石と命 ⑤
「これさ、年齢上げたらどうなる?」
「そうだねえ、それも面白そうだけれど、私には大人の世界というものがまだ分からなくてね。自信が無いんだ」
「これまで色んな本書いてきたくせに何をいまさら。老人の話だって書いてたよな」
「あれは想像と取材と、あと少しの担当さんの力があってこそできたものだ。その苦労はとても楽しかったし、もう二度とやりたくないとは言いたくないけれど…できれば避けたいね。私も家業という仕事もできたし」
「そうか…面白いと思ったんだけどな」
「私もそう思うよ。そうだ、担当さんにも相談してみよう」
八千代は楽しそうに原稿用紙の端にメモをする。万年筆を持つ右手が何となく震えているのが目に付き、思わず近づいた。
「何だい?万年筆がそんなに珍しいのかい?」
「いや…お前、手震えてるだろ?」
「ああ…これはただの腱鞘炎だよ。パソコンでの作業では起こらなくなっていたんだけど、ここしばらくは手書きで長時間文字を書き続けることなんてなかったから…」
「無理してそのまま作業してたのかよ!相当痛かっただろ…ちょっと待ってろ」
「また薬かい?大丈夫だよ、そんなの無くたって」
「お前は俺よりも手え酷使するから駄目だ。悪化するだろ。ほら、腕出せ」
「…手に変に施しをされるとやりづらくていけない。だから何もしなかったのに」
「残念でした。今回はこれだ」
孔は何やら様々な薬が入った箱を抱え、その中から一つ取り出した。その取り出された薬はいつもの液薬とは違い、背の低いジャム瓶のような瓶の中に詰められ、つやつやとした乳白色で軟膏のように見えた。
「…なんだい、それ」
「試しにいつもとは違う薬を作ってみようと思って。塗る湿布だと思ってくれて良いよ」
「普通に市販されている者じゃないか」
「お前、魔女のお薬だぞ、市販の薬よりずっと良いんだぞ」
「世間一般から見て、魔女から薬をもらう事自体危ない事だということを分かって欲しいよ。ただでさえ呪いとか何とか言われてるんだから」
「呪いなんてないない。人の話を聞かないからそうなるんだ」
「そもそも、君がそうやって薬を作っていることも法に触れるような気がするけど?」
「術者に法はあってないようなものだって言ったのはどこのどいつだ?」
「ああ、わたしだったね。今のは忘れておくれ」
八千代はそれ以上口を挟むことはせず、黙って薬を塗って貰った。聞いていた通り、冷却されている感覚がすぐに広がり、編んだか不思議だ。しかし、効果はありそうである。
「それ、試作品なんだけど良かったら貰ってくれよ。変な効果が起こることは無いから安心して良いから」
「それじゃあお言葉に甘えて頂くとするよ。もし効果があるものだったら、わたしにとっては重宝するからね」
「おう、是非感想が欲しいね」
「効果が出たら連絡しよう」
彼女は、貰ったばかりの瓶を大事そうに抱えた。それまで二人の会話など全く聞かずに宿題に集中していた命は、ちょうどこの時キリよく宿題を終わらせたようで、思い切り体を伸ばして深呼吸をした。
「ああ、やっと終わった!」
「良かったね、だいぶ書けるようになったじゃないか」
「うん!八千代お姉さんのおかげ!」
「それは嬉しいね。わたしで良ければまた教えよう」
「やったあ! …あ、ねえ道心さん、外に出ても良い?」
「良いけど…どうしたの?」
「ずっと座ってたから運動!魔法の練習したいの。一人で良いから!」
「構わないよ。辺りを吹っ飛ばしたりしなきゃ、好きなだけ練習してくると良い」
「ありがとう、行ってきます!」
魔法書を手に軽い足取りで外へかけていく少女。その背中を見守りながら、孔は紅茶を淹れなおした。
数日前にヨミが来てから、石については八千代には話しておこうと思っていた。姉妹揃ってとも思ったが、巫女を継ぐのは八千代であり、この先完全にただの人間になってしまう妹の方を巻き込んでも何の意味もない。彼女たちは初めから巫女としての力を開花させてはいなかったが、今後その修業をしていく八千代とは、「完全な術者」として向き合うべきである。いずれ、巫女の力も戻ってくるだろうから。思えば、自分も似たような方法で魔女として確立できたも同然だろう。
改めて向き合うと、察しの良い八千代は用件を言えと言わんばかりに目を見返してきた。もう立派な巫女だと思わず認めさせてしまう目をしていた。




