朝(あした)に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり ⑤
「ええっ…ちょっと、道心さん!」
マンドラゴラに憧れていた命は、もちろんマンドラゴラの『引き抜くと叫び声をあげ、それを聞いた者は死んでしまう』という特徴も知っていた。同じく知っているはずの孔自身が、何の戸惑いも無く引き抜くのを見て、思わず縮こまって耳をふさいだ。しかし、何も起きた様子がない。恐る恐る顔を上げてみると、さも当たり前のような顔をした孔と、人のような形をした植物の根っこがうごうごとその体をねじっている様子が目に入った。
「…え?」
「正式にはマンドレイク。花自体は綺麗だけどかなりの毒を持ってるんだ」
などと言いながら、まるで駄々をこねる子供のような動きをする根っこを指ではじいてみたりする。
「根っこはかなりグロテスクだしね」
「…叫ばないね」
「ちゃんとしたのは叫ぶよ。ただ、俺が育ててるのは土に撒いた薬に、さらには改良もしたから叫ばないし聞いても死ななくなったんだ」
「そうなんだ…でも、何か喋ってない?」
耳を澄ましてみると、マンドレイクの口らしきところから微かに声が聞こえてくる。しかし、何を言っているのか聞き取れない。
「これは何というか…声量は無いんだけど、色々いじくったら美声になったんだ。たまに歌うよ」
「は、はあ…すごいなあ」
「なんてね。俺はまだ聞いたこと無いんだけど」
これは高度な冗談なのか、それとも本気で言っているのか…まだ幼い命には全く判別がつかず、微妙な反応しか示すことができなかった。
「これはまだ少し早かったかな」
孔はそういうと、もともと埋まっていた場所にマンドレイクを埋めなおした。当のマンドレイク本人は、もう一度土に埋められることに憤慨しているのか、ねじ切れるかというほど体をひねり、ぴいぴいと声を上げて最後まで抗議していた。
「まだ使えないの?」
「これでも良いんだけど、もう少し毒が欲しいからまだ収穫しないでおこうかな」
「なんだかかわいそうに見えたけど…これも仕方ないのかな」
命はそう言いながら、マンドレイクが今植えられた箇所をそっと撫でた。
「魔法があるからできることだ。何かと何かを合わせると、そこに含まれている何かを犠牲にしなければいけない。毒も、魔法もそう。良いものを合わせたからと言って、良いものができるとは限らない。相性が良くても、互いに殺しあうことがあるからね」
「うーん…」
「まだ難しかったかな。でも、魔法を使うだけでさえも大事なことだ」
「…いつか私も魔法薬を作ってみたいなあ」
「前も言ったけど、一つの魔法薬を作るのにもかなりの知識と力が必要になる。今の話も。だから、もう少し勉強頑張らないとね」
「うん!」
土だらけの笑顔で、彼女は大きく頭を振った。彼女の知的欲求は、孔のそれをも超える可能性を秘めている…ように感じられた。
今や、本物の魔女は彼女なのかも知れない。
本物だからこそ、その魔力に枷が付けられたのではないか。
今ならそう思える。
「もし朝に真実を知ることができるのならば、その日の夜に死んでしまっても構わない」
多くの人を教え導いた男の言葉である。
物事の真実を知る者としてのひたむきな姿勢。
孔は、そんな男に憧れていたことがあった。それは今も変わらないだろう。彼がこれまで血のにじむような努力を続けられたのも、この言葉があってこそ。この言葉を知ることが無ければ、彼は未だに出来損ないの魔女のままだっただろう。呪いを受けた命にさえも追いつけず、親戚一同からは罵詈雑言の嵐、いずれはしびれを切らして殺しに来ることだろう。
結局、彼は死なずに今を生きることができている。しかし、このまま生きながらえていれば、知らなくとも良い真実、知りたくもない真実との出会いを果たしてしまうものである。
例えば、それは命が帰ったその夕方のことであった。
庭の隅に集められた雑草をどう処理しようか思案しながら煙草に火をつけた時、ドアを叩く音があった。命が忘れ物でもして戻ってきたのかを思い、一度玄関へと戻るとそこには血に塗れ倒れた何者かの姿があった。




