恐怖と霊感
皆さんは、霊や妖怪といった怪異に対して、恐怖を感じているだろうか。
もし、恐怖を感じているとしたら、それはあなたに霊感があるからかもしれない。
今回は、知り合いのオカルトライターから聞いた、そんな話を紹介しよう。
人は、自分に合わないものを拒絶する性質を持っている。これは、アレルギーを例にすると理解しやすいと思う。
食べ物に対してアレルギーを持っている場合、その食べ物を体が受け付けないよう、発疹が出たり、喉がかゆくなったりといった症状が出る。
また、花粉症もアレルギーの一種で、花粉という異物を体外へ出そうと反応した結果、咳やくしゃみが出るそうだ。
こうした形で、本人に自覚がなかったとしても、人の体は自分に合わないものを異物として拒絶するようにできているわけだ。
実在する物に対してだけでなく、情報に対しても、人は自分に合わないものを拒絶することがある。
例えば、常識のような形で真実と思っていたことが嘘だと判明したり、反対に嘘だと思っていたことが真実だと告げられたり、そうしたことがあったとしよう。
この時、たとえ決定的な証拠を提示されたとしても、すぐに理解できる人は、かなり少ないそうだ。
むしろ、新たに与えられた真実を受け入れられず、嘘と決め付けてしまう人も多いらしい。
ちなみに、私は疑い深い人間なので、与えられた情報をそのまま信じるということがあまりない。
人が人へ何かを伝える際には、絶対に主観が入ってしまうし、それこそありもしない嘘を真実だと伝えることだって簡単にできてしまう。現に大手メディアを含め、そういう仕組みが出来てしまっているのは、ライターをしていれば自然とわかるので、尚更信じられなくなってしまった。
私の発信する情報は、真実か嘘か判断できないオカルトが中心なので、自然と「こんな話があるらしい」といったニュアンスで伝わっているかと思う。
ただ、真実を伝えているとされる他の方の記事を読んでも、「こんな話があるらしい」以上の感想を私は持てない……あまり言うと他のライターに怒られそうなので、もうやめておこう。
話を戻すと、人は自分に合わないものを何かしらかの形で拒絶するようにしている。
では、その相手が怪異だった場合はどうだろうか。
霊感がある人は、怪異の存在を感知する能力があるとされているけど、同時に霊障といった怪異による影響を受けやすいとも言える。
そう考えると、霊感がある人にとって、怪異というのは拒絶するべき対象ということになる。
そのためにどうすればいいかというと、怪異に対して恐怖を感じることで、曰く付きの場所を避けたり、怖い話などを聞かないようにしたりすればいいわけだ。
つまり、恐怖というのは、怪異に対する拒絶反応と解釈できるということだ。
こんな話を知り合いのオカルトライターがしてくれた時、私は思わず「なるほど」と納得してしまった。
考えてみれば、霊感があるという人は、いわゆる怖がりな人が多いように感じる。
反対に、怖がりな人が何の理由もなく特定の場所を避けることがあるけど、後でそこが曰く付きの場所だったとわかるケースも多い。これらは、本人に自覚がないものの、恐怖を感じるという形で拒絶反応を持っている=霊感があると考えることができる。
こうした話をする中で、私は以前聞いた話を思い出した。
恐怖と霊感の関係を示す一つの例になるかもしれないので、紹介させてもらう。
その晩、女子高生のYは、彼氏のUと、親友のR、Rの彼氏であるEの四人で、最近廃校になったばかりの小学校を訪れていた。
一応説明しておくと、男女のカップル二組ということで、ダブルデートを兼ねた肝試しだったわけだ。
ただ、怖がりのYは初めから大反対していて、とりあえず廃校までは行こうと無理やり連れてこられた形だった。
廃校の門はなぜか開きっ放しで、簡単に入れるようになっていたけど、Yはそこから先へ絶対行かないと強く訴えた。
この時、Y以外の三人も怖がっている様子で、すぐに帰ろうという話も出た。
しかし、あまりにも怖がっているYの反応が面白かったようで、他の三人は強がるようにして肝試しを続行することにしてしまった。
肝試しといっても、学校の中に入るのは不法侵入になるし、学校の周りを一周して帰ってくることになった。
四人で行くという案もあったけど、せっかくなら二人ずつ行こうと、先にRとEの二人が門を抜け、そのまま進んでいった。
Uと二人で残されたYは、途中までR達の後ろ姿がぼんやりと見えていたけど、それも見えなくなったところで、何か起こるんじゃないかと不安になった。
「俺がいるから大丈夫だって」
Uがそんな風に励ましてくれたけど、Yは今すぐ帰りたいとずっと思っていた。
そんなYの様子を心配してくれたようで、RとEの二人が戻ったら、そのまま家に帰ろうとUは提案してくれた。
それはYにとってとても嬉しいことで、ほんの少しだけ不安な気持ちが和らいだ。
しかし、いくら待ってもRとEの二人は帰ってこなかった。
さすがにおかしいと思い、電話をかけてみたものの、二人は出てくれなかった。
Yは二人の身に何かあったんじゃないかと、さらに不安になった。
でも、Uは二人が悪戯でもしているのだろうと決め付け、二人を探しに行くと言い出した。
Yは絶対に行きたくないと訴え、しょうがないからとUが一人で、R達とは逆回りに進む形で行ってしまった。
それからまたしばらく経過したけど、Uも含め誰も帰ってこなかった。
Yは三人を探しに行くという選択肢を選ぶことができず、そのまま帰ってしまった。
この時、無責任と言われるかもしれないけど、とにかくYはここから離れたいし、関わりたくもないと強く思い、誰かに連絡するなどもしないで、その場を離れたそうだ。
翌日、Uの親からUの行方を知らないかと連絡があり、そこで初めて廃校でのことを他の人に話した。
その後、Uの親が警察に連絡して、すぐ捜索してもらった。
そして、廃校の裏でなぜか首吊りをして亡くなった、三人の姿が発見された。
おそらく、Yだけでなく四人全員がその廃校に対して、恐怖という拒絶反応を持っていたのだろう。
それはつまり四人とも霊感があり、霊障を受ける危険が十分あったということだ。
でも、それに気付かないまま奥へ進んでしまった結果、何かしらかの霊障を受け、命を失ってしまったと考えられる。
もしも、四人全員が恐怖という感情を尊重して、その場をすぐに離れていたら、不幸な結果になることはなかっただろう。
そういえば、知り合いの霊能力者として何度か紹介している彼女も、なるべく怪異に近付かないようにしている一人だ。
おそらく、この雑話を含め、私の書いたコラムは一つも読んでくれていないだろう。
もしかしたら、彼女も恐怖という感情を一種の拒絶反応として持っていて、そうした行動を取っているのかもしれない。
こう考えると、恐怖という感情を持つことそのものが、霊感というものなのかもしれない。
ただ、そうなると私は怪異に対して恐怖というものをあまり感じない人なので、改めて霊感がないと言えるだろう。
こうした心霊関係のコラムを書いている人が言う台詞じゃないと思うけど、皆さんも恐怖を感じた時は、その対象を拒絶するべきかどうか、よく考えてほしい。
その恐怖という感情は、あなたに霊感があり、霊障を受ける危険があるということを知らせるものかもしれない。
怖いもの見たさという言葉もあるから、一概に否定はできないけど、より先へ進む際は、それなりの覚悟を持ってほしいと思う。
そんな雑話でした。




