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子曰く  作者: 神秋路
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そういうことも ⑤

 まだ小さいのに、礼儀正しくて良い子じゃないか。感心しつつも、「お礼のしようがない」状況というのに引っかかった。街ではそれくらい差別が酷くなっていて、この子の家も困窮しているということか。少し前に行ったときは、良くしてくれる人も稀にいたものだが。


「同じ境遇なんだし、あまり遠慮しなくていいよ。弱い立場の人をほっとくのもできないよ」

「本当に大丈夫。顔が知れてるなら、道彦さんまであんなところに行く必要ないもの。お仕事もあるでしょ? 私だって、ちょっと火を使ってびっくりさせることくらいはできるから、平気だよ」

「なら良いんだけど。無理はしないで、本当にダメならご家族皆連れてうちに来るといい。術者に会ったら、遠慮なく頼るんだ。お互いに助け合うのが暗黙のルールだから」

「うん、本当にありがとう」


 孔は、諦めて少女をただ見送ることしかできなかった。


 買い出しに行くくらいしか街に行く用事はないのだが、今はどうなっているのか確認がてらについて行こうと考えていた。しかし、命という少女の気遣いに免じて大人しく引き下がるほかなかった。


 街へ向かって森を抜けていく少女の背中は、少女自身の大きな不安を醸し出している。悔しいことに、何もしてあげることはできないのだ。


 ──こればかりは薬でもどうにもできない。


 人間相手にできるのは、催眠か、爆薬か──毒薬か。


 物騒な、人を気づつけることしか思いつかない自分には、やはり「無能」という二文字がぴったりだと自覚した。無能だから目の前の小さな子供を守れないし、無能だから誰も傷つかずに済むような平和的解決策も思いつかない。無能だからこそ、「誰も傷つけずに平和的解決をしよう」などという甘えた考えに至っているのかもしれない。


 ──ああ、憎たらしい。


 初めから期待されずに済んだ少女の運命も、ただがむしゃらに知識をつけただけの自分の運命も……今この瞬間にも自分の中で流れ続けている忌まわしい血液も、全部全部……!


 こんなもの、全てすみずみまで出て行ってしまえばいい!!


 気づけば手中にはまだ綺麗な刃物が収まっており、その刃の部分を聖職者が用いる聖水に浸した。すぐに首元に当てて、そしてまっすぐ戸惑いもなく横に引いた。


 我に返ったときには既に終わっており、目の前には自分のものであろう赤黒い血液の泉が広がっていた。不思議と痛みはない。けれど胸の奥から何かが無理やり出ようとしているような……そんな苦しさが確かにある。


 体中から脳に伝わる感覚をしばらく堪能した後、ゆっくりと気を失っていった。


    ◇     ◇     ◇


 また夢を見た。いいや、夢というよりは走馬灯なのかもしれない。自分はもう、自らの首を切ったのだから。


 魔女という、悪魔崇拝から始まった血族にとって、聖職者が大事に持っている聖水は吸血鬼でいう銀や流水のようなもの。まして、これでもかというくらい刃を沈めたのだから、生き残る方がおかしい話だ。


 とても嬉しい思い出を見ていた。死に際になってそんなもの何も嬉しくないような気もするが、きっとこの感情こそが自分が元々持っているはずのものなのだろう。だとしたら、この感情の主は今さっきの行いを悔いなければならない。


 とても暖かくて、懐かしい。もう、今の自分では絶対手に入れられないものだ。自分が幼い時の、家族の「夢」。


 自分が生まれて、大切に育てられ、父親が失踪し、そして妹が生まれた。父親の代わりに妹をかわいがり、自分も大人になって──それ以降の続きはなかった。哀しいことがあっても、それでも幸せな夢であったのに、なぜそのような恐ろしいことが起きているのか……どうしようもなく辛くて、何もできなかった。赤ん坊のように声を上げて泣くこともままならない。それが更に辛さを引き立てていた。

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