被害も多く、そのまま魔物災害で後手に回って滅亡。
そんな馬鹿な話が探せば転がってる程度には過去にあったのだ。
敵対するのは純度100%で殺しにくる、此方を餌としか思っていない魔物だけで充分である。
その平民の娘は消極的な協力を選んだ、想い人と小さな店をやる夢を諦めるつもりは無いが、魔物に襲われてる人を見捨てるつもりも無いと。
遠出はしないが近場の魔物は倒してくれるという訳だ、恐々と話を持っていった役人もこれにはニッコリ。
さて、消極的な協力、とはいえ、戦う術を知らないのは論外である、訓練は必要だ。
何らかの理由で積極的に戦う事になる可能性もある、そうなった場合、恩賞として領地を渡すのに否とはならない。
人生何があるのか分からんので道を広げとくに越した事は無いと、身分問わず力のある人間は学園で貴族と共に教育を受けるのを推奨していた。
平民とはいえ貴族に叙される未来もある、勉強は必要だと説得された娘が、想い人と離れて学園へ行くのを了承したのは褒められる決断であったと言える。
娘の将来は広がり、国は戦力を手に入れました、めでたしめでたし。
とはいかなかった、困った事に問題が起きてしまったのだ。
その平民の娘は美しかった、魔力が強いだけでは無く見目も麗しい平民というのは中々珍しい事ではある。
女神もかくやという娘に第一王子が、継承権1位が真っ先に陥落した。
最もこれ自体に問題は無かった。
派閥を持てず、政争も無い国とはいえ、そこは王族。国内に留まる正妃の王子達には婚約者の1人や2人は居る。
いや正確には婚約という形になっているのは常に1人だけだが、妾や側室候補を確保してる王子は多い。
だがこの世界は良くあるガッチガチな貴族主義は無く、王族が冒険者の道を選んでも暖かく認めてもらえる世界である。
最初に警戒していた俺が馬鹿に見えるほど、ほんわかしている世界なのだ。
当然婚約者とは想い合った2人となる、いや本当にマジで。
ガッツリ恋人とは言わないが、気が合わない者同士を婚約させるほど政治が絡む事は無い。
そのうえ側室や妾の扱いは非常に良い、実質奥さんレベルである、いやだって魔力強い奴には子供作ってもらいたいし、ハーレムなんかは本当に推奨されてる。
なので新しい側室候補となった娘に即落ちしようが本気で惚れようが、婚約者や側室候補はあらあらうふふといった風情で見てたらしい。
平民だからといって馬鹿にする奴はいない、何故ならこの世界における権力とは魔力に等しい。
公爵だから偉いのではない、公爵になれるくらい当主が強く、または強かったから偉いのだ。
平民を馬鹿にする奴はいる、それはいる。だが学園に通えるくらい強い奴を馬鹿にする奴はいない、それだけだった。
さて困ったのは娘である、何せ想い人がいるとは言っても、両想いなのは自他ともに認めざるを得ないレベルであった。
認めない者がいるとすれば鈍感通りこして嫌味かと思うほど鈍い想い人だけである、両家両親はもとより、親類友人はおろか顔見知りですら全員分かっている。
貴族だったら婚約どころか結婚直前レベルだった。
しかも平民は一夫一妻が常識である、仲睦まじい婚約者が居りながら自分にアプローチを掛けてくる第一王子に戸惑うのは無理も無かった。
幸か不幸か娘は優秀だった、学園で出来た友人達から今の自分が置かれた状況を客観的に聞いて判断しようと考える程度には。
惜しむらくは娘は警戒しすぎた、貴族として一般的にどう思うか、という聞き方ではなく、自分についての相談という形であれば、結果は変わっていただろう。
いくら側室や妾が認められているとはいえ、婚約者がいる人間に粉を掛けるような奴は男女及び貴賤問わず鉄拳制裁を喰らっても援護する奴は皆無。
学園で出来た友人達からそんな話を聞いた娘は激怒した。
婚約者という概念が平民に無いとはいえ、結婚直前まで外堀が埋まっている恋人がいる人間にアプローチするのはおかしいだろうと。
平民だからといって馬鹿にされているのかと。
もし娘が自分の話だとして相談していたら、流石に惚れてるとはいえ想い合う人がいると公言してる娘に王子ともあろう人間がアプローチするのはおかしいという話になっただろう。
