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子曰く  作者: 神秋路
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朝(あした)に道を聞かば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり

 戸締りもするのを忘れていた扉を開けて、まっすぐ地下室へと降りる。目に映った石は、まだ辛うじて魔法にがんじがらめにされているが、いつ抜け出してもおかしくない状況だった。


「これはよく育ちましたね」

「関心するんじゃねえよ…」

「人が見える」

「え?」


 ヨミの視線を追ってみるが、そこには人の姿はおろか、影すらも見えない。関係の無い幽霊ではないのかと思ったが、どうもそうでは無いらしい。


「ほとんどが女子供で構成されているのですね。時々男性の姿も見える」

「その石にある命の事か?そんなに人がいるのか…」

「ええ、小さな国が一つ興せそうです。…ところで、このあたりにちょうど良い泉などはありませんか?空が映るようなものが良いのですが」

「そんなもん、ちょうどよくある訳ないだろ。川かただの池ならいくらかあるが」

「それでは鏡は?なるべく大きいものが良いです。神鏡だと尚良いのですが」

「わがままばっか言うんじゃねえぞボンボンが!」

「洗面所くらいあるでしょう。その鏡でも構いませんから」

「ったく、分かったからちょっと待ってろ」


 バタバタと階段を上がり、家の奥へと退いた孔は、少し待つと鏡を一枚抱えて戻ってきた。大きすぎず小さすぎない、まさに洗面台から何とかして取り外した鏡なのだろう。


「これは綺麗な鏡ですね」

「定期的に掃除はしてるからな」

「整える髪質でもないでしょうに」

「やかましいんだよお前は」

「ですが、これで助かりました」


 鏡を受け取ったヨミは、今度は外へ出て地面にそっと鏡を置いた。鏡面の中央には、真ん丸で美しい月が浮かんでいる。まるでこの場に月があるようで、なんだか眩しい。


 月がきちんと見えるのを確かめると、ヨミは指先で鏡の月を撫でた。


「…ええ?」


 鏡面に微かな波紋が広がった。


「大成功です」


 ヨミはにっこり笑ってこちらを向く。


「本当はもっと簡単な方法があるのですが、条件が悪いので月を介して渡ることにしましょう」

「渡る…って、どこに?」

「夜の食国です」

「はあ」


 『夜の食国』とは、文字通り夜の国の事である。月夜見命が生まれた際に治めろと与えられた国で、昼が無く、一日中月が空を占領している…らしい。曰く、あの凪ですら行ったことが無いのだから自分も細かく知るわけがない。普段はこちらの世界でのんべんだらりとしているヨミだが、皆が知らない間にもそれなりの頻度で夜の国へと顔を出して万事徹底された(まつりごと)を執っているのだとか。人は見かけによらないとは言ったものだが、それは神にも該当するようだ。


「正規の方法ではないので、常に不安定なんです。変なことが怒らないうちにさっさとあちらに送ってしまいましょう」


 いつの間に持ってきたのかそう言うヨミの右手には、縁起の悪い色をしたあの石が縁起の悪そうに収まっていた。


「そのまま落とす気か?」

「まさか。私も一度あちらに行って然るべきところに収めてきます。これ以上成長することは無いでしょう。上手くいけばね」

「それでも不確定なのかよ…本当に信用して良いのか?」

「では、あなたはこの地上でこの石を孵化させても良いというのですか?何が起こるのか分からない、私の占いのこともあるというのに」

「ぐ…そう言われたら何も言い返せねえよ」

「でしたら、あなたは黙って自分に課せられた呪いを解くことに専念しなさい。今、すぐに行動を起こせる術者は少ないのだから…」

「お前、それってもしかして…」

「最悪の場合に備えることは大事なことです。それでは、またお会いしましょう」


 彼はそれだけ言うと、一歩、鏡へと踏み出しまるで飛び込んだかのように沈んでいった。


「って言ったって…」


 なりたくてなったわけではない喪失症を、一体どうやって解除しろと言うのか。あれから多くの書物を読み漁り、多くの魔法を試したが何一つ解決の糸口へなんて繋がらなかったと言うのに。


 心の中で文句を垂れながら、ヨミが沈んだ鏡を拾い上げて元の場所へ戻す。この家からあの石が無くなっただけでもせいせいするのに、まだやるべきことは山積みである。それも簡単には解決できないものばかり。さっさと仕事を辞めて大正解だったと心の底から信じて止まない。

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