死にステータス「魔力」
巨大な炎の中で、最強モンスター「魔王」が悶え苦しんでいる。
今まで大勢のプレイヤー達を葬ってきた最強モンスターが、俺の放った一発の攻撃魔法で絶命寸前まで追い詰められている。
そんな光景を眺めつつ、俺は呟いた。
「お~~。エフェクト綺麗やん」
俺がこのオンラインゲームを始めたのは、高校2年の冬だった。
内容はよくあるファンタジー世界での冒険をテーマにしたゲームなのだが、当時から大人気のゲームであり、俺も前々からやりたいと思っていたのだ。
しかし、このゲームが要求するマシンスペックは凄まじく、簡単には機材を揃えることが出来なかった。
そこで俺はお年玉やお小遣いをせっせと貯め続け、更には親に隠れてバイトまで始める。
そしてようやく、高校2年の冬に全ての機材を揃えることに成功した。
「時はきた!」
誰に言うわけでもなく自室で宣言した俺は、ヘルメットみたいな機械を頭に被りゲームを起動する。
すると、一瞬だけ視界が歪んだ。
気が付いたら、俺はゲーム世界に放り込まれていた。
どうやら、俺が居るのは町にある広場らしい。
そんな広場の周りでは、ファンタジーっぽい恰好をした人々が動き回っている。
もちろん、ファンタジーっぽいのは人だけではない。
建物一つ一つも細部まで作りこまれているし、町を取り囲む城壁も中々に立派な作りとなっている。
「おお~~。これがゲームの中なのかよ。リアルな作りじゃん」
周囲を見渡し感動した俺は、とりあえずステータスの確認を始める。
そして空中に表示されたステータスには、初心者装備を身につけ、全てのステータスが「0」と表示される俺の姿があった。
「よし、とりあえず初心者用の武装と防具は装備されているな。これなら直ぐにモンスター狩りが出来る」
俺は早くモンスターと戦いたいと考えていたので、イソイソと町の外を目指した。
そして、あと少しで町の外の狩場に繋がる城門に辿り着ける・・・。
そんな時、俺の肩を誰かが掴んだ。
「お前、何も聞いてないのか? 暫くモンスター狩りをするのは止めといたほうが良いぞ?」
驚いた俺が振り返ると、そこには立派な装備を身に着けた青年が居た。
「ああ、やっぱり。それは最初に支給される装備だな。お前、初心者だろ」
「え? え? 何ですか?」
困惑する俺に、彼はヤレヤレといった感じで語り始める。
「お前、掲示板みてないだろ?」
「は? 掲示板?」
「広場にある掲示板だよ。・・・さてはお前、チュートリアル飛ばしたな?」
「うぐっ・・・」
その通り。
俺は面倒くさかったので、チュートリアルを飛ばす設定を事前にしておいたのだ。
「は~~~・・・。時々いるんだよな~~、お前みたいな初心者が。・・・まあ、今回は俺が教えてやるよ」
「ありがとうございます」
「いいよいいよ。初心者に教えるのはベテランの勤めみたいなものだし」
すると彼は一つの画像を見せてくれた。
「これは掲示板の画像だ。ほら、見てみろ。運営からのお知らせがあるだろ?」
「ええと・・・、魔力レベル上昇バグのお知らせ??」
何やらバグが発生しているようだ。
掲示板に書かれていることを要約すると、どうやらモンスターを倒すと魔力レベルのみが上昇してしまうバグが発生しているらしい。
「・・・???」
「お前・・・、全く理解してないだろ?」
「え? 魔力レベルって何ですか?」
「本当にチュートリアルやっとけよ・・・」
彼は小さくため息を吐き出すと、説明を始めてくれた。
「いいか? このゲームには6個のステータスがある。生命力、魔力、攻撃、命中、防御、回避だ。それは分かるか?」
「分かります」
「よし。でな? 攻撃、命中、防御、回避はモンスターを倒す、もしくは訓練場で訓練をして上げることが出来るんだ。しかし、生命力と魔力は実際にモンスターを倒して経験値を得ないと上がらないんだよ」
彼は地面に文字を書きながら説明を続けてくれる。
「で、問題なのが魔力だ。これは「死にステータス」と呼ばれている」
「死にステータス?」
「そうだ。この魔力というのは全く使い道のない力なんだよ」
そういうと、彼は地面に書いた「魔力」の横に「死にステータス」と書き込み始める。
「マジで謎なステータスだ。別にゲーム内で魔法が使える訳でもないのに存在している。で、そんな魔力もモンスターを倒すと自動的に経験値が振られて成長していっちまう」
「ああ~~~、なるほど」