そう、第一王子もそこまで恋に狂っていた訳ではない、王となるべくしてきちんと教育を受けた彼に落ち度は無かったのだ。
ちゃんと確認していた、想い人本人に。
悪いのは結婚直前まで外堀が埋まってる癖に全く気付かず、親しい関係か問いかけにきた第一王子の使いに
「いや僕達はそんな関係じゃないです、ただの幼馴染です」
と言い放った想い人の方だろう、照れてたのか本気だったのか知らんが、後から考えてもコイツが一番悪い。
平民娘の片想いであれば、アプローチ自体に問題は無い。だって付き合ってすらいないのだから。
貴族的に考えても「王子様素敵ー」と言ってる令嬢を口説いてるようなもんである。
ガチ恋なので迷惑です、と言われればそれはそうかもしれないが、人として如何なものかとまで言われるほどの事でもないだろう。
そもそも第一王子のアプローチも極めて常識的なものであった、これに関して非難の声が上がった事はない。
さて、鉄拳制裁を喰らっても擁護する奴は皆無、という話に間違いは無い、無いが、実際に鉄拳制裁した奴が居た訳ではない、比喩的表現という奴だ。
今までにも居なかったし、これからも居ない筈だった、居ないハズだったのだ常識的に考えて。
平民の娘は平民の常識は知っていたが、貴族の常識を知らなかったので、比喩的表現を直喩だと勘違いしてしまった。
そこは平民の常識のラインで考えて欲しかったし、そもそも貴族の常識にだって物理攻撃をぶちかます奴は想定されていない。
結果として第一王子は鉄拳制裁を喰らう羽目になった、マジで惚れてる女神にである。
もう一度言おう、マジで惚れてる女神に鉄拳制裁を喰らったのである。
だが第一王子が女神だと思っていようと、魔力があって見目麗しいといえど、未だ何の実績も後ろ盾も無い平民の娘が、未来の国王に鉄拳制裁をしたのである。
大問題であった。
これに関しては擁護出来ないやらかしである、平民娘の唯一にして最大のやらかしと言っていい。
しかも喰らった側は喰らった理由が分からないのである、何が問題って理由を聞かされても理解出来ないところだろう。
片想い中の女の子を口説いたら人でなしとブン殴られた訳である、理由を聞いたら片想い中の女の子を口説くなんて人でなしと言われた訳だ。
第一王子は混乱した。
混乱しながらも、鬼女のように激怒していても娘は可愛いなぁとか思ってたらしいが、待ってその情報いる?
とにかく第一王子としては娘に惚れていたし、そもそも怒りの感情を前世に置いてきたか疑うレベルの聖人である。
なので怒り返すような真似はせず、落ち着いて話そうと試みた。
だが娘は聞く耳を持たず、そのまま学園を離れてしまった。
これには色んな人間が大変困ってしまう事態となった。
いくらほんわかふわふわな世界とはいえ、次期王様を殴り飛ばして不問に処される訳がない。
とはいえ殴られた当人としてはむしろご褒美だったらしいし、何か気に障る事をして怒らせてしまった自分も悪いだろうとも思ってる。
だが何もしなければ有力な魔物ハンター候補が次期王様のやらかしによって居なくなってしまったという話にもなりかねない。
娘側の家族友人としても、王様怒らせて貴族から見放されたら死ぬしか無いし、かといって可愛い娘を縛って突き出すような真似はしたくない。
とにかくどうしてこうなってしまったのかと第一王子は情報をまとめて識者を集めて相談した。
三日三晩の喧々囂々とした会議を経て、なお理由は分からなかった。
当然である、娘の中では想い人とは恋人である、という最も必要な情報を誰も知らなかったのだから。
改めて娘の親類友人顔見知りに聞いて回れば何かが変わったかもしれない、だが想い人本人の否定が、それらの情報収集を必要とさせなかった。
そんな第一王子達を尻目に、憤る集団がいた。
第二王子から第四王子達である。
尊敬する兄上が平民の娘にブン殴られたらしい、意味不明な理由で。
向こうにも言い分はあるかもしれないが、その話だけ聞けばそりゃ怒って当然であった。
しかも彼らは第一王子と違って、その娘に惚れてる訳でも関わりがあった訳でもないのだ。
