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悪魔の証明

 皆さんは、悪魔の証明という言葉をご存じだろうか。

 様々な使われ方をしている言葉だけど、一般的に「存在しないことの証明」を表す言葉と考えている人が多いかと思う。


 ちょっと意味は変わる気がするけど、簡単に言えば、悪魔が存在するかどうかといった議論になった時、悪魔が存在しないことを証明できないのであれば、つまり悪魔は存在するということだ。そんな主張を一方がしたとする。

 主張を受けた側は、悪魔が存在しないことを証明しないといけなくなったわけだけど、当然そんなことは不可能に近い。世界中、はたまた宇宙全体を確認して、本当に悪魔がいないか確かめるなんて無理な話だ。

 結果、主張した側の一方的な勝利となり、悪魔は存在するということにされるというわけだ。


 この例では、悪魔が存在するかどうかという話だけど、他のことでも同じで、存在しないことの証明を主張された時、された側は不利にしかならない。

 例えば、政治の世界なんかでは、不正や犯罪を犯したんじゃないかといった疑惑から「やっていないことの証明」を求めるなんて話があるけど、これも悪魔の証明といえる。

 他にも、冤罪事件などで悪魔の証明を求められたといった話もある。


 ちなみに、理解している方も多いかと思うけど、悪魔の証明を求めるのは、根本的に間違っている。

 本来、悪魔が存在することを証明したいのであれば、それこそ悪魔を連れて行って、相手に見せてやればいい。

 それなのに、それができないからと、相手に悪魔が存在しないことを証明させるという、無茶苦茶な反論をしているだけといった形だ。


 不正や犯罪の例でも同じだ。

 相手が不正や犯罪を犯したんだと主張する側が、その証拠を提示するなどして、そのことを証明する。これが本来あるべき形だ。

 それなのに、相手側に不正や犯罪を犯していない証拠を出せと無茶な主張をしているわけだ。

 一応、裁判などでは、こうした悪魔の証明を求める主張を認めていないということになっている。

 でも、実際のところ冤罪なども起こっているわけで、今現在も問題になっているわけだ。


 さて、前置きが長くなったけど、幽霊や妖怪といった怪異が存在するかどうかという議論でも、当然悪魔の証明を主張する人が一定数いる。

 特に怪異を信じている人達が、怪異を信じていない人達に対して、「怪異が存在しないと言うなら、それを証明してみせろ」なんて主張するのだ。

 わかりやすいほど、典型的な悪魔の証明といえる。


 私は怪異を信じていないといった話をこれまでも何度かしているけど、だからといって悪魔の証明を主張することはない。

 むしろ、怪異を信じたいという気持ちがあるので、現在進行形で、怪異が存在することを証明しようとしている最中だ。

 とはいえ、今のところ怪異が存在することを証明できていないし、果たして証明できる日が来るのかもわからない。


 オカルトライターとして活動することで、怪異に関する知識は人並以上についたかと思うけど、まだまだ知らないことが多いと痛感してばかりの毎日だ。だから、怪異に関する知識は今後さらに深めていきたいと思っている。

 最近は特に、先日エリさんから託された例の手帳を参考に、知識を深めているところだ。

 こちらの手帳については、以前載せた「自覚なき霊障」という雑話で触れているけど、手帳を残したオカルトライターは除霊を行えるほど霊感があったとのことで、私の知らないことも手帳にたくさん載っていた。

 その中には、悪魔に関する情報もあった。


 それは、あるキリスト教徒から、悪魔に憑かれてしまったから祓ってほしいと依頼されたというものだった。

 彼は熱心な信仰者というわけじゃなかったようだけど、一応仏教徒だったようで、いわゆる悪魔祓いというものは行っていなかった。

 だから、依頼を受けても彼単独じゃなく、悪魔祓いができる神父にお願いして、彼はそれに同行するといった形にしたそうだ。


 悪魔祓い当日、彼はこれまでの除霊と似た部分、そして異なる部分を目の当たりにしたそうだ。

 まず、彼は悪魔という存在をその目で確認した。でも、彼にとってのそれは悪魔の姿をした怪異だった。

 日本などでは、妖怪と呼ばれるものが近いけど、人や動物の姿じゃなく、いわゆる異形といえる怪異が存在する。

 こうした怪異が憑く理由には様々なケースがあるものの、憑かれてしまった者が恐怖から怖ろしい姿をイメージしてしまい、そのまま怪異が自らの姿をそれに変えてしまったというケースが多いようだ。

 これには、憑いた相手を怖がらせたいという怪異の悪意などが関係しているようだ。

 これを踏まえると、キリスト教徒の依頼者に悪魔の姿をした怪異が憑いたというのは、悪魔を怖ろしいものと捉える依頼者自身の恐怖が原因と考えられるわけだ。


 ただ、除霊というところに関して、彼は全く力になれなかったようだ。

 彼は悪魔の姿をした怪異と捉えていたけど、依頼者にとっては悪魔そのものだったわけで、そうした認識のズレなどから、怪異に干渉することができなかったそうだ。

 とはいえ、ポルターガイスト現象が起きるなど、様々な問題はあったものの、神父のおかげで悪魔祓いには成功したとのことだった。

 彼は最後、自らは悪魔の姿をした怪異としか認識できなかったけど、依頼者などの主張通り、本当の悪魔を見たのかもしれないと記していた。


 私なりにまとめると、霊感のある彼でも、悪魔が存在することを証明できなかったというわけだ。

 また興味深いのは、何の宗教を信仰しているかといったことが、除霊に影響を与えている点だ。

 怪異に憑かれることや悪魔憑きを、精神的な病気の一種ではないかとする説があるけど、今回の話は、こういった説の裏付けになりうるものかもしれない。

 精神的な病気の一種と捉えた時、除霊される側が何に憑かれているかという認識と、除霊する側の認識が一致していないと、問題を取り除こうとした時に意思の疎通が取れなくなってしまう。だから、何を信仰しているかが重要になってくるというわけだ。

 もっとも、こうした説には反論として、除霊する側とされる側で意思の疎通が取れていない状態で、困難な除霊ができるわけないといった話もある。なので、怪異に関する話はすべて精神的な病気によるもので、怪異は存在しないと言い切れるわけじゃない。

 話が戻るけど、怪異が存在しないことの証明=悪魔の証明は、それだけ無茶で困難なものだということだ。


 このままオカルトライターの仕事を続けるとして、私は怪異が存在することを証明できるのか、はたまた怪異が存在しないことを証明してしまうのか。

 皆さんは、どちらになると思うだろうか。


 そんな雑話でした。

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