朝(あした)に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり ⑥
「う…」
「ちょ…あんたどうしたんだよ!!」
「あ……あなたが…神崎様でございますか…」
近づいてみると、その人物は長谷川姉妹と変わらぬような少女で、ヨミがいつも着ている羽織りと似たようなものを身に着けていた。その髪は夜空のような紺色で、履いている七分丈の袴には星空が広がっている。
「その恰好…お前、ヨミの使いか何かか?」
「は…い。ヨミ様、から言伝を預かり…ここを目指し、てきたのですが…」
「無理して喋るな!待ってろ、今薬を…」
彼女を一度その場に寝かせ、薬を取りに行こうと立ち上がろうとしたとき、白衣の袖を掴まれた。もう虫の息だというのに、がっしり掴まれて振り払うこともできない。やはり、使いと言えど神様なのだ。
「構わないで、下さい!私は星流れ、人前に生まれ、てはすぐに果てる運命なのです!」
「……っ」
誇り高く、力強くそう言われれば、大人しくそこに留まるしかない。孔は彼女に気圧され、大人しく彼女の言葉に耳を傾けることにした。
「良い、ですか…良くお聞きくだ、さい…」
「ああ」
彼女は言葉をゆっくりとかいつまんで、ポツリポツリと話始める。
「ヨミ様が持ち帰られた、あの石、が…先日孵化致しました…現在、ヨミ様自身が、夜の国、から一歩も出さぬよう尽力されて…」
「もう孵化したのか?!早いな…」
「…いいえ、あのままこちらの世界、に残したまま、だったら、もっと早かっただろう、との事でした…」
怪我をした彼女が、徐々に弱っていくのが手に取るように分かる。時折咳き込んで吐血してしまうことから、かなりの攻撃を受けたのだろう。
「ヨミ様、は、しばらく戻れないと仰せでした。それは、あの神官にも、既に伝えてあります…」
「…それから?俺は何をすればいいんだ?」
「……こちらには来るな、だそうです…ただし、気は抜くな、と……」
「はあ?」
結局、ヨミは夜の国からその孵化した何かをこちらに流すつもりなのか。なら、向こうにあの石を持って行った意味は何だったのか。
「…すみません、もう」
「分かった…ありがとう」
「これが、私の役目ですから……それでは、ヨミ様のことは信じてあげてくださいね…」
そう言い終わるや否や、彼女はそのままこと切れた。
後からその体は消えてしまったが、少し調べてみると、やはり彼女は致命傷を負っていたことが分かった。何から狙われたのかは分からず終いだったが、いずれ自分もそれを対峙することになるだろうと思うと、いちいち小さなことも気にしてはいられなくなった。
「いつこちら側に来るのかが分からないな…」
正直、あまりの急な出来事に孔自身も混乱していた。しばらくヨミから連絡がないと思えば、いきなりあの石が孵化してしまって危険な状態だと伝えられても、困る以外にどんな反応を示せばいいのか。
どうしたものか、あちらこちらを歩き回っていると、誰かからの着信でスマホが鳴った。こんな時こそ落ち着き払って電話口に出ると、相手は凪だった。
「凪、ちょうど良かった、ヨミの事なんだが…」
「僕もその話で今かけてるんだ。…あの、これは君に伝えるべきか迷ってるんだけど」
「あ?なんだ?」
「…軽率に聞かない方が良い。ちゃんと決心していないと、君自身が精神的に苦しむことになるから」
「そんなに重大なことなのか?俺に関わる?」
「…うん。いつだったか、あれこれ思い出せなくなったって言ってたよね」
「どうだったかな…結構前に言ったかもしれない」
「思い出せないのにはちゃんと理由があるんだ。だけど、それはさっきも言った通り、軽率に触れて良い問題じゃない。上手くは言えないんだけど」
「何なんだよ、勿体ぶって…」
「…それだけ僕は言いたくないんだ。だけど、いつかはその時を受け入れなければいけない!それを先延ばしにするのももう限界なんだ!でも、それも嫌なんだ…!」
感情が露わになった凪の声に、孔はたじろぐ。凪も凪で、自分の気づかないところで苦悩してきたのだ。まして、今回のように孔に何かしらの危険が及ぶとなると、心苦しかったことだろう。
とはいえ、肝心の孔本人が話の要旨を掴めていない。それなら、いっそ話を聞いた方が早いのではないか。
「凪、お前が俺を気にしてそうしてくれたのは本当に嬉しいよ。けどさ、色んな事を含めて、俺ももうそろそろ腹くくろうと思ってるんだ。いい機会だから話してくれ」
「だけど、それじゃあ君が…」
「俺もお前がそうやって苦しむのは嫌だなあ。昔からそうやって来たじゃねえかよ、な。だから教えてくれよ」
窘めるように言葉を伝えると、そのうち凪も落ち着きを取り戻す。そう思っていたのだが、事は思っていたよりも更に由々しい問題らしい。
凪の口調からは、もういつもの落ち着きが取り戻されていた。その代わり、いつもの落ち着きに重みがいくつか乗せられていた。
「…本当に良いの?」
「良いよ。初めにこの話題を出したのは間違いなくお前なんだから、そのくらいの責任は持ってくれよ」
少々冗談交じりにそんなことを言ってみると、凪も安心したのか向こうで小さな笑い声をこぼした。
「それもそうだね。それは、そうだ」
しっかり、確実に噛み締めるように繰り返す。
「それで、話っていうのはなんだ?」
「うん、それなんだけどね。君の抜け落ちた記憶、つじつまが合わないまま補填された記憶…全部が戻ってくる日が来たんだよ、孔」