彼らにしてみれば、娘は兄が惚れた弱みに付け込んで傍若無人な振る舞いをしているようにしか見えない。
何らかの処罰がさっさと娘に下されれば良かったのかもしれない。
だが第一王子が落とし前の付け方に悩んでる間に、短気な第三王子は我慢出来ずに娘の所へ乗り込んでしまった。
そこで彼が目にしたのは泣き崩れる娘の姿だった。
想い人の発言を知った彼女は、自分が勘違いで第一王子をブン殴って話も聞かずに去った事を理解していた。
勘違いだったとはいえ、斬首でも誰も文句言えない所業を行ってしまい、しかも結婚直前までいっていたと思ってた恋人が、付き合ってるどころか未だに片想い継続中だったと知った絶望。
そりゃ泣く。
そんな泣き続ける彼女に寄り添い慰め、何とか話を聞きだした第三王子。
真実を知った時には彼も娘に陥落していた、王族撃墜数2である。
直情径行のきらいがある第三王子は、第一王子へ取り成す事を娘に約束した直後に、そのままの流れで熱い告白をぶちかましてしまった。
本人曰く想いが抑えられなかったそうだが、タイミングを選べといいたい。
斬首を恐れていた娘に、俺が助けてやるから安心するといいと話し、直後に俺と付き合えとのたまった訳である。
第三王子的にはそれはそれ、これはこれだったが、彼を良く知らない娘にしてみれば脅迫以外の何物でもなかった。
想い人には絶望してたのも相まって、家族友人の身の安全が保障されるなら、と娘は告白を承諾してしまった。
第三王子にはここで気付いて欲しかった、普通告白の返事に家族友人の身の安全はついてこない。
浮かれた第三王子は素直な気質も災いして、何の根回しも相談もせずに娘を連れて王城へ戻り、事の顛末を第一王子を含めた家族、つまり王族全員に話した。
第一王子は激怒した。
想い人がいるんですとつれない態度を取っておきながら、それでも常識的な範囲の誘いを続けていたら人でなしという侮辱と共に殴られる。
どうしたものかと悩んでいたのに、何故か関わりの無かった筈の第三王子の告白は受けて、今回の事は許して欲しいときた。
無言で娘の首を刈り取っても許されただろう、むしろそうした方が問題は小さかったまである。
あの第一王子にも怒りの感情があったんだと驚いたのは俺だけではない筈だが、激怒する第一王子には父親である王様含めて王族全員怯えまくった、滅茶苦茶怖かったらしい。
当然娘も怯える、それを精一杯の勇気を振り絞って庇う第三王子。
第一王子がその時にどんな事を思ったかは想像に難くないが、全力で第三王子に魔力をぶち込んだのはやりすぎだろうとも思う。
結果として第三王子は全身ズタボロにされ、一命は取り留めたが最早まともな生活は難しく、王様なんて以ての外、廃嫡せざるを得なかった。
そして血の繋がった実の弟を殺しかけた第一王子も許される訳が無く、こちらも廃嫡が決定した。
ここに継承権1位と3位の剥奪と、継承権の見直しが執り行われる事となってしまった。
・・・此処で終わってくれれば俺の継承権が6位から4位に代わるだけで済んだのだが。
流石に事ここに至っては、事態の解決に王様が動かざるを得なくなった。
第三王子の告白の件も含めて、全て洗いざらい、自分の思いも含めて話をした娘に対し、流石の王様もどうするべきか悩んだ。
娘に非があるのは間違いないが、罪として挙げられるのは第一王子を勘違いでブン殴った事くらいである。
それに関しても情状酌量の余地はある。
基本的にこの世界の王侯貴族は実力に由来する権力故か、心優しく寛大な者が多い。
しかし悩む王様に、斬首致し方なし、すぐに刑を執行するようはっきりと言ったのは娘本人だった。
過程はどうあれ結果として、第一王子も第三王子も廃嫡となった。
第一王子は王様として相応しい能力と温厚な性格であり、第三王子も短気ではあったが果断で優秀ではあった。
平民はもちろん、貴族達からも愛された二人を失うのは、王国として極めて大きい損害だったといえる。
これで娘を許せば、流石にふわふわ世界の貴族達といえども不満を持つのは間違いない。
娘個人を恨むならいい、だがもしも平民の癖に、などと思われてしまったら?
