現実からの乖離
そろそろと、だが堅固な意思のままに僕は自己主張を続ける引き出しを開けた。その場の空気には、ピリッとした緊張感が生まれ、反射的に口内が乾き、脇に湿り気を感じた。窓外の天気は相変わらず、その模様を変えることなく遠方の山にうっすらと見える乱立していた木々は風雨に揺られていた。まるで、僕がこれ以上この行為を進めることをやめるように忠告しているようだ。だが、僕の行為はもうすでに抑えが効かない段階まで到達してしまっていた。そうして僕は遂にその正体を突き止めた。振動を重ねていたものは、引き出しの中にぼつりと孤独の状態にあった。
「……これは、じいちゃんの?」
引き出しの中央部分に、存在してあったのは1つの緋色のペンダントであった。それは小ぶりで、5センチ程度の大きさに黄金色のチェーンがつながっており、首からかけることができる一般的なペンダントである。手にとってみると、思いのほか重みがある。何よりも特徴的な事はこれが祖父の遺品であることである。
「でも、これが何で音を……?」
このペンダントは、僕が物心つく前に亡くなった祖父が日頃から携帯していたペンダントで、亡くなった後に、まだ幼い僕がそれを物置から偶然見つけてきてそのまま僕のものになったらしい。昔、父が感慨深げに語ったことを僕は思い出した。でも、それがどうして音を発することになるのだろうか。僕が抱える疑問は、入り組んだ川のように難解さを帯び、その難解さはますます肥大化した。その難解な疑問から一時的に逃走すべく、僕は試しに首から下げてみることにした。身に着けたところで、何一つ解消されるわけはないのだが……。それは、僕自身も認識のうちにあった。だが、それでも何か一つでも得るものがないかと僕は期待していた。先ほどの現象に相似した、または更なる不可思議な現象……。いや、希望していた。そうなってくれと。僕は極自然的にペンダントのチェーン部分を、そろそろと雨粒で湿り気を帯びた首から通した。
そして、身に着けて数十秒が経過した。身に着けているペンダントにはいささかの変化もない。それもそうだ。このペンダントは、初めから課された役割を果たしただけなのだ。それ以外の役割を持たない物質としてのこれに他の役割を期待しても無駄なのだ。僕の試みは無為に終わったと首に手を回そうとした。その時、眩いばかりの白光がペンダントから発生し、僕の視界一面を満たした。
「うわっ!!」
それは、徐々に全身に回る毒のように僕の意識を鈍いものにした。遠のく意識の中で、居間から母の呼びかけのようなものが聞こえた。僕は、薄れゆく意識の中で悔恨の呟きと母に対する謝辞を口にした。その瞬間、僕の意識は途切れた。
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