「シロ」という名前を付けられた怪異
前回伝えた通り、今回は「シロ」という名前を付けられた怪異に関することを報告させてもらう。
先に結論を伝えてしまうと、私は無事で、今こうして雑話を書いているところだ。
ただ、何が起こったのかという部分については、まだ整理がついていない部分もあるので、いつも以上に読みづらい部分があるかと思う。その点は、あらかじめご了承願いたい。
予定通り、昨日――7月24日に本物の霊能力者と紹介している彼女が家にやってきたので、荷物をまとめると、私の運転で車を走らせた。
目的地は決まっているようで決まっていないというか、とりあえず彼女の指示で東の方を目指すように車を走らせた。
取材で出かけることも多いし、普段から見慣れている景色を横目に移動していたけど、途中で彼女が脇道に入ってほしいと言ってきた。
こんな脇道なんてあっただろうかと疑問を持ちつつ、彼女に言われるまま、私は脇道に入った。
脇道に入って少し進むと、建物がまったくなくなり、気付けば林の中を通る道に入っていた。
こんな自然溢れる場所が身近にあったことに多少驚きつつ、私は車を進めた。
すると、途中に建物があり、そこで車を止めるように彼女は言った。
彼女によると、ここが目的地だったようで、私はエンジンを止めると、彼女と一緒に車から降りた。
簡単に見たところで、恐らくここは廃墟だろうと感じた。
窓ガラスがいくつか割れているし、どこか古臭い印象を与える建物だし、ここを今も利用している人達がいるとは、到底思えなかった。
ただ、そこは結構広い敷地で、四階建てぐらいの建物が二つあるだけでなく、倉庫らしきものもあったし、駐車場や駐輪場と思われる所もあった。
それから、林の中にこんな建物がある理由を考えて、ありえないという感想を持った。
というのも、広い敷地を使っていることから、多くの人が利用していただろうことは、まず予想できる。
でも、それにしては、周りが林に囲まれているし、随分と利用しづらい場所にある。
辺りには他の建物もなかったし、もっと大通りから近いところに建てることもできたはずだ。
それなのに、何でこんな場所に建てたのだろうかと疑問しかなかった。
「行きましょう」
「ああ、ちょっと待って」
私はビデオカメラなどを出そうと、トランクを開けた。
すると中から黒い何かが飛び出してきて、思わず後ろに下がった。
よく見ると、それはよく家に遊びに来る黒猫のクロだった。
いつトランクに入り込んだのかわからないけど、止める間もなく、クロは建物の方へ行ってしまった。
少し心配だったけど、私達もすぐ建物に入るし、それまでは大丈夫だろうと楽観的に考えた。
早速、撮影しようとビデオカメラを起動した。でも、何故か画面が真っ白で、すぐに電源が切れてしまった。
それならしょうがないと、ボイスレコーダーで録音しようと思ったら、それも起動しなかった。
さすがにおかしいと思い、一緒に持ってきたデジタルカメラを使おうとしたけど、それも画面が真っ白になっていて、使い物にならなかった。
それだけでなく、スマホも電源が落ちていて、まるで故障してしまったかのようだった。
そうした状況になっていることを彼女に伝えると、これは最近、彼女の周りで起こっていること、そのままだそうだ。
しばらくの間、彼女と連絡が取れない状態が続いていたわけだけど、その理由は携帯電話が使い物にならない状態だったからだと彼女は言っていた。
それを聞いた時、実際のところどんな状況なのかわかっていなかったけど、今こうして様々な物が使えなくなって、彼女の状況が理解できた。
できれば、映像や音声、あるいは写真などで何かしらかの記録を残したかった。でも、それは難しいと判断して、私は特にそうした記録を取ることなく、彼女と建物に近付いていった。
近付いてみて気付いたけど、ここは学校か塾として使われていた建物のようだった。
窓からのぞくと、廊下があって、同じ大きさの部屋が並んでいた。こんな作りの建物なんて、学校か塾以外考えられなかった。
また、二つの建物の大きさは少し違っていて、大きい方が本館、小さい方が別館として使われていたような印象を持った。
というのも、本館と思われる建物に比べて、別館と思われる建物の方は物が溢れるほど多く、最終的に倉庫として使われていたんじゃないかと思わせる状況だったからだ。
そんな分析をしていると、彼女は割れた窓から別館と思われる建物に入った。
「そっちでいいの?」
「はい、この建物の屋上に行きます」
彼女が迷いもなく、そんな風に返してきたので、私も彼女に続いて、建物に入った。
彼女は建物に入ると、廊下を端まで歩いていき、そこにあった非常口のようなところから外に出た。と思ったら、そこには周りを柵で囲まれた階段があった。