貴族達が平民に悪印象を持ってしまうのはよろしくない、きっぱりと処罰して欲しいと娘は言ったのだ。
本当に娘は優秀だった、それが何故こうなってしまったのかと王様も天を仰いで嘆いたという。
現時点で一番悪いのは娘の想い人である、そしてこの後の流れで一番悪いのも娘の想い人であった。
王族に対する暴行、及び不敬の罪に問われ、娘の斬首が決定し、告知された。
殴ったのは事実であるし、第一王子の想いを知りながら第三王子の告白を受け、彼の事態を引き起こしたのは事実である。
貴族達は当然のように受け入れたし、平民達も仕方ないと受け入れた。
受け入れなかったのは娘の想い人である。
大切なものは失ってから気付くとは良く言うが、もっと早くに気付くか、もっと遅くに気付いて欲しかった。
平民の娘は言った、自他ともに認める両想いであると。
家族友人顔見知りも分かっていた、結婚直前レベルであると。
そう、想い人本人が見て見ぬ振りをしていただけで、実質的に恋人というのは間違いなかったのだ。
娘が処刑されてしまうと知った彼は激怒した、いや彼にだけはその資格は無いと思うんだが。
騒ぎに騒いだ結果、面白がった新聞屋によってとんでもない話が捏造されたのである。
曰く、自分と娘は王子によって引き裂かれた悲劇のカップルであると。
自分達の物にならないのであれば殺してしまえと、濡れ衣を着せて処刑するつもりなのだと。
実質的な恋人のいる娘にアプローチする第一王子の話は、特に口止めなんかされていないので学園に通う者とその親族、つまり貴族達には有名な話である。
学園から逃げてきた娘を第三王子が追いかけて、家族友人の身の安全と引き換えに告白を成功させたのは平民達の間では有名な話である。
そして新聞屋の話に出てきたのは王子である、わざわざ2人の王子がどのように関わっていたという説明は無い。
平民達は激怒した、貴族達も如何なものかと王家を批判した。
その温度差が何故生まれたのか、彼らにも少しは調べて欲しかった。
ともかく一方的な被害者である娘は許されるべきだという話が、王国全体に広がった。
王様としても、娘本人の進言で処刑を決めたが、そこまでする必要は無いだろうとも考えていたので、この流れを否定はしなかった。
そもそも王子達が廃嫡となった直接的な原因は本人同士の殴り合いで、娘が原因と言えなくはないものの、それだけで責を負わせるのは王様も心苦しかったのだ。
皆がそこまで言うなら寛大な気持ちで娘を許そう、そう王様が宣言しようとした時である。
継承権5位、第五王子が留学先から慌てて帰ってきた。
尊敬する兄上達が廃嫡するという話を聞いて、居ても立っても居られずにだ。
側室筆頭から生まれた彼は、俺より継承権は上であるが弟でもあった。
兄さま兄さまと懐いてくる彼は本当に可愛、話を戻そう。
まだ少し子供っぽい第五王子は、王国中に広がっている話を聞いて驚いた、驚いて本音を言ってしまった。
貴族達にはあの温厚で出来ているといっても過言ではない第一王子が、仲睦まじい二人を引き裂くような真似をするだろうかと。
平民達には目的まっしぐらで迂回の迂の字も知らないような第三王子が、自分から取引のような真似をするだろうかと。
言われてみれば、と平民も貴族も、どちらも首を傾げる事となった。
落ち着いて考えればおかしい事に気付く、気付くだけにしてくれれば良かったんだが。
浮かぶ疑問に対し、平民も貴族もこうだろうあーだろうと憶測を重ねていき、そして誰にとっても斜め上の陰謀が生み出された。
今回の一件は第一王子と第三王子を疎んだ王家による、娘を利用した陰惨な廃嫡劇であると。
