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子曰く  作者: 神秋路
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石と命 ③

 しばらく経つと、ヨミはゆっくりと目を開け、深呼吸をした。


「何か分かったか?」

「……」


 彼は、深刻そうな顔をしたまま何の反応も示さない。その様子に重ねて問いかけることもできず、孔自身も黙って彼が口を開くまで待つことしかできなかった。


「…あの」

「うん?」

「何も分かりませんでした…」

「…あのさあ……」

「面目ありません…」


 石に触れた時、意識をその中に入れようとしたのだが、何かに阻まれてうまく入り込むことができなかったのだという。何度も何度も、試行錯誤を繰り返したがことごとく跳ね返されてしまった。ヨミほどの高格な神様ですら太刀打ちできないのだから、孔が何も情報を得られなかったのも仕方がないことだろう。そもそも、ヨミは魔力を扱うのが苦手だと言っていたのだから、こうして来てくれただけでもありがたいことである。


「ですが、些細な情報ですがいくつか分かったことがありました」

「それって?」

「以前、この石の魔力は多くの人間の恨みだと言いました。それは変わりません。ですが…それが一人の人格を形成しているように見えます。あんまりにも集まりすぎなのです」

「ええ…?俺がこれまで封印していた間でも、成長してたってことか?」

「そういうことになると思います。あなたの結界をすり抜けたのでしょう」

「はーマジか…自信あったのにな」

「仕方ないことだと思います。この石は、私と張り合える程長い時間を生きている。あなたや私を超える力を蓄えていてもおかしくないんですよ」

「…これも占ってたのか?」

「暦、と呼んでください。皆が言う私の占いとは、元々決められたことを私が月を見て読み、暦に記す事であって、断じて占いではありません」

「はあ」

「暦は全て決められています。未来を変えることはできません。たとえ、私の読んだものと違う行動を取ったとしても何も変わらない。むしろそのしわ寄せが必ず訪れる……あなたも、身構えた方が良いかもしれません」

「おい、それって…」


 ヨミの表情が先ほどよりも深刻なものになった。いつかの祭りで告げたあの暦の通りのことが起きるということだろう。これ以上、石を拘束することもできない、自分たちが何とかできる領域ではない…。孔も、心のどこかで覚悟を決めた。


「分かった。石はこのまま封印しておこう。何が起こるかは分かってるのか?」

「それを事細かに伝えることはできません。世の中が矛盾だらけになってしまうでしょうから」

「それならしょうがないな。俺もそろそろ、喪失症を何とかしなきゃいけないと思ってたところだしちょうどいいや」

「ああ、まだ話すことはあります。その石の中身ですが、あなたと全く同じものを感じました。心当たりはありますか?」

「さあ…俺は何も感じなかったな。気持ち悪いなーとしか…」

「…なら良いのです。何があるか分かりませんから、取り込まれないようにだけはしてくださいね」

「あ…うん。分かった」

「それじゃあ、また煙でも吐きましょうか」


 ヨミは懐からあの煙管を取り出すと、さっさと外へ出て行ってしまった。いつも以上に意図が読めないこの行動に、孔は首をかしげながらもいつものことだからと片付けて、煙草を持ってヨミについて行った。この時の煙は、なんだか重たく肺を圧迫しているように感じた。


 数日後、いつもの時間に勉強しにやってきた命を玄関で迎えると、隣に八千代が彼女らしい笑顔で立っていた。白を基調とした春物のワンピースに身を包んでおり、初めて見る私服姿に一瞬誰だか判別がつかなかった。髪も短く、どちらかというと暗い色のイメージがある彼女だが、案外妹と同じようなお嬢様タイプの容姿をしているのかも知れない。


「久しぶりだな、卒業以来か」

「少し執筆に詰まってしまってね。散歩をしていたら命ちゃんとばったり鉢合わせたんだ」

「ここでお勉強するのってお話したの」

「なかなか面白そうだから急いで執筆の道具を持ってきて一緒に来たんだ。問題は無いだろう?」

「無いけど…狭いぞ」

「執筆できる最低限のスペースさえもらえれば構わないよ」

「わあい!きっと楽しい時間になるね!」


 命は嬉しそうにぴょんぴょん跳ねた。八千代はその様子を楽しそうに見つめている。彼女が学校を出て初めての再開になるが、随分と明るくなったように見えた。

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