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賽の河原

 賽の河原というのは、知っているだろうか?

 親よりも先に亡くなってしまった子供が行きつく場所で、ここに来た子供は小石を積み上げて塔を作らないといけない。

 しかし、塔は決して完成することなく、その前に鬼が崩してしまう。

 簡単にまとめると、それが賽の河原と言われるものだ。


 これは、親よりも先に亡くなることは親不孝だといった考えから生まれた、伝承のようなものだと私は考えている。

 ただ、今回紹介する話は、これが単なる伝承ではないのかもしれないと思わせるものだ。


 当時、小学生だったYは、社会科見学でダムを訪れていた。

 Yは友人が少なく、普段から一人で過ごすことが多かった。

 その日も、自由時間になったら一人になってしまい、Yはダムにたまった水を眺めるなどして時間を潰していた。


 ずっとダムの方を見ていたけど、不意に何かの気配を感じて、Yは振り返った。

 すると、数メートルほど離れたところに女の子が座っていた。

 その女の子はどこか体が透けていて、生きた人ではないとすぐわかった。でも、Yは不思議と恐怖みたいなものを感じなかった。


 女の子は、小石を拾っては積み上げていた。

 Yは少しの間、何をしているのだろうかと女の子を見ていた。でも、小学生というのはすぐに興味をなくすもので、すぐまたダムに目を戻した。

 それから少しして、また振り返った時には、女の子の姿は消えてしまっていた。


 家に帰ってから、Yは母親にこの話をした。

 そして、それを聞いた母親から、賽の河原の話を教えてもらった。

「もしかしたら、その子はYちゃんに助けてもらいたくて、現れたのかもしれないね」

 母親からそんな風に言われたものの、小学生のYには何もできなかった。

 Yは大人になった今も、当時のことが引っかかって、時々その女の子のことを思い出すそうだ。


 Yは賽の河原について何も知らなかったのに、それを思わせる女の子を見た。

 このYの体験は、賽の河原が本当に存在するのかもしれないと思わせるものだ。


 さて、Yは女の子に何もできなかったと言っているけど、それは違うと私は思う。

 怪異の中には、人から人へ伝えられることで、救われるものもいるのだ。

 子供の頃など、自分のことをもっと知ってほしいという気持ちを強く持つ時期は、誰にでもある。

 きっと、Yの前に現れた女の子も、自分のことを知ってもらうために現れたのだろう。


 完成することのない小石の塔を作り続ける子供達がいる。単なる伝承ではなく、そうした子供達が本当にいるのかもしれないと私は知った。

 これは、Yが私に話をしてくれたからだ。そして、私も皆さんに今この話をした。

 そうして人から人へ話が伝わり、知ることで、賽の河原の子供達が少しでも救われるのではないかと私は考えている。


 キレイごとを言うなって思う人も多くいるかもしれない。

 でも、オカルトライターの私だからこそ救える魂がある。

 そんなの、冥利に尽きるってものだ。

 だから、この話が一人でも多くの人に伝わればと心から願う。


 そんな雑話でした。

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