疎んだ理由とかは特に無い、政治的な絡みとかで何かあったんじゃないかっていうのが最有力な説である、なんだそれ。
平民はともかく貴族はそんな適当な陰謀論に騙されて欲しく無かった。
こうなってくると娘は一方的な被害者以上の何かである、王家の陰謀に巻き込まれてしまった平民となる。
ほんわか世界でも人の性質はあんまり変わらない、陰謀論が大好物な奴は多かった。
王家は娘とその想い人に謝罪しろ、という話まで公に語られるようになってしまった。
困ったのは王様と娘である、大変困ったという。
斬首はやりすぎだから、もっと平穏無事に終わらせたいという王様でも、流石に謝罪する訳にはいかない。
平民娘がやらかしてるのは事実だからだ。
娘としても斬首を自分から望むくらいには今回の一件を反省してる、謝罪なんかされたら申し訳なさすぎて首が吊れる。
事実を知ってる王城勤めの貴族や平民達は、何とか真実を伝えようとしたが、既に規定路線となった陰謀説をひっくり返す事は出来なかった。
揉めに揉めた。
王家に対して貴族達が白い目を向け、平民達が口さがなく罵るに至って。
娘が想い人の所業を知ってしまった。
王族達はとっくに知っていたが、今更彼をどうこうしたところで問題が解決する事は無いので放っておいていたのだ。
なお、ほぼ監禁状態だった娘がそれを知れたのは、想い人の協力者を名乗る人物が王城まで忍び込み、親切心で話したからである。
もう少し我慢すれば想い人君が助けてくれるから、と。
娘は激怒した。
いや過去の第一王子に対する激怒と比べるなら、沸騰した湯と煮えたぎるマグマくらいの差があっただろうが。
彼女は忘れていなかった、そもそも彼が最初から「恋人です」と一言言っていれば第一王子も手を引いていたのだ。
それどころか第一王子を殴って怒りのままに戻った彼女に対して「え、そもそも僕たち付き合ってないだろ?」などと平然な顔して告げた男である。
彼女が斬首を望む羽目になった最大の原因が彼である、叶うなら八つ裂きにして欠片も残さず焼き捨てたい程度には恨んでいた。
想い人という言葉の意味も、プラスからマイナスに変わっている。
聞いた話ではその日、娘を見た者は激怒する第一王子以上に怖い人間が存在する事を知ったらしい。
娘は王様に直談判した、自分は斬首だろうが磔刑だろうが構わないが、先に想い人を殺させてくれと、無念を晴らさせてくれと。
もう言い方が凄い、恋人扱いしてた男に対する言葉ではない。
諸悪の根源は娘の想い人である事は王族全員分かっていた、反論は出なかったし止めようとする者もいなかった。
仮に俺がその場に居ても止めなかったのは断言出来る。
後日、娘の想い人だった物は無残な姿で発見された。
全身至るところに拷問のような跡が残っており、僅かに伺える顔は恐怖に染まっているようにしか見えなかったという。
自業自得である、同情の余地もない。
なお、娘は第八王子のところに身を寄せるよう手配され、無事に生きているとの事だった。
確かに今回の一件は彼女が切っ掛けではあるが、色んな意味で最大の被害者であるのも間違いなかった。
自殺待った無しの彼女をそれでも救いたいという想いは、王様を始めとする王族全員が一致していた。
なお、死を望む彼女を止めたのは王様の「今死ぬと想い人と仲良くあの世に行く事になるが、それを望むのか?」という言葉である。
効果は覿面だったらしい。
第八王子のところに行ったのは、既に留学先で婚約者を作っていた第七王子のところに送って、面倒な事になる可能性を潰したかったのと、第九王子が留学先から更に留学しており、連絡が繋がらなかったのが理由だった。
いや勝手に婚約者作ったり、勝手に留学先から留学するのはフリーダムにすぎない?