恐らく、非常口から繋がっているし、非常階段なんだと思うけど、外から入れないようにしているのか、鍵がかけられていて、ここから外へ出ることもできないようになっていた。
彼女についていくように階段を上がり、私達は屋上に出た。
そこは、屋上なのに周りに柵などがなく、落下の危険がありそうな所だった。
ただ、この屋上に行くためのものが、私達の使った非常階段ぐらいしかないようで、恐らく作業員などしかここには来ない想定だったのかもしれない。
屋上には、どこの建物にもありそうな貯水庫のようなものと、何のためにあるのかわからないポールらしきものがあるだけだった。
「少し準備をします」
彼女はそう言うと、人の形に見える白い紙を取り出し、その周りに五本のろうそくを置いた。
この五本のろうそくは、白い紙を中心に均等に置かれた。
それから、彼女は五本のろうそくに、赤い紐を何周も絡ませていった。
すると、そこには赤い紐で正五角形と、星型ができた。
その後、彼女はろうそくに火をつけると、しばらくの間、目を閉じていた。
私は彼女が何をしているのかわからず、ただ見ていることしかできなかった。
「声が聞こえても、何の返事もしないでください」
不意に、彼女がそんなことを言ってきて、何のことかと思ったけど、少しして意味がわかった。
耳を澄ませてみると、私の声でも彼女の声でもない、別の声が聞こえてきた。
それは、ある一つの質問を繰り返していた。
「聞こえる?」
その声を聞いた時、私は聞き覚えのある声だと感じた。
それは以前、「逆再生」という雑話で伝えた、あの声と完全に一緒だった。
ただ、声が聞こえても、何の返事もしないようにと彼女から言われているので、私は特に反応しないよう努めた。
「初めて会った時もこうでした。いつも『シロ』はやってくると、最初にこの質問をするんです」
彼女はそう言った後、私の方をじっと見てきた。
「これから『シロ』を浄霊します。いいですか?」
「うん、私は大丈夫だよ」
私の答えを受けて、彼女はまた目を閉じた。
そして、少しだけ間を空けた後、彼女は口を開いた。
「はい、聞こえていますよ」
彼女がそう答えた瞬間、辺り一帯が白いもやで包まれた。
それが彼女の前に集まると、真っ白な塊のようなものになった。
それは、ぐねぐねと動いていて、例えるとスライムのようだった。
「『シロ』のいるべき場所は、ここですよ」
彼女がそう言うと、真っ白な塊は、彼女が置いた、人の形をした白い紙に向かっていった。
そのまま、白い紙に吸い込まれていくように、白い塊は消えていった。
それから、彼女が手を横に振ると、赤い紐に火が付き、同時に大きな火柱が立った。
「これで『シロ』を浄霊できました」
彼女の言葉を聞いて、安心しつつも、思ったより簡単に解決したと拍子抜けもしてしまった。
それこそ、命の危険だってあるかもしれないと、それなりの覚悟を持っていたのに、それが無駄だったわけで、妙な失望感に近いものすら持ってしまった。
でも、何もなかったなら、それでいいという気持ちの方が大きかった。
災害対策とかもそうだけど、過剰なほど対策するのは何も悪くない。結果、最悪の事態が起こった場合、過剰なほどの対策が功を奏すし、何もなくて対策が無駄になるなら、それはそれでいいのだ。
とにかく、「シロ」という怪異を無事に浄霊できたなら、それで私は良かった。
でも、少ししたところで、私は目の前の異常に気付いた。
火柱が突然消えると、また白い塊が大きくなっていった。
それは、泡がどんどんと大きくなるような感じだった。
それにただ大きくなるだけでなく、部分的に動物の形になったり、人の顔の形になったり、様々な姿に変わりながら大きくなっていった。
「逃げてください」
彼女がそんなことを言ったけど、私は何を言われたのか、理解できなかった。
「早く逃げてください」
彼女が逃げろと言った時は、すぐに逃げるようにと事前にお願いされていた。
このお願いをされた時、私は彼女を置いて一人で逃げることなんてできないと思った。
でも、彼女から強くお願いされて、私はこれを承諾した。
承諾したはずだったのに……私はこの場から動けなかった。
その時、白い塊の一部が、大きな腕みたいな形になった。
次の瞬間、その腕が勢いよく振られて、それに当たった彼女が吹っ飛ばされた。
既に彼女の予定を外れて、「シロ」の浄霊に失敗したということはわかっていた。
でも、私は逃げるという選択肢を取ることができなかった。
「私も聞こえているよ! だから、こっちで話そうよ!」
私はそう言いながら、彼女がいる所から離れるように移動した。
そんな私の声に反応して、「シロ」は私の方に向かってきた。
そうして移動していくと、非常階段とは正反対――背後に柵のない、屋上の端っこに来てしまった。
目の前には「シロ」がいて、まさに絶体絶命といった状況だ。
