帰還
徐々に白光は明るさを失い、ふわふわとした幽体感が消えていく。その不思議な感覚に身を任せていると手に柔らかな感触が伝わってきた。ちょっとゴワゴワしている中で膨らみのあるもの。
「いやに現実的な感触がするなぁ……」
むしろ現実で物を触っているような感覚がおもむろに湧きあがる。ひょっとしてここは現実じゃないか?恐る恐る瞼を開けてみる。そこは自宅だった。といっても場所は、自部屋ではない。……ここは風呂場で僕は浴槽の中で立っていた。そして、上向いている視線を下げると目の前にはシャロナがいて……僕の両手は彼女の慎ましい胸に触れていた。
「あ……」
思わず僕は固まる。その間にも両手に残る微かな生温かい感触は残っている。シャロナはじっと僕の両手を見ながら両頬を羞恥心のためかそれとも怒りのせいか紅く染めていた。
「……なにすんのよこのヘンタイ!」
刹那、シャロナのトーキックが僕の脛に当たった。
「い……つ……」
余りの激痛に浴槽のへりによろめき、浴室の床に背中から倒れるようにたたきつけられる。浴室上に僕の悲鳴とビターンという音が響き渡った。
「ちょっと、大丈夫!?」
お前がやったんだろうがという反論をしたい気持ちが胸の底から一リットルほど湧きあがったが、健気な様子を僕は見せる。心配してくれる当たり根は優しいのかもしれない。まぁ当然と言えば当然だが。
「ああ……何とか。 打ち所が良くて助かったよ」
「お前じゃなくてその宝玉の方よ!」
前言撤回。許すまじ。
「ちょっとー?どうしたのー?」
その時、ちょっと間の抜けた声が脱衣所から聞こえた。うちの母さんだ。浴室からガタガタ音がしているから不審に思ったのだろう。この状況を見られるのは万死に値する。なんとかせねば。だがその願いは空しく叶えられなかった。
「どうしたの……純ちゃん?そんなところに寝転がって。……あらその子は?お友達?」
無残にも開かれた浴室のドアから母さんが顔を覗かせた。シャロナは驚いた顔と気恥ずかしさを内包させた顔を見せた。
「あ……これはあれなのよ。なんというかその……」
密室に少女と二人っきりで浴室に居るという状況は、俯瞰して見ても尋常にならざることだと思われるが、僕は都合の良い言い訳なんてものはこれっぽちも浮かばなかった。
「もう。 こんな所で遊んでちゃだめよー」
母さんは両手を腰にあて、やれやれといった様子で言った。母さんが本当に天然で助かった。シャロナはずかずかと浴槽から出て、居間へと向かった。僕も遅れてそれに追随した。
「お、おい!ちょっと待ってよシャロナ!」
シャロナは居間に差し掛かった廊下でちょっとうっとおしそうに振りむいた。窓に降りつける風雨が彼女の声を妨げ、曇天が廊下全体を仄暗くさせた。
「……話があるの」
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