大丈夫かうちの弟。
とにかく娘の事は片が付いた、長く王家を苦しめた問題は解決したのである。
そして新しい問題が立ち塞がった。
何故か想い人を陰惨な拷問に掛けて殺したのは王家という事になっていた。
いや見て見ぬ振りしたんだから間違ってはないのかもしれない。
更にこれ以上娘に苦労をかける訳にはいかんと早々に身を隠させたのも拍車を掛けた。
もはや目障りな平民カップルを王家が暗殺したという、いちゃもんに等しい暴論は誰にも止められなかった。
冷静に考えれば想い人を拷問する必要性は無いし、密かに娘を殺す理由も無いんだが。
王家に対する非難が高まり、止む無く解決の為に王様は退位を決定した。
後見付きで第二王子を戴冠させ、今回の反省を糧に清く正しい新たな王朝を作るのだと。
それに対して貴族達から待ったが入った、現時点で国民に対する王家の信頼は地に堕ちてるどころかマイナスだ。
第二王子だろうと第四王子だろうと、今回やらかした王子達の兄弟では、王になっても信頼は回復しないだろう。
此処は留学している王子を呼び戻し、外国のやり方を学んだ王の新たな統治という形でゼロスタートにするべきだと。
道理であると王様も判断し、途中からとはいえ帰還して事態に関わった第五王子も出来れば回避したいという要望に応え、第六王子、つまり俺の下から新たな王を決める事になった。
第六王子たる俺は冒険者志望なので優先順位は最も下である筈だった。
だが第七王子が留学先で(勝手に)婿入りを決めてしまっている、除外。
第八王子は避難させた娘とくっついてしまっていた、除外。
第九王子は(勝手に)留学している為に連絡がつかない、除外。
よって俺の継承権が1位になり、さっさと国に戻って王位を継げという話になってしまった訳である。
というか娘ヤベーな、王族撃墜数3はエースすぎるだろ。
「マジで滅亡一歩手前までいったんだな、うちの国」
「立て直すの大変そうですが、頑張って下さい」
遠い目をする俺に他人事のように声を掛けるエビテロ。
(いやお前も来るんだよ)、と目で語ると、(そんな話は無い)と目で語るエビテロ。
子供の頃から以心伝心、二人三脚で生きてきた俺たちにとってアイコンタクトだけで会話するなんて余裕である、何せやろうと思えば全く動かず気配だけで会話する事も出来るのだ。
というかした、ぶっちゃけこんなに長く見つめ合ったのは久しぶりだ。
俺とエビテロは二人三脚で生きてきたし、二人三脚で生きてく予定なのである。
冒険者志望の俺に付く従者は冒険者志望に決まっている。
昼夜問わず、二人で夢を熱く語った回数は数える事も出来ない、目を見れば言いたい事は分かるのでわざわざ語った事は無いし。
(一生王様やらされる訳がない、目立つところに第二王子出張らせて、信頼回復したら退位させてくれるって)
(それいつになるんだよ、絶対18歳までに終わらないだろ?)
アイコンタクトに敬語は無い。
本来であれば俺が18歳になったタイミングで冒険者になる予定であった。
だがこうなったら間違いなく10代のうちは不可能、下手すると20代も王様生活の可能性が高い。
俺が王位をほっぽり出す事は出来ないが、エビテロが俺の従者をほっぽり出すのは余裕である。
優秀な魔物ハンターは誰にとっても嬉しい存在であり、王の従者を望む貴族はそれこそ腐るほどいるからである。
(ま、頑張ってくれよ、俺は自由な冒険者ライフ満喫するから)
(こ、この腐れ外道、王様になったら権力振りかざして幽閉してやろうか!)
(安心しろって、お前が退位したら一流冒険者となった俺のお供にしてやるから)
(出遅れただけで立場が逆転するとか吐きそう)
じーっと見つめ合う俺とエビテロ、それだけで全ての会話が成立する。
そのせいで一部の女性から掛け算の左右に配置される事も多いが、口開くより楽だからしゃーない。
アイコンタクトという名の読心術だなこれ。
しかし困った、まさかの従者かつ親友の裏切りに俺の心は千切れんばかりである。
・・・仕方ない。
深く息を吸い、深く息を吐き、俺は覚悟を決めた。
(エビテロよ、王が退位する時、正妃がどうなるか知っているか?)