ただ、この間に、彼女がどうにかしてくれることを期待して、とにかく時間稼ぎができないかと考えた。
その時、何か違和感を覚えて、ミサンガを着けた手首に目をやった。
すると、ハサミで切られたかのように、次々とミサンガが切れて、落ちていくのが目に入った。
ミサンガを手で押さえても、次々と切れていくのを止めることはできなかった。
この間も彼女がどうにかしてくれることを期待したけど、それも難しいのか特に状況が良くなることもなく、私は諦めに近い感情を持った。
そして、こんな状況になっていることを誰にも伝えられないまま、最期を迎えることになるのかといった後悔のようなものを感じて、私は目を閉じた。
このまま、「シロ」という怪異に殺されるとして、私はどうなってしまうのか。
そんなことを考えた時、自ら命を絶つという選択肢が私の中で生まれた。
不幸中の幸いといっていいのか、私はもう少し後ろに下がれば、屋上から落下できる。
それで死ねるかわからないけど、目の前の「シロ」から逃れることはできるかもしれない。
そんな考えから、後ろに下がろうと思った時、背中に二つの手が当たるのを感じた。
その手は、二人の手だと、すぐに気付いた。
大きさが違うとか、触れ方が違うとか、そういったものもあったけど、それとは違う理由で、二人の手だとわかった。
そして、その二人の手が誰のものなのか、私は何となくわかった。
私は屋上から落ちて、それこそ死んでも構わないという考えすら持っていた。
そんな私を止めるように当てられた手。それは、まるで私を拒否しているかのようで、何だかこっちに来るなと怒られている気分になった。
そこで、私は気持ちを落ち着かせようと深呼吸をした。
すると、何をこんなに焦っていたのだろうかという考えを持ち、驚くほど冷静になることができた。
そうして冷静になると、ある考えが頭の中に浮かんだ。
だから、私はそれをそのまま言葉にすることにした。
「私は……怪異を信じたいけど、信じられない」
こんな状況で言うべき台詞じゃないことはわかっている。
でも、私が今見ているものが、幻覚のようなものなんじゃないかという考えは否定できない。
そう考えた時、いつも言っている、「信じたいけど、信じられない」としか言えなかった。
でも、これがむしろ良かったのか、私がこれを言った直後、私の背中に触れていた二つの手の感触も、目の前にあった「シロ」の気配も、スッと消えた。
それを感じた後、私は目をゆっくりと開いた。
そこには、もう「シロ」はいなかった。
それから、手首に目をやると、たった一本だけミサンガが残っていた。汚れなどからわかったけど、元々着けていた一本のミサンガだけが残ったようで、きっと私を守ってくれたのだろうと、心の中で感謝した。
ふと彼女は大丈夫だろうかと、辺りを見回した。でも、何故か彼女の姿はなかった。
先述した通り、この屋上は貯水庫と、よくわからないポールしかないので、隠れる場所なんてほとんどない。それなのに、彼女は見つからなかった。
その代わり、いつから屋上にいたのか、黒猫のクロがやってきて、私の足元で鳴いた。
とにかく、屋上に彼女がいないようだったので、私はクロを抱えると、車の方へ戻ることにした。
そうして、非常階段を降りようとした時、何だか妙な寒気を感じた。
「いつかまた、会いましょう」
背後から聞こえた声は、彼女の声だった。
でも、すぐに振り返っても彼女の姿はなかった。私は聞き違いだろうかと思いつつ、階段を下りていった。
それから、周辺を調べてみたけど、やっぱり彼女の姿はなかった。
それより、相変わらずスマホが使えない状態だったので、一旦車で少しだけ移動することにした。
そして、見覚えのある場所に出たところで、ようやく使えるようになったスマホを使い、刑事のKさんに連絡した。
この辺りの詳細については、次回書こうかと思うけど、簡単に伝えると、彼女の行方は現在もわかっていない。
だから、「シロ」という名前を付けられた怪異が、結局のところどうなったのかというのも、わからないままだ。
これまで、怪異を信じることで霊障を受けやすくなるんじゃないかといった説を何度か紹介してきた。
それを踏まえると、あの時、私は怪異を信じられないという結論を持った。だから、霊障を受けることなく、「シロ」も私の前から姿を消したと考えられる。
ただ、あれをきっかけに浄霊、あるいは除霊できているとは、さすがに思えなかった。
そう考えた時、反対に怪異を信じる人にとって、「シロ」はどういった状態になっているのだろうか。
そんな疑問を今も持ちつつ、この雑話を書いているところだ。
どうやら、もう少し「シロ」という名前を付けられた怪異について、調べる必要がありそうだ。
なので、また何かわかり次第、こちらで紹介したいと思う。
そんな雑話でした。




