置き土産の中身 ⑧
「本当にそれだけのこと。それだけの話なんだ。互いに怖がって歩み寄る事しかできない」
「人間関係と一緒…なのかな」
「どうだろう。そんな気もする。人間は臆病過ぎた。術者は卑下しすぎた。それからここまで引き下がれなくなったんじゃないかな。今となっては分からないことだけどさ」
「僕も社会科の人間だから気になることは気になるけど…こういうことはやっぱり記録には残らないものだからね」
「仕方ないさ。歴史は消されるためにあるようなものだよ」
絶えず風が部屋中を駆け巡る。
孔が言う通り、歴史は絶えず作られて消されていった。同じように孔も自分の歴史を作って消していった。遠入もその一つに過ぎない。
「…ところ聞きたいことは済んだか?」
ふうっと息を吐けば、見慣れた煙が風に流れて消えていく。こんな穏やかな時間を過ごすのも就職して以来一度も無かった。あのままやめて正解だったのだ。
「うん…でもさ、どうして政府に自分を探させるようなことをしたの?挑発してるだけ?」
「そうでもしないと人間が術者を知る機会が無いからね。案の定、校長は俺の話を全く知らなかった。問題を起こした術者は即排除対象な筈なのに。少しも調べようともしなかったんだろうよ」
術者に関する学習は全国的に行われているものであるが、こうして国直々が動いて教えを施すのはかなり珍しいのである。それも孔の一件が要因の一つだからだろう。
武藤との通話を切り上げると、いつかのように無心に煙草を吸い続けた。気分を落ち着かせるというよりも、ただ何かをしたかっただけなのだろう。森の音がやかましく聞こえる程に辺りは森閑としていた。
ただし、その静けさはすぐに着信音で破られた。慌てて携帯を見ると、そこには「遠入」の二文字だけが映し出されていた。
おそるおそる、震える指で操作し震える声で
「はい…」
と応答すると、あの懐かしい明るい声で
「先輩!お元気でしたか!」
と、間髪入れずに返ってきた。
「あ…ああ、お前あの遠入か」
「はい!お久しぶりです先輩!今大丈夫ですか?」
「あーうん、大丈夫だけど…どうした?」
「いえ…先輩の連絡先、残ってたのに気づいて。懐かしくなって話したくなって、ついかけたんです。死んでないようで安心しました」
「相変わらずデリカシーがなさそうでこっちも安心した。俺も、今ちょうどあの時の話を友人にしててな。お前のことを思い出してたところなんだ」
「あはは!それじゃあ僕ら、相思相愛ってやつですね!」
「バーカ、気持ち悪いんだよ」
思いもよらない懐かしき相手に、また自然と顔がほころぶ。向こうの話しぶりがそうさせるのかもしれないし、孔自身が素直に喜んでいるのかも知れない。気づけば、煙草を吸う手も止まっていた。
あんなこと、こんなこと、色んなことがあったなあなどと出会いから何まで話していると、ある一つの話題に突き当たった。
「そういえばさ」
「はい?」
「俺があんなことをしたのに、なんで謹慎で済んだんだろ?未だにわかんないんだよな」
「ああ、あれですか?僕がお願いしたんですよ」
「ええ?」
「正確には、先輩の正当性を伝えただけなんです。先輩、何があったか少しだけ話してくれたでしょ?本を取られて、返してもらえなくて暴力まで振るわれて…って。それを簡単に話したんです」
「…マジで?」
「マジですよ。担任は本当に先輩の事信頼しかけてたみたいで、あんまり良い顔はしなかったんですけど…僕に免じてってやつ?」
「なんで言ってくれなかったんだよ…」
「先輩が一方的に僕の事避けるからじゃないですか。僕も言うタイミングを逃したんですよ」
「それはお前に悪いと思って…ただでさえ俺といるだけでも大変だろうに、俺が問題おこちまったら…」
「先輩そればっかりですけど、僕は僕の意思でそうしただけの事です。何も困ることは無かったし、何か困ったことがあったとしても先輩のせいにするつもりはありませんでした。だから、先輩はあのまま安心して僕と楽しく薬作っててくれても良かったんですよ」
「…お前って本当にいい奴なんだな」
「んー?でしょー」
自分はつくづく誰かに助けられていた。魔法が使えないときは母親や師に、生きることが辛くなった時は凪に、そして…
「君は愛されるべき存在なんだよ」。いつかの凪が言ったこの言葉の意味が何となく分かる気がした。けれど、なぜそれが自分なのかは分からなかった。それでも、自分は人一倍誰かに支えられて、生かされている。
それならば、生きなければいけない。これまでよりももっとずっと、自分の意思を高く掲げて…
誰かを導いていきたい。
この名の通りに。