(何だよいきなり、王と同じくその座を後継に譲って隠居だろう)
訝し気な表情のエビテロ、まだ奴は気付いていないようだ。
(そうだ、隠居だよ、隠居となれば、話は変わる)
(何のだよ)
クククという乾いた笑いが口の端から零れる。
忘れたのか、忘れようとしているのか、どちらにせよそれは可哀そうだろうに。
(王として長きに渡って支えてくれた正妃が、隠居を機に自分の道を歩みたいというなら、止めるのは野暮ってもんだろう)
(いやさっきから何を言ってるんだ?)
形振り構わないとなれば、お前にとってこの世で最も恐ろしいのは俺であると教えてやる。
いや一つだけ嘘をついた、最も恐ろしいのは別にいる、そう思い出せ。
妹の事を。
(お前が俺をほっぽり出すというならお前の妹と結婚する、退位の際には離婚込みで)
「・・・ハァ!?」
(口に出てる口に出てる)
(おま、お前、それは、お前ェ!?)
エビテロの妹は言うなればヤンデレである。
異母妹でも異父妹でもなく、ガチの妹でありながら兄と一緒になる為なら何でもするし、何でもしたいという生粋のヤンデレである。
コイツが冒険者志望なのも実妹から逃げる為である、彼は真っ当な性癖の持ち主なのである。
彼の妹が冒険者を志望出来なかったのは、彼ら兄妹以外の子がいないからである。
長男が当主をやるべきみたいな常識はこの世界は無いが、当主無しは王国法で禁じられている。
そしてどう生きるか選ぶのは上からであり、エビテロが冒険者を選んだ時点で、彼の妹は当主となる道を強制させられたのである。
コレに関しては致し方ない、俺が王にさせられようとしているのと同じ、投げ捨てられない最低ラインである。
事態に気付いた妹ちゃんは、死んでしまった母親に代わって新たな女を父親にあてがい、子作りさせようとしている。
しているが、妻を心から愛していた父親にその気は無いようで、上手くいく可能性はかなり低い。
だがもしここで王様たる俺が妹ちゃんを望めばどうなるだろうか。
当主だから、といって断る訳は無い。
だって代わりはいるもの、俺の目の前に、エビテロという男が。
冒険者を取り上げられて王様にさせられる俺と同じく、エビテロも冒険者を取り上げられて当主にさせられる訳だ。
もちろん暫定ではある、俺と同じように。
第二王子が信頼を勝ち取れば退位出来る俺と同じく、エビテロも新たな子供が出来れば跡継ぎを譲って冒険者になれる。
冒険者志望のエビテロは当主として育てられていないし、今更育て直すとしてもエビテロ本人がやる気ゼロでは難しいところがある。
嫌がってはいても子供を作って、新たな当主とするだろう。
目途が立つまでは当主候補として縛られるのは致し方ないが、それでも俺よりずっと早く冒険者になれるのは間違いない。
だが此処で俺の退位と共に自由になってしまう妹ちゃんの登場である。
はっきり言うが彼女のエビテロに対する追跡能力は異常としか言えないものである。
エビテロの匂いを数キロ先から感知し、掠れるようなエビテロの声を違わず拾い、エビテロが泳いだ川の下流で触れていた水を採取出来る。
化け物である。
コイツが未だに平穏無事なのは、彼女が当主という名の縄にどうしようもないほど縛られてるだけにすぎない。
仮に引きちぎればエビテロが当主に戻るだけだが、彼女は最低でも国外追放である。
無理に会おうとすれば取っつかまって処刑もありうるだろう。
どっちにしろ会えなくなるなら、まだ可能性がある方で我慢出来る程度には理性がある。
そんな彼女を自由にすれば、捕獲からの拘束、監禁の流れは想像に難くない。
(アレを野放しにするとか、俺の未来が閉じるんだけどォ!?)
(お前に許された未来は俺と一緒しかあり得ないって事に気付いてくれて良かったよ)
(こ、この腐れ外道)
絶望し打ちひしがれるエビテロ。
肩を竦めて目線を外に向けると、明けた空から朝日が昇ろうとしていた。
美しい光景を前に、欠伸を噛み殺しながら、俺は来たる王様生活に暗澹とした思いを馳せるのであった。