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子曰く  作者: 神秋路
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石と命 ④ 

 二人を招き入れいつもより一人分多く紅茶を出すと、命は勉強の続きに手を付け始め、八千代も原稿用紙の束と万年筆を取り出した。


「珍しい、手書きか」

「普段は自慢の高スペックパソコンで書いているんだけど、こうして定期的に手書きで書いてるんだ。じゃないと、漢字を忘れてしまいそうだからね」

「あー、巷で話題の奴か」

「そうそう。わたしのことは気にせず、そちらはそちらで集中しておくれ」

「たまに魔法発動するけど良いのか?」

「もちろん構わないよ。そういう風景からインスピレーションが湧くこともある。いつもの家じゃ、見慣れすぎて刺激が足りないんだ」


 確かに一理ある気がする。執筆も、研究も、想像力が必要なものは定期的にとまではいかずとも、刺激を得ることが必要だ。彼女も、自分の仕事に対してはひたむきなのだろう。その点においては、孔も共通するものがある。


 彼女は気晴らしに、と命が持ってきた宿題を手伝った。その間に、孔は彼女が書いた原稿を読まされた。いつもは妹に読んでもらっているのだが、こういう機会なのだから違う人の意見も取り入れたいという彼女の頼みである。


「いいかい?この式は、こういう風にできているからその通りに解けばいい。少々紛らわしく見えてしまうけど、一つずつ分けて考えてみて」

「…あ、本当だ!すぐに解けるね!」

「だろう?この解き方は、いずれもっと大きくなった時も、別の問題でたくさん使うからちゃんと覚えておくと良い」

「うん!ありがとう、八千代お姉ちゃん!次は、国語教えて欲しいな!」

「良いよ。わたしの専門分野だ」


 八千代は、命と楽しそうに談笑しながらちらと孔の方を見た。一人掛けのソファに足を組んで腰掛け、紅茶を飲みながら真剣に読んでいる。見たことは無いが、これがいつも彼が本を読むときの姿なのだろう。様になって見える。


「そちらはどうだい?…本を読んでいる人に声をかけるなんて無粋だと思うけど」

「ああ、気にしないよ。これって、前に言ってた新しい奴か?」

「そうだよ。あらゆる魔法使いの本を読んで研究したんだ。どうかな」

「それは最後まで読んでからゆっくり話すことにしよう。ちょうどいい時間になると思うし、おかしも出すよ」

「それならわたしたちももう少し頑張るとしよう」


 彼に頼んで正解だっただろう。妹は思ったことを素直に言うので修正もしやすいが、好き好んで本を読むタイプではない。対して孔は普段から本を読むようだし、こうして真摯に向き合ってくれている。真正の本の虫なのだろう。


「八千代お姉さん、ここはどうしてこの答えになるの?」

「このあたりの文章をよく見て。こういう表現をしているときは、大体この答えのような意味であることが多いんだ。なぜだと思う?」

「うーん…どうしてだろう…」

「命ちゃんは、本はよく読む?」

「好きだけど、あんまり持ってないの。だからあんまり読めてない」

「できる範囲で良いから、たくさん読んでみて。国語の問題が簡単に見えてくるよ」

「本当?分かった!」


 孔はその言葉に賛同した。本は知識でできている。本は魅力的だ。


 彼女の新しい小説は、校閲が入る前でありながら既にいい出来だった。研究したと言っていただけあって、相応の成果を出せている。意見を聞かせて欲しいと言われたが、感想だけで時間を潰してしまいそうだ。


 あらすじとしては、この世にたった一人残った十七歳の魔女が世の人間を守るために生きるというもので、たった一人で数多いる人間を守る重圧や自分の能力の低さからの苦悩などに苦しめられながらも、自分の使命を全うする上向きな物語だった。『柳原三珠』にしては珍しく明かるさを持った物語だと感じたが、不思議と違和感は感じない。違和感は感じないが、どこか引っかかるところがあった。


「何で主人公はこんなに幼いんだ?」

「年齢が低い方が物語を面白く進めやすいと思ったからね。このくらいの方が悩みも抱えやすい。生きていた世界が大人と比べて狭い分、人生を簡単に進めていくことはできない。そんな中、どうやって生きていけば良いのか…いい話になりそうだろう?」


 本当にそうだろうか。大人だからこそ、生きづらいことも増えていくのではないか。子供は、大人から差し伸べられる手以外に生きる手段がないために生きづらい。しかし、大人は生きる手段が多すぎるあまり、それが足枷となり身動きすら取れなくなってしまう。その腕の中に抱得るものが多すぎて、動く余地すら与えてもらえない。与えてくれる人がいない。なぜなら、大人になった時点で全て自己責任の世界に身を投じているから。身を投じることを生まれた時から義務付けられているから。それに気づくのは大人になった時。だから、これまでの人生に後悔することも少なくない。


 この物語の魔女が更にこの重圧を抱えたならば、更に奥行きが出てきそうだ。その重々しさに読むこちらまで疲弊してしまいそうだが、彼女の文才ならばどうだろう。

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