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子曰く  作者: 神秋路
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石と命 ⑥

「あの石…覚えているか?」

「何の話だかさっぱり…年明けに月夜見様とお話していた事かい?」

「それだ」

「それなら、凪さんから少し見せてもらったことがあった。心当たりはないかと聞かれたんだけれど」

「その石なんだけど、実は結構危ないものなんだ。怨念の塊っていえば良いのか。それが今破裂寸前で、何が起爆スイッチになるかわからない状態なもんで、俺が今ここの地下で厳重に管理してるんだけど…」

「はあ、それは大変だね。先に言っておくけれど、わたしは封印なるものはできないからね。それは他の巫女一族に頼んでおくれ。私たちができるのは修復だけだ」


 この地域をまとめる橘家の下に着く巫女の一族は、幾つかに分かれてひっそりと続いている。守りや癒し、戦意など、司るものは多岐に亘る。その理由は橘の人間にしか分からないことであるが、噂ではそれぞれの神を祀り、それにちなんだ力を司っているのではないかとも言われていた。


「別に封印しろなんて言わないよ。ただ意見を聞きたくて。巫女様を継ぐお前なら何か感じる事があるかも知れないだろ」

「ふむ…なんだか、のっぴきならない状況のようだね。わたしで良ければ応じよう。ただし、わたしもまだ継いだわけじゃないから、君の望むような答えは出せないかも知れないよ」

「構わないよ。じゃあこっちに来てくれ」


 いつもの地下室への扉を開け、明かりをつけて階段を下りていく。一度この家に不法侵入した八千代でも、この部屋については一切気づいていなかったらしく、細く薄暗い通路を新調に進んでいった。石の元へ辿りつくと、彼女もやはりその禍々しさに顔を歪めた。


「以前見たものとだいぶ違うようだけれど?」

「ヨミ曰く育ってるらしい。俺も散々調べたんだけど、壁があるような感じがしてなかなか表面の事しか分からないんだ。性質が違うのは分かるけど、何か発見がないかと思って」

「…これ、あまり人には見せない方が良いものなのではないかい?」

「あ、あーうんごめん。お前なら大丈夫かと思って」

「大丈夫なものか。一目見ればこんなことくらい分かるだろう。わたしだって、こんな状態だと知っていれば今すぐにでもここを去ったのに」

「ごめんって……」


 その瞬間まで忘れていたのだが、確かにこの石をむやみに誰かの目の前に晒すことは危険である。ヨミにも言われていたことだし、実際に少し前までは命にも近づかせないように注意を払っていたのに。ヨミが言っていたような、取り込まれているという状態なのだろうか。もはや、自分にも何かしらの魔法を施さなければいけない事態にまでなっているというのか。


「正直、わたしはこんなものは視界にも入れたくはない。これが私の巫女としての答えだと思う。何を言われようと、これは受け入れるべきものではない。もちろん、性質が違うから相性の悪さにも影響しているんだろうけれど…君は平気かい?」

「俺はそれなりに相性は悪いとは言えないからな。だから、取り込まれないように注意されたけど、これはもう打つ手なしって感じかもな…」

「…まさかもう」

「いや!まだ分からないだろ。打つ手がないなら時間があるうちに作れば良い」

「無理はしないでおくれ。君に何かあった時に困るのは凪さんだ。あの人は何よりもそれを恐れているようだったよ」


 八千代は、早速『巫女』としての役割を全うしているように見えた。橘の人間の支えになるため。橘の人間の役に立つために。もしかしたら、彼女は幼い時からそれを目指して生きて来たのではないか。


 結局、巫女の力をあてにしてもまともな収穫は無く終わった。共通して言えるのは、これ以上あの石について情報を得ようとするのは無駄だという事だろうか。魔女、巫女、果てには神ですら成す術無く石を前に踵を返してしまう。それならば、できるだけ対象がこれ以上成長しないように手を尽くし、とにかく自分に課せられた不利な現状を打破するのが最善だろうか。


 ヨミの暦は絶対である。この町に何かが起こるのは避けられない。どのみちこの状況になるのは覚悟しなければならなかった。これから忙しくなるだろう。


「それじゃあ、もうこんな時間だからわたしは帰るよ」

「こんな時間って…まだ夕日にもなってないぞ」

「これでも修業中の身なもので。あまり留守にしているとお母さまどころかおばあさまにもどやされてしまうからね」

「…お前も大変だな」

「自分に一番似合う言葉だろうに…」


 彼女はてきぱきと原稿やペン、貰った薬などをまとめると、それほど時間も経たないうちに帰路についた。玄関を出ると、魔法の練習をしている命に出くわし、その際には


「勉強、頑張ってね」


 と、優しく声を掛ける姿を見せた。


「うん!八千代お姉さん、もう帰っちゃうの?」

「そうだよ。早く帰らないと、『巫女としての自覚が足りませんよ!』って怒られちゃうからね」

「巫女さんて大変だね」

「でも、わたしは誇りに思っている」

「私も!自分が魔女だって、自信持ってるの!」

「ふふふ。それじゃあ、道心さんはどうなのかな?」


 ぼーっとその場を眺めていた孔に、突然話が振られる。驚いた彼は、一瞬何の話だか理解ができずどもった。


「あ…えーと」

「君は自分が魔女であることに何を思っている?」

「…うん、ちゃんと誇りに思ってるよ。誰よりもね」


 彼のその心からの言葉を聞いた八千代は、満足したような顔をした。


「それじゃあ、またね」

「お姉さん、今日はありがとう!また勉強教えてねーっ!」


 大きく手を振る命に、八千代も控えめに手を振り返す。こうして見てみると、やはり八千代も大きく変わったように見えた。


 自分もそろそろ変わらなければいけないのかと、孔は首を傾げた。

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