朝(あした)に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり ②
「これも全部あいつのせいだ…!!」
翌日の朝、溜まりに溜まった鬱憤を原動力に再び月占神社へ行くと、いつも通りに凪が社務所の中で暇そうに欠伸をしているのが目に入った。
「…ああ、おはよう。珍しいね、こんな早くに起きてるなんて」
「お前の嫁に用事があるからな」
「波美?波美ならまだ子供たちのお世話してるからしばらく来ないよ」
「じゃあここで待たせてもらう」
「いったいいきなりどうしたの?何かあったの?」
不思議がる凪に事の詳細を話してやると、凪は「ああ…」と納得したような顔をする。そうなるのも仕方ないと思ったのだろう。
「僕も知り合いに喪失症にかかった人はいなかったから、解消の仕方も分からないんだよね。蔵にあった書物か何かもいくらか目を通したことがあるんだけど、そんな風な記述は見当たらなかったし…」
「はーーやっぱ時間をかけてリハビリするくらいしかないのか…」
「…でも、前みたいに自殺を図ろうとしなくなっただけ成長したんじゃないかな。あのままだったらもう一回同じことをしてもおかしくなかったよ」
「状況が状況だからだろ。あの時から一切あの感情が変わったことは無いよ。でも、そんなことも言ってられなくなった上に誰かさんがたぶん全力で止めに来るだろうから、二度とあんなことはできないだろうな」
「年上の言うことは聞くものだよ」
「五つしか違わないくせによく言う」
「五つはかなり大きいと思うんだけど、魔女の感覚というものはことごとく世間からズレているのがあたりまえなのかな?」
「そういう差別をするから泣く術者も絶えないんだぞ兄ちゃん」
「差別って、ちょっとそれは大事なんじゃない?これだから魔女様は…」
ちょっとした皮肉の合戦を繰り広げている真っ最中、
「ごめん凪、遅くなっちゃった」
と、幼子二人を引き連れた波美がやっと姿を現した。まだ眠い目をこする幼子たちは、お母親に引きずられるようにして手を引かれている。
「あらあ、孔がいるなんて珍しいこともあるものね」
「波美にクレームだってさ」
「あらあら、それならもう少し待ってくれる?この子たちにお参りさせないとね」
波美は拝殿前まで子供たちを連れて行き、横に整列させると
「さあ、ヨミさまにご挨拶なさい」
と促した。孔は昨日実際に、ヨミがこの世から離れるのをこの目で見ていたので、その光景が何だか不思議に見える。目に見えない何かを信仰する姿は、無神論者の目にはこのように映っているのだろうか。
「うちではね、ヨミが留守にしてても毎日欠かさずこうするようにしてるんだ」
「そんなもんなのか」
「僕や波美がやるのは当然のことだけど、子供たちもいずれはこの社を継ぐんだから、今のうちにでも身近に感じていて欲しいからね」
「こんな小さなうちから神様を植え付けられてるのか…かわいそうに」
「それは心外だなあ…植え付けじゃなくて教育といって欲しいね。何かを残すためには必要なことだ。僕もそうして育った」
まるで愛おしそうに妻と子供たちを眺めるこの男は、そんなことを言いながらも子供たちの将来を縛るようなことはしたくないと願っているらしい。自分で選んだわけでは無いが、かといってまともな夢も無かった故に現在の自分が出来上がったが、子供たちには絶対に同じ道を辿って欲しくない。そのためには、お家のことは一切顧みずに育って欲しいところである。
「そんな事言っちゃうと今度は僕が絶縁されそうなんだけどね」
夢も無かった彼がやっと見つけた夢を話すとき、彼はいつも苦笑する。
「まずはあの母さんから何とかしないとな」
「僕がもっとちゃんとした男だったら良かったんだけどねえ」
「あらあら、凪はもうちゃんとしてると思うわよ、仕事以外は」
「ああ、手厳しい」
とうとう駄々をこね始めた子供たちを器用に抱きかかえた波美が、出雲を凪に渡しながら鋭いコメントを叩きつける。半分寝始めた出雲をあやしながら凪は苦笑する。二人ともとんでもなく器用な光景を見せてくれたが、これも数年『親』というものを経験したからこそ得たスキルなのだろうか…しばらく独り身だった孔の目には珍しく映った。