ここまで聞いて、ようやく理解した。
このゲームは各ステータスを総合したレベルに上限が決まっている。
全く使い道のないレベルが一つでも上がるというのは、死活問題と言ってもいいのだろう。
「でだ。今の流行は攻撃と命中を鍛えまくる「攻命特化」だな。俺もそうだ」
「なら、モンスター狩りをしなければ良いんじゃないんですか?」
「そういうわけにもいかない。色々なアイテムを手に入れるには、レベルに合わせたクエストをクリアする必要がある。となると、どうしてもモンスターと戦わないといけないんだ。・・・まあ、クエストをクリアしなくてもゲームは出来る。このゲームは対人戦も面白いしな」
そこまで聞いて、俺は完璧に理解した。
「ああ~~、なるほど~~」
「殆どのプレイヤーは魔力レベルが上がらないように工夫しながらモンスターと戦っているんだよ。中にはモンスターを一匹も殺さずにクエストをクリアする猛者までいるくらいだ」
そんな事が常識となっているゲームで起こったのが、今回の魔力レベル上昇バグなのだ。
そりゃ、みんなモンスターと戦いたくないだろう。
「ほら、外の狩り場を見てみな? ベテラン勢がスライムから逃げ回っているだろ」
そう言って彼が指差した先では、ベテランっぽい人たちが必死に町を目指して走る姿があった。
「ひいいいい! スライムだあああ!」
「こっち来るな!! あっち行け!!」
「シッ! シッ!」
「バカ! 手で払うな! 間違って倒したら魔力レベル上がるだろが!!」
「な? 俺の言った通りだろ? バグが修正されるまで、町にいたほうがいいぞ。ああ、あと掲示板はちゃんと確認しとけよ」
それだけ言うと、彼は手をヒラヒラさせながら去っていった。
一方、城門前に残された俺は悩んだ。
(このゲームを運営しているのは有名なゲーム会社だし、役に立たないステータスを作るだろうか? ひょっとしたら、誰も気がついていないだけで魔力というのは重要なステータスである可能性も・・・)
俺は暫く城門前で悩んでいたが、最終的に意を決して狩り場へと飛び出した。
そして目の前で跳び跳ねていたスライムにナイフを振り下ろしたのだ。
・・・スライムは簡単に倒すことができた・・・。
そして、問題のバグが発生する。
ピロピロという音と共に、俺の魔力レベルが2も上がったのだ。
「おお、本当に魔力レベルが上がった」
それから俺は、俺以外に誰もいない狩場でスライムを狩り続ける。
そんな様子を、城壁の上から人々が呆れた顔で眺めていた。
「あいつ、バカだろ」
「あ~~あ。またスライム倒しちゃったよ」
「あのままだと魔力レベルだけで上限レベルに到達しちゃうんじゃないのか?」
「マジで役に立たないステータスなのに、なに考えているんだか」
人々は口々に俺の行いをバカにしてくる。
そんな言葉を聞きながら、俺はスライムを狩り続けた。
本来ならばクエストにでも行った方がいいのだろうが、俺はクエストのクリアを諦め、せっせと魔力レベルを上げることに集中する。
その結果、僅か1時間程度で俺のレベルはMAXとなり、これ以上のレベルアップは不可能となったのだ。
その様子を見ていた人々は、心底呆れた顔をしている。
中には何やらメモに取っている奴までいるじゃないか。
(多分、あれだな。俺の名前をメモにとって、パーティーに入れないようにしているのだろうな)
簡単に言うなら、俺はブラックリスト入りしたらしい。
それから数日後、バグは修正された。
そして、俺にとっての地獄が始まる。
結論から言うと、マジで魔力は死にステータスだったのだ。
本当に全く使い道がない。
そもそも剣や槍はあるが、魔法が無い世界では大量の魔力があっても意味はないのだ。
更には俺の名前はゲーム中に広まってしまい、誰も俺とパーティーを組んでくれない。
実際、俺がパーティーに近寄るだけで、
「うげっ! 魔力バカだ!」
「え? パーティーに入れて欲しいの? 私たちに何のメリットがあるの?」
等と言ってくる。
期待していた魔力には本当に価値はなく、パーティーに入ることもできない。
レベルを上げようにも、既に上限レベルに達しているのでレベル上げも出来ない。
かといって、新キャラを作るにも二体目からは有料となってしまう。
更には高校3年になったので、そろそろ受験勉強を始めなければならない・・・。
そんな理由が重なり、俺はゲームを離れるしかなかった。