朝(あした)に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり ⑦
「…はあ?」
「ひひっ……」
微かに気味の悪い笑い声が耳に伝わる。それは確かに凪の声であったが、凪の笑い声ではない。
ここで、知りたくもない事との出会いを果たしてしまうことになる。
「君はもう、この世に存在して良いものではない」
言葉の一つ一つが耳を通って脳に突き刺さる。もっと早く電話を切ってしまえば良かったのに、凪の声に気を取られてしまっていたらしい。
いつかも気が抜けて痛い目を見たことがあるが、学生時代の警戒心はどこへ行ってしまったのだろうか。
「君は、三年前に死んでいるんだよ、孔」
「…笑えない冗談やめろ、こんな時に」
「冗談なんかじゃないよ。僕が変な時に冗談言う人間だと思う?」
「僕は変な時に冗談も言えるよ」
「っ、お前!」
もう一つ凪の声が電話越しに聞こえてくる。しばらくガチャガチャと、争うような、擦れるような音が続いたかと思うと、
「やあ」
と、同じく凪の声がこちらに届いた。電話越しではどちらのものなのか分からない。どちらでも良いから今起きていることを教えてもらえないだろうか。
「……」
「今度は本物の橘凪だよ、安心して」
「本当だろうな?」
「本当だよ。電話越しだから証拠は見せてあげられないけど…あ、でも僕は本当に人の葬式とかでもない限りは、いつでもどこでも冗談かましちゃうよ」
「ああはいはい、お前が本物の凪なんだな、もうそれでいいや」
「ただ、今回は言ってる暇ないかも知れないねえ…」
変わらない落ち着きで話し続ける凪に気味の悪さを感じてくる。まるで、ころころと変わり続ける現状に順応しているよう。本物の、いつもの凪と信じてはいても、彼のそういう態度は時折思わず身を構えたくなってしまう。
「あのさ、聞いて良いか?」
「もちろん、どうぞ」
「俺って…」
「知ってると思ってたけど、知らなかったんだね。思ったより馬鹿だったんだ」
「あ?誰がこんな事想定するかよ」
「もっとショックを受けるものだと思ってた」
「受けてるよ。でも反応するのももう疲れた」
家族のことも、自分のことも、そしてこの世のことも…ただ忘れているとばかり思っていたが、もっと別の理由があったのだ。例え、自分が死んでしまったが故だとしても、それは確かに、今存在している。それが分かっただけで、もう充分だった。首を切らなくても良い、変な夢を気にしなくても良い。妹の存在の有無に頭を悩ませなくても良い。
「じゃあ、もう受けるショックも無いから教えてくれよ。知りたくないことも、知らなくていいことも、もちろん俺が知りたいことも」
朝に道を聞かば、夕に死すとも可なり。
もう既に自分が死んでしまっているのならば、いくらでも知りたい事を知っても誰も怒らないだろう。
知る事よりも、知る事を咎める方がよほど罪深いのだから